「去年も承認された」で稟議を通してよい?今回の条件との差を示す

企画・意思決定
Psychology Laws 編集部

去年と同じ内容の稟議を出すとき、「前にも承認されたのだから、今年も通るはず」と考えることがあります。前年の承認記録は参考になりますが、去年の決裁は、去年の目的・対象・費用・条件を前提にした判断です。今回も妥当だと説明するには、今年の条件と照らし合わせる必要があります。

稟議を出す前に、前年に何が承認され、実際にどう実施されたか、今年は何が同じで何が変わったかを確認します。前年の書類をすべて作り直す必要はありません。変わらない点は根拠として活用し、変更した点と判断に影響する不明点を明示することが大切です。

「去年も通った」が、今年の判断の根拠に見えやすい理由

以下は説明用の仮の場面です。人事担当者が新入社員向けの外部研修を稟議に出そうとしています。去年は80人を対象に、研修費用120万円の案が承認されました。今年は対象が40人になりましたが、同じ研修会社から126万円の見積もりが届きました。担当者は「去年もこの会社、この内容で承認された」として、前年の申請書を少し直して提出するつもりです。

長く付き合っている会社には、品質や連絡体制を確認できる利点があります。前年の稟議書も、承認時に何を検討したかを知る資料です。しかし、今年は受講者数も見積額も異なります。研修内容や費用の内訳、事業上の必要性を確かめないまま「前年どおり」で進めると、今年の決裁者が必要とする情報が抜ける可能性があります。

前から選ばれている案は、それだけで選ばれやすい場合がある

SamuelsonとZeckhauser(1988)は、投資先などを選ぶ仮想的な意思決定課題で、選択肢を対等に示す条件と、一つの案を「現在の選択」として示す条件などを比べました。選択肢の内容を同じにしても、現在の案として示された選択肢が選ばれやすい傾向が確認されました。研究では健康保険や退職貯蓄の実際の選択記録も検討されています。

研究者らは、もともとの好みがはっきりしている場合には現状を選ぶ偏りが弱く、選択肢が多い場合には相対的に強くなるなど、条件による違いも報告しています。原著の実験設計と結果で確認できます。

これは社内稟議の承認率を測った研究ではありません。また、前年に承認された企画が「現在の案」と全く同じ位置づけになるとは限りません。それでも、過去に選ばれた案を無意識の基準にして、新たな比較を省いていないかを点検する手がかりになります。前回の承認が今も有効なのか、今回あらためて決裁が必要なのかという社内規程も、心理とは別に確認します。

前年の金額から考え始めると、今年の費用の見積もりも偏ることがある

TverskyとKahneman(1974)は、最初に示された数値を出発点にして見積もると、その値の影響が残る場合があることを報告しました。ある実験では、国連に加盟するアフリカ諸国の割合を推定する前に、参加者へ無関係な数値を示しました。低い数値を示された集団と高い数値を示された集団では、推定値の中央値に違いが見られました。

この実験は稟議金額を扱っていませんし、前年の金額には実際の費用実績という意味があるため、実験の無関係な数値と同じではありません。ただし、見積もりを「去年の120万円から何万円増えるか」だけで考えると、今年必要な仕事内容や対象人数から金額を組み立て直す機会を逃すかもしれません。数値に引っ張られる仕組みはアンカリング効果の解説でも紹介しています。

稟議を提出する前に、前年から何が変わったかを確かめる

  • 目的と必要性:去年は何を解決するための研修だったのでしょうか。今年も同じ課題があるのか、新しい職務や研修上の要件が加わったのかを確認します。目的が違えば、同じ研修内容が最適とは限りません。
  • 対象者と仕事の範囲:受講人数、必要な講義時間、実施回数、教材や個別支援の内容を比べます。人数が減っても講師の準備など固定的な費用は残る場合があります。逆に、対象人数が減った分だけ減らせる作業もあるかもしれません。
  • 前年に得られた結果:承認された金額や実施した事実だけでなく、実際の受講人数、未受講者への対応、受講後に確認できた学習内容などを調べます。満足度が高い、全員参加した、という記録だけでは、職務で役立ったことまで確かめられません。
  • 今年の見積もりと契約条件:前年の支払実績と、今年の見積もりを分け、費用に含まれる作業、価格改定、キャンセル条件、外注先や教材の変更を確認します。総額だけ比べても、内容が違えば高い・安いとは判断できません。
  • 別の選択肢と承認条件:前年と同じ外注先を使う方法のほか、研修範囲を絞る、内容を社内で実施する、別の提供会社に問い合わせるなど、実行可能な案を考えます。社内の購買ルール、予算枠、情報管理や契約条件も確認します。

確認した結果、去年と目的・条件がほぼ同じで、実績も良好なら、その記録を再利用する理由があります。一方、目的や対象が変わり、必要な成果や金額の妥当性を説明できないなら、前年の承認だけでは判断材料が足りません。

今年の稟議に、前年との違いをどう示すか

先ほどの研修を例に、稟議に添える短い比較表を作ると次のようになります。以下の人数・金額・受講実績はすべて説明用の仮の数字で、実在する会社や研修の相場ではありません。

比較すること 前年(仮の記録) 今年(仮の申請案)
研修の目的 新入社員が共通の業務基礎を学ぶ 目的はおおむね同じ。ただし今年必要な内容を確認中
対象人数 80人 40人
費用 実際の支払額120万円 見積額126万円。費用内訳を確認中
確認できた結果 80人中76人が受講したとする記録 未実施。前年の受講後の理解度・業務での活用は未確認
今年の判断に必要な点 前年に承認した範囲・条件 40人向けの実施方法、見積の根拠、研修の効果、代替案

前年の実際の支払額120万円を80人で割ると、一人当たり1万5,000円です。今年の見積額126万円を40人で割ると、一人当たり3万1,500円です。この数字だけで「今年は割高だ」と決めることはできません。両年で費用に含まれる内容が同じか分からず、講師や教材の準備など人数が減っても必要な費用もあり得るからです。

また、前年の「80人中76人が受講した」という仮の記録は参加状況を示すもので、研修によって必要な能力が身に付いたかを示すものではありません。今回の稟議では、実績として確認できた部分と、まだ不明な効果を混ぜないことが大切です。

英国財務省の『The Green Book』(2026年版)は、公共事業の提案を評価する際に、目的とその根拠、現状を続ける場合、実行可能な選択肢、費用・便益・リスク・不確実性を比較して示すことを求めています。過去の評価結果を新しい提案の判断に利用する考え方も示されています。これは英国の公共事業に向けた指針であり、日本の民間企業の稟議書に同じ様式を義務づけるものではありません。

承認者には、去年の書類をどう活かして伝えるか

ここからは研究と公的な評価指針を参考に考えた実務上の提案です。この稟議の作り方で必ず承認率が上がると、研究で直接確かめられたわけではありません。

  1. 前年の承認事実と、今年の承認依頼を分けて示す。「前年はこの目的と範囲で120万円が承認され、実際に実施した」と書きます。続けて「今回は人数と見積額が変わっているため、新たに妥当性を確認したい」と示します。
  2. 変更した条件を先に説明する。目的、受講者数、研修の内容、費用、契約条件を比べ、「同じ点」「変わった点」「未確認の点」を示します。差が大きい項目については、その理由が確認済みかどうかも書きます。
  3. 前年の実績を今回の判断に使える範囲に限って示す。研修会社が期限を守った実績は、納期や運営の判断材料になります。一方、前年の受講率だけで今年の学習効果を保証しないようにします。
  4. 候補となる案を同じ条件で比べる。例として、従来の研修を継続する案、内容を絞って実施する案、別の方法で必要な学習を支える案を比較します。必要な能力や遵守すべきルールを満たさない案は採用しません。費用と期待する成果の両方に、不明点があれば明記します。
  5. 承認・差し戻しで何が変わるかを具体化する。今年の案が妥当ならその根拠を示して決裁を依頼し、見積内訳や研修の必要性が不明なら、確認後に改めて申請することを提案します。前年の書類を参考にしても、今年の承認権限・決裁手順は社内規程で確認します。

会議であれば、たとえば次のように説明できます。これは実在する職場の発言ではなく、仮の会話例です。

「昨年は80人向けの研修として120万円が承認され、実施記録が残っています。今年も同じ目的で研修を検討していますが、対象は40人で、見積もりは126万円です。前年の承認は参考にしつつ、人数に対して費用がどう決まるか、今年必要な研修内容は何かを確認し、継続案と実施範囲を見直す案を比べて申請したいです」

去年の稟議が承認されたことは、無視すべき情報ではありません。大切なのは過去に認められたという事実を、今年も認める理由にそのまま置き換えないことです。前年の資料を使いながら、今回の目的や条件がどう違い、その違いを踏まえてなぜこの案を選ぶのかを示せば、承認者も今回の判断に必要な点を確認しやすくなります。

参考文献・出典

  • Samuelson, W., & Zeckhauser, R.(1988)「Status Quo Bias in Decision Making」Journal of Risk and Uncertainty, 1, 7–59。中立的な選択肢提示と現状としての提示を比較した実験、現状が選ばれやすい条件とその限界。著者公開の原著を確認。
  • Tversky, A., & Kahneman, D.(1974)「Judgment under Uncertainty: Heuristics and Biases」Science, 185(4157), 1124–1131。事前に示した数値を出発点とする推定への影響。原著の該当実験と出版社公開の要旨を確認。
  • HM Treasury(2026)「The Green Book (2026)」。目標、既存の状態、代替案、費用・便益・リスク・不確実性を比較し、過去の評価結果を活用する英国政府の事業評価指針。公式本文を確認。