前に失敗した取引条件をすべて避けるべき?再発する条件を確かめる
以前の取引で納期遅れや追加費用が発生すると、「前払いはもう認めない」「短い納期の契約は全部避けよう」と考えることがあります。失敗の経験を次に生かすのは大切ですが、同じ条件が入っているという理由だけで、今回も同じ問題が起きるとは限りません。
まず前回の契約と作業記録を確認し、問題が起きた場面、その問題につながった可能性のある条件、今回も残っている条件を分けましょう。危険を増やす条件が残るなら変更や見送りを検討し、対策や状況の違いが確認できれば、条件付きで比較する余地があります。反対に、前回の原因が分からないのに「対策できた」と決めることも避けたいところです。
前の失敗と似た取引条件を、すべて危険だと感じるのはなぜか
以下は説明用の仮の場面です。ある会社が商品紹介の冊子制作を外注しました。条件は「着手時に代金の30%を支払う」「納期は4週間」「完成前の確認日を契約で決めていない」というものでした。最終版には修正が必要な記述が残り、納品も予定より10日遅れました。
次の発注で「着手時30%の支払い」「4週間の納期」を提示する別の会社が現れたとき、担当者は「前回と同じ条件だから避けたい」と感じます。慎重になる理由はあります。ただ、前回の遅延や修正が、前払いの割合、作業量に対する納期、途中の確認不足、担当者の体制、依頼側からの資料提供の遅れのどれに関係していたのかは、まだ確かめられていません。
過去と同じ条件を見つけたときに必要なのは、経験を忘れることではなく、似ている点のうち何が再発につながるのかを検討することです。
悪い結果を知ると、当時の判断そのものも悪く見えやすい
BaronとHershey(1988)は5つの研究で、大学生に医療判断や金銭的な選択の説明と、その後の結果を示しました。判断者が当時使えた情報を参加者にも示していても、良い結果になった判断の方が、悪い結果になった判断より高く評価される傾向が見られました。後から分かった結果が、判断の質の評価に入り込む「結果バイアス」に関わる研究です。
また、Aiyerら(2023)は医療判断の場面を使い、オンライン参加者692人による事前登録済みの再検証で、成功した結果の方が判断を高く評価される傾向を確認しました。これらは契約条件を避ける行動の研究ではありません。取引の失敗についても、悪い結果が出た事実と、当時の条件選びに具体的な問題があったかを別に確かめるための参考になります。詳しい仕組みは結果バイアスの解説でも確認できます。
過去の出来事との、目立つ共通点に判断が左右されることもある
Gilovich(1981)は3つの研究で、過去のよく知られた出来事との関係づけが、評価や判断をどう変えるか調べました。2つの研究ではスポーツ記者14人と大学フットボールのコーチ18人が架空の選手を評価し、無関係な有名選手との比較がある説明では評価が高くなりました。さらに、政治学を学ぶ学生42人に国際的な危機への対応を考えてもらう研究でも、過去の歴史的事例との本質的でない類似が提案に影響しました。
この研究は、取引で失敗したあとに同じ支払条件を避ける現象を直接測ったものではありません。それでも「前と同じ前払い率だ」という分かりやすい共通点が、納期や品質に関する重要な違いよりも目立っていないかを考える手がかりになります。
本当に比べたいのは、失敗につながる仕組みが共通するか
HolyoakとKoh(1987)は、以前に学んだ問題を新しい問題の解決に使う2つの実験を行いました。そのうち2つ目の実験では、目立つ表面的な類似と、解決に関わる構造的な類似を区別しています。どちらも過去の問題を思い出すことに影響しましたが、過去の問題が役立つと分かった後にそれを解決へ利用する際には、構造的な類似の影響の方が大きく見られました。
これも契約リスクを予測する実験ではありません。仕事への応用としては、「支払割合が同じ」「納期が同じ」といった表面の一致だけでなく、「仕様を誰がいつ確定するか」「中間成果物を誰が確認するか」「問題発生時に何を変更できるか」など、失敗が繰り返される仕組みを確かめることが考えられます。
条件を一括して避ける前に、何を確認するか
- 前回の損失や問題を具体的にする:納期が10日延びたこと、修正作業が発生したこと、追加費用の有無などを別々に記録します。「大失敗だった」だけでは、どの条件を変更すべきか分かりません。
- 何がいつ起きたかを資料で追う:契約書、仕様書、メール、打ち合わせ記録、途中の成果物、納品・検収記録を確認します。仕様を誰がいつ確定したか、問題に気づいた日はいつか、双方が何を依頼・回答したかを時系列で整理します。
- 原因と考えることを事実から分ける:「中間確認の日がなかった」は契約で確かめられるかもしれません。一方、「確認日がなかったことが遅延の原因だった」は、進行記録などで追加確認が必要な推測です。一つの条件だけを原因だと即断しません。
- 同じ条件で問題なく進んだ案件も見る:可能なら、同じような支払方法や納期だった他の取引について、作業内容・相手の体制・問題の有無を確認します。失敗した一件しかないなら、発生率を無理に数字で決めず「比較材料が不足」と記録します。
- 守るべき条件を先に確認する:契約上の権利義務、社内の承認規程、法令、情報管理、資金繰り、重大な損失の上限などを確かめます。安全や法令上の要件がある場合には、経験上問題がなかったとしても省けません。
前回の問題について確かな記録が少ない場合は、原因を決めつける代わりに、今回の条件でどの情報が不足しているかを明確にします。条件の一部を残して進めるにしても、分からない点を放置しないことが必要です。
前回と今回の取引条件を、再発の仕組みで比べる
先ほどの冊子制作を例にします。次の表も説明用の仮の状況です。特定の支払い方法や納期が、一般に安全・危険だと示すものではありません。
| 条件 | 前回の状況(仮の例) | 今回確かめること |
|---|---|---|
| 着手時30%の支払い | 支払いは行ったが、納品遅延・修正が発生 | 支払いの対象作業、未完成時の精算、返金や修正の取り決め。前払い金が回収できない場合の影響 |
| 4週間の納期 | 実際の納品は予定から10日遅れた | 今回の分量、作業に使える人数、依頼側の確認期間。4週間で完了できる根拠 |
| 途中の成果物確認 | 確認日をあらかじめ決めていなかった | 構成案や初稿をいつ確認するか、修正する担当者は誰か、確認が遅れた際の扱い |
| 完成・検収の条件 | 重要な記述に修正が必要だった | 合格とする品質・記載事項、修正範囲、再納品と検収の期限を明確にできるか |
| 変更やトラブル時の対応 | 遅延時の連絡・調整記録を再確認する必要がある | 仕様変更の決定者、追加料金の扱い、遅延時の連絡時点と代替手段 |
たとえば、今回も着手時30%の支払いが必要でも、先方の作業能力や支払いの対象、途中の確認、問題発生時の精算方法が明確なら、前回と同じリスクとは限りません。ただし、対策を紙に書いただけで履行できるとは限らないため、相手の対応体制や実績まで確認します。
逆に、前払い分が戻らず損失が大きいのに、未完成時の扱いが不明で相手の履行能力も確認できなければ、支払方法を変更する、依頼範囲を縮める、別の取引先を探す、発注を見送るといった判断が必要になります。
英国政府の「Contract management principles」(2025年更新)は、契約内容を関係者が理解すること、責任と役割の明確化、リスクの大きさに応じた管理、変更への対応、実績の測定を重視しています。これは英国の公共契約管理に関する指針であり、日本の民間企業に一律の契約条件を義務づけるものではありません。今回の記事では、取引上のリスクを個別の条件と管理方法に分けて考える際の参考にしています。
確認できた条件から、残す・変える・避けるを決める
ここからは心理学研究と契約管理の指針を参考にした実務上の提案です。次の手順で取引の失敗を必ず防げると、研究で直接検証されたわけではありません。
- まず何を防ぎたいか決める。納品遅延、必要な品質の不足、前払い金の回収不能など、前回起きた問題のうち、今回の取引で特に避けるべき結果を具体的にします。重大な損害が生じる場合は、契約担当や必要に応じて法務・専門家と確認します。
- 同じ条件を使う理由を相手に確認する。「なぜ30%を着手時に支払う必要があるか」「今回の分量で4週間に収まる根拠は何か」など、条件を設定した理由を尋ねます。説明だけでなく、作業計画や過去の近い案件の記録があるかを確かめます。
- 問題が起きる経路を断つ条件を考える。たとえば仕様確定日と初稿の確認日を決める、検収に必要な品質を明記する、変更と追加費用の承認手順を決めるなどです。どの対策がどの問題に対応するかを示し、効果が不明なものは未確認と残します。
- 残す・変更する・避けるの判断を分ける。同じ条件でも再発につながる状況がなく、必要な管理が可能なら、残して比較できます。重要な不明点が改善できるなら条件を変更して再検討します。重大な危険が残り、確認や対策ができなければ、その条件を採用しない、あるいは取引自体を見送る判断があります。
- 発注後の確認時点を決めておく。契約を結んで終わりにせず、中間成果物の確認日、問題の報告先、変更の承認者、問題が続くときにどう判断するかを記録します。前回の失敗を次の案件でどう生かしたかも振り返れるようにします。
たとえば社内では次のように相談できます。これは実在する取引の発言ではない、説明用の仮の会話例です。
「前回は4週間の予定が10日延び、完成後の修正も多かったので、同じ条件をそのまま承認するのは心配です。ただ、前払い30%そのものが原因だったかは確認できていません。まず当時の作業記録を見て、納期の根拠、中間確認、検収基準、問題時の精算を今回の相手にも確認しませんか。危険が残る部分は変更を求め、対応できなければ別案を検討したいです」
前の失敗は重要な判断材料ですが、避けるべきなのは過去の取引条件の名前そのものではなく、その条件のもとで問題が再び起きる仕組みを見落とすことです。失敗を生かすためにも、確認できた事実と原因の推測を区別し、今回の取引で何を変える必要があるのかを判断しましょう。
参考文献・出典
- Baron, J., & Hershey, J. C.(1988)「Outcome Bias in Decision Evaluation」Journal of Personality and Social Psychology, 54(4), 569–579。医療判断や金銭的選択の5研究で、結果が当時の判断の評価に影響することの根拠。原著の要旨と該当箇所を確認。
- Aiyer, S., Kam, H. C., Ng, K. Y., Young, N. A., Shi, J., & Feldman, G.(2023)「Outcomes Affect Evaluations of Decision Quality: Replication and Extensions of Baron and Hershey’s (1988) Outcome Bias Experiment 1」International Review of Social Psychology, 36(1), 12。692人の医療判断実験による事前登録済み再検証。原著要旨と結果を確認。
- Gilovich, T.(1981)「Seeing the Past in the Present: The Effect of Associations to Familiar Events on Judgments and Decisions」Journal of Personality and Social Psychology, 40(5), 797–808。無関係な共通点を含む過去の事例との比較が、架空の選手や国際問題の評価に及ぼす影響。著者公開情報と論文要旨を確認。
- Holyoak, K. J., & Koh, K.(1987)「Surface and Structural Similarity in Analogical Transfer」Memory & Cognition, 15(4), 332–340。2つの問題間の表面的な類似性と、解決方法に関わる構造的な類似性の比較。出版社公開の原著要旨を確認。
- Government Commercial Agency(2025)「Contract Management Principles」。契約内容、責任、リスク管理、変更管理、成果の点検に関する英国政府の公式指針。公式本文を確認。