慣れた作業の危険に気づきにくい|ヒヤリハットを振り返るタイミング
毎日同じ通路を通り、いつもの機械や道具を使う。仕事に慣れると手順をスムーズに進められる一方、「前も大丈夫だったから今回も大丈夫」と、普段との小さな違いを見落とすことがあります。事故にはならなかった「ヒヤリ」とした出来事も、忙しさの中で「無事だったから問題なし」と片付けられがちです。
慣れた作業のヒヤリハットは、発生直後の安全確保と報告、状況を覚えているうちの記録、同じ作業を再開する前の対策確認、定例の振り返りを分けて扱うのが一つの方法です。作業環境や手順が変わったときも見直します。重大な危険が残る場合は、定例会議を待たず、作業を止めるなど職場の安全手順に従うことが最優先です。
慣れた作業では、危険の兆候をどう見落とすのか
次は説明用の仮の場面です。倉庫でいつも同じ通路を台車で移動している担当者が、曲がり角で別の台車と接触しそうになりました。相手が止まったため、けがも荷物の破損もありません。「今日も事故はなかった」と作業を続けようとしましたが、その日は通路脇に一時保管の荷物が増えていて、角からの見通しがいつもより悪くなっていました。
この出来事だけで、担当者が不注意だったとも、危険に慣れていたとも断定できません。通路の見通し、荷物の置き方、台車の通行方法、周囲への連絡など、実際の作業条件を調べる必要があります。ただ、人が繰り返し目にする警告や危険に、以前と同じようには反応しなくなることは心理学の研究で調べられています。
Kimら(2023)は、道路工事に従事する作業員31人を対象に、仮想現実の道路清掃作業で車両の接近警告を繰り返し鳴らす研究を行いました。警告への振り向き・確認が遅くなる参加者がおり、仮想の接触事故を経験した人では、1週間後の模擬作業で確認行動が増えるなどの結果が見られました。ただし、仮想事故を経験するかどうかは確認行動に左右され、無作為に分けた比較ではありません。実際の職場事故が減ったか、ヒヤリハットの振り返り会議が有効かを検証した研究でもありません。
もう一つ関わるのが、事故にならなかった結果を、危険がなかった証拠と受け取りやすいことです。DillonとTinsley(2008)は、学生やNASAの職員・契約関係者を含む参加者に、計画が成功した場合、事故寸前だった場合、失敗した場合の責任者を評価してもらいました。事故寸前だった責任者は、失敗した責任者より、成功した責任者に近い評価を受けました。別の意思決定実験では、事故寸前の情報を得た人が、そうした情報を得なかった人より危険の大きい選択肢を選びやすく、その判断には本人が感じる危険の小ささが関係していました。
この研究が扱った事故寸前の出来事は、偶然によって失敗が避けられた状況です。実際の倉庫のヒヤリハットすべてに同じ心理が生じるとは限りません。それでも、「けががなかった」「誰かが止まってくれた」という結果だけで、次も安全と決めないための手がかりになります。
ヒヤリハットは、いつ振り返るとよいか
振り返りの目的は、報告件数を増やすことだけではありません。その出来事から何が分かり、次に同じ作業をするときまでに何を変える必要があるかを確かめることです。振り返る時点は、危険の緊急性と、作業が再び行われる時期に合わせて分けます。
| タイミング | その時点で確かめること | 次につなげる判断 |
|---|---|---|
| ① 起きた直後 | けがや設備の異常はないか、今も危険が残っているか | 安全確保、必要な停止・退避・緊急連絡。定例の振り返りを待たない |
| ② 安全を確保した後、同じ勤務中など | いつ、どこで、何が起き、何によって事故を免れたか | 事実を記録し、作業責任者や安全担当者に共有する |
| ③ 同じ作業を再開する前 | 見通し、機器、手順、担当者、必要な保護措置は安全か | 必要な対策が整うまで再開しない。再開の判断権限を確認する |
| ④ 朝礼・定例点検、設備や手順の変更時 | 似た事象は起きていないか、対策は実際に守れているか、新しい危険はないか | 作業方法・設備・教育・管理方法を見直し、担当者と期限を決める |
これは研究で「この順番なら必ず事故が減る」と実証された時間割ではなく、実務上の整理例です。「同じ勤務中」も一律の規則ではありません。危険が大きければ直ちに調査・報告が必要ですし、法令や職場に定められた緊急連絡・報告・作業再開の手順があれば、それを優先します。
厚生労働省「職場のあんぜんサイト」のヒヤリハット解説でも、危険な出来事を把握して災害防止に結び付けること、朝礼などを活用して報告を促すこと、改善事例をほかの作業者へ共有することが勧められています。一方、個人を責める運用では報告が続かなくなるため、守りにくい手順がなかったかも見直すよう示しています。
米国労働安全衛生局(OSHA)も、事故寸前の事象を調べ、危険な箇所や原因を特定し、定期点検や工程・設備の変更前にも危険を評価する方法を示しています。これは米国の安全衛生実務指針で、上の表の時間間隔が日本のすべての職場で義務付けられているという意味ではありません。
振り返るときは、事故が起きなかった理由も確かめる
「気をつけよう」という感想だけでは、次に同じ条件が重なったときの判断材料が残りません。発生直後の記録や、作業者への聞き取りでは、次の点を具体化します。
- 何が起きたか:いつ・どこで・どの作業中に、何と何が接近したのか。現場の記録、配置、点検情報などで確かめます。報告した人の推測と観察できた事実は分けます。
- 普段と何が違ったか:通路の荷物、設備の位置、人の配置、時間帯、作業量、連絡方法などを比較します。逆に、普段から同じ危険が続いていた可能性も残します。
- なぜ事故にならなかったか:安全装置や決められた確認が機能したのか、別の作業者が偶然止まったのかを区別します。後者なら「今回は無事だった」は次の安全を保証しません。
- 次も同じことが起きたら何が起こり得るか:接触、転倒、けが、設備の損傷などの影響を想定し、重大な影響があり得る場合は発生件数が少なくても優先して扱います。危険度の正式な評価は職場の安全管理手順に従います。
- どの仕組みを変えられるか:通路の配置、作業の分離、表示、点検・連絡手順などを検討します。作業者の不注意だけに原因を絞らず、設備・仕事の量・手順の実行しやすさも確かめます。
OSHAの事故調査の説明でも、手順違反や不注意を結論にするだけでは、設備、教育、仕事の条件などにある問題を見落とすと注意しています。厚生労働省のヒヤリハット解説も、手順を守れなかった場合には手順自体に無理がないか調べるよう勧めています。
「今月は報告が少ないから安全になった」とも即断しません。危険が減ったのか、報告しづらくなったのかは、作業記録、点検結果、同種の事象、現場からの声などと合わせて確かめる必要があります。
振り返りを次の作業に反映するには
次は前述の研究と公的機関の安全衛生資料から考えた仕事での進め方の提案です。以下の一連の手順が事故減少につながると、上記の心理学実験で直接確かめられたわけではありません。
- 危険が残るなら、安全を確保して担当者へ報告する。仮の倉庫の例なら、見通しを妨げる荷物や台車の通行状況を管理者に伝えます。安全確認ができない場合は、決められた方法で通行や作業を止め、勝手に再開しないようにします。
- 起きた順序と、事故を免れた理由を記録する。「いつもの角でぶつかりそうになった」だけでなく、「荷物が置かれていて反対側が見えにくく、相手の台車が止まったので接触しなかった」と書き分けます。記録は説明用の仮の例で、実際は確認できた事実を使います。
- 次の同種作業の前に、暫定的な安全措置を確認する。荷物の配置や通行方法を見直すなど、正式な管理者の判断と現場のルールに沿って対策を決めます。再開前に誰が確認するかを決め、必要な変更が完了していなければ安全な代替手段や停止を検討します。
- 朝礼や定例の場では、似た出来事と対策の進み具合を確認する。「同じ角でほかにも見えにくい場面はあったか」「別の通路でも起き得るか」「対策後に見通しは改善したか」と、現場の声と記録を照らし合わせます。報告者を責める話し合いにしないことが重要です。
- 対策の担当者・期限・完了確認を残す。一時的な注意喚起で終わらせず、設備・配置・手順などの恒久的な対策が必要か安全担当者と検討し、実施後に現場で確かめます。新しい荷物の置き方や通路変更があれば、次の見直しのきっかけにします。
例えば振り返りの場で、司会者が「今回は接触しませんでした。誰かが止まってくれたからなのか、決められた安全策が機能したのかを分けて確認したいです。次に同じ通路を使うまでに何を直す必要がありますか」と聞く方法があります。これは仮の会話例で、現場の安全手順に置き換えて使います。
慣れは仕事を覚えてきた証しでもあります。問題にしたいのは慣れている人そのものではなく、変化した条件や偶然の無事を見過ごしたまま、次の作業へ進んでしまうことです。ヒヤリハットが起きたときだけでなく、同じ作業を繰り返す前、定例の点検時、条件が変わったときにも「この安全の前提は今も成り立つか」を確かめることが、振り返りを形だけにしないための視点になります。
参考文献・出典
- Kim, N., Grégoire, L., Razavi, M., Yan, N., Ahn, C. R., & Anderson, B. A.(2023、オンライン公開2022年)Virtual accident curb risk habituation in workers by restoring sensory responses to real-world warning. iScience, 26(1), 105827. — 31人の建設作業員による仮想作業で、警告に対する確認行動の変化と仮想事故経験後の反応を検討。原著の公開要旨、方法、結果、限界を確認。
- Dillon, R. L., & Tinsley, C. H.(2008)How Near-Misses Influence Decision Making Under Risk: A Missed Opportunity for Learning. Management Science, 54(8), 1425–1440. — 事故寸前の出来事に対する責任者の評価と、その後の危険を伴う選択の比較。出版社の原著要旨で対象・条件・結果を確認。
- 厚生労働省「職場のあんぜんサイト」「ヒヤリハット」(公開年記載なし)。— 報告・再発防止、報告者を責めない運用、朝礼や改善例の共有に関する公式説明。
- 米国労働安全衛生局(OSHA)Hazard Identification and Assessment(公開年記載なし)。— 危険の定期的な点検、近接事故の調査、設備・作業方法の変更時の評価に関する安全衛生実務指針。
- 米国労働安全衛生局(OSHA)Incident Investigation(公開年記載なし)。— 個人の不注意で原因調査を終えず、設備・手順・教育などの条件を調べる実務指針。