予算案を初案からの増減だけで評価していない?必要な成果から比べる
予算案の修正で「初案の600万円から510万円まで減らせた」と言われると、90万円の削減が成果のように見えることがあります。しかし、初案より安くなったことと、必要な成果を出せる予算になったことは別です。
予算を評価するときは、初案からの増減だけでなく、何を達成する予算なのか、そのために必要な仕事が残っているか、ほかの案と比べてどうかを確認します。初案が適切なら維持する選択もありますし、削ることで必要な成果を得られなくなるなら、金額が下がっただけで承認するべきではありません。
初案の金額が、予算を考える基準になりやすい理由
以下は説明用の仮の場面です。ある企業が、顧客からの問い合わせへの返信を早くする企画を検討しています。月1,000件の問い合わせのうち、直近の記録では約750件に翌営業日までに返信できていました。目標は、導入から6か月後に1,000件中900件以上へ改善することです。
担当者は、問い合わせの振り分けを支援するシステム、社員への研修、導入後の品質確認を組み合わせ、6か月間で600万円という初案を提出しました。その後、費用を抑えるため研修などを削り、510万円へ変更しました。会議では「初案から15%下がったので、よく見直せた」という声が出ます。
600万円から510万円への減額は90万円、初案に対して15%の削減です。これは正しい計算です。しかし、研修を減らしても返信が速くなるのかは、削減率だけでは分かりません。反対に、初案の600万円にも必要以上の作業が入っているかもしれません。まず成果と作業内容を比べる必要があります。
最初に示された数値は、後から考える金額に影響することがある
TverskyとKahneman(1974)は、人が不確かな数値を見積もる際、先に示された数値を出発点にして調整することがあり、その影響が推定値に残ると報告しました。たとえば、国連に加盟するアフリカ諸国の割合を推測する実験では、回答の前に無関係な高い数値を示された集団と低い数値を示された集団で、その後の見積もりに違いが見られました。
この研究は企業の予算審査を直接調べたものではありません。また、適当に示された数値と、担当者が作業を積み上げて作った予算初案は同じではありません。それでも「初案から何万円増減したか」だけが話題になるとき、最初の金額が唯一の基準になっていないかを確かめる手がかりになります。
このように最初の数値が後の判断の基準として残る現象は、アンカリング効果と呼ばれます。ただし、初案を参考にすること自体が誤りなのではありません。初案の費用が仕事内容や見積もりで裏付けられているなら、重要な比較資料になります。
数字を直しても「十分そうなところ」で止める場合がある
EpleyとGilovich(2006)は、自分で思い浮かべた数値を出発点に見積もりを調整する課題を使って調べました。論文要旨によると、参加者はもっともらしい値に達すると調整を止めやすい一方、より正確な値を探せる能力と意欲がある条件では、この調整不足が弱まりました。
これは、個人が数値を見積もる実験であり、部門間で検討した予算初案の修正を直接検証した結果ではありません。仕事への応用としては「600万円から少し削ったから十分」と考える前に、今回の業務量や目標から費用を改めて見積もり、初案以外の比較基準を用意する方法が考えられます。実施すれば必ず予算の精度が上がると研究で確認された手順ではありません。
初案からの増減を見る前に、何を確認するか
- 成果の目標は何か:先ほどの仮の例なら、翌営業日までに返信できる割合を75%程度から90%以上へ高めることです。金額を削ること自体が目的なのか、それとも返信の改善が目的なのかを明確にします。
- 初案の費用に何が含まれるか:システム利用料、設定作業、研修、運用、品質確認などを分けます。初案の数字がどの見積書・人数・時間からできているかを確認します。「最初に出た数字」というだけで否定も肯定もしません。
- 修正案では何を削ったか:仕様の重複や不要な作業を省いたのか、成果のために必要な研修や点検を削ったのかで意味が違います。費用の減額と同時に変わった仕事内容、品質、安全性への影響を確認します。
- 同じ期間と対象で比べているか:6か月の総費用なのか、導入費だけなのかをそろえます。現行業務を続ける費用、追加の保守費、社員の対応時間が抜けていないかも確かめます。
- 成果の見込みはどれほど確かか:900件へ改善できるという数字が実績なのか、試行で確認した結果なのか、単なる計画上の仮定なのかを分けます。減額前も後も、その見通しが未確認なら未確認と書きます。
費用を下げたことで同じ成果を期待できる根拠があれば、修正には価値があります。一方で、金額は下がっても目標を達成する仕組みがなくなるなら、削減の良し悪しを再検討する必要があります。
初案・修正案・別案を、必要な成果から比較する
以下は、冒頭の問い合わせ対応の企画を使った説明用の仮の比較です。金額と処理件数はすべて架空の数字で、システム導入の相場や企業の実績ではありません。費用は、各案について同じ6か月間に発生すると仮定した総額です。
| 選択肢 | 6か月の総費用(仮) | 主な内容 | 目標との関係・未確認点 |
|---|---|---|---|
| 現行業務を続ける | 420万円 | 今の振り分け方法を維持する | 直近の期限内返信は約75%。今後も同じかは未確認 |
| 初案 | 600万円 | 新システム、社員研修、品質確認を含む | 90%に到達するか未検証。内容に余分な部分がないか確認 |
| 修正案 | 510万円 | 新システムを導入し、研修を減らす | 研修を減らしても必要な運用ができるか未確認 |
| 別案 | 550万円 | 機能を絞った導入と、必要な研修・確認を残す | 90%に到達するか未検証。機能を減らした影響を確認 |
この表では、最も安いのは現行業務を続ける案ですが、直近の状態では返信の目標に届いていません。初案より15%安い修正案も、必要な研修を削ってしまえば、安くなった分だけ運用が難しくなるかもしれません。一方、別案の550万円にも、効果があると確認されたわけではないという不明点があります。
目標が月1,000件中900件の翌営業日までの返信で、直近の実績が750件なら、同じ1,000件という条件では、さらに150件の期限内返信が必要です。まず、各案の仕組みでこの差に対応できるかを確かめます。今後の問い合わせ件数や内容が変われば、必要な体制も変わります。
また、表の420万円・510万円・550万円・600万円は、比較の考え方を示すために設定した仮の総額です。実務では、人件費、契約、導入後の支援、障害時の対応など、案ごとに何を含むかをそろえて見積もる必要があります。効果が未確認の案について、費用を目標の900件で割り「一件当たりの成果費用」として比較することはできません。
英国財務省の『The Green Book』(2026年版)では、公共事業の選択肢を比べる際、目的を先に定め、現状維持を含む案の費用・便益・リスクを比較する考え方が示されています。また、現状維持の費用をゼロと決めつけず、金額にできない影響や不確実性も扱うよう求めています。これは英国の公共事業評価の指針であって、日本の企業でその手順が義務付けられるわけではありません。ここでは初案の増減額ではなく、目的を満たす選択肢を同じ条件で比べるという考え方を参考にしています。
予算審査で、金額の増減から成果の議論に戻すには
次は研究と公的資料を参考に考えた実務上の提案です。この手順で必ず適切な予算や成果が得られると研究で検証されたものではありません。
- まず達成すべき結果を示す。「6か月後、翌営業日までの返信を90%以上にする」など、時期と対象を明記します。返信の正確さや情報管理など、守るべき条件も同時に示します。
- 初案の増減とは別に、必要な仕事を見積もる。問い合わせ件数、現行業務の記録、必要な作業、取引先の見積もりから、費用の根拠を組み立てます。金額に幅があるなら、見込みと未確認点を分けます。
- 削減箇所と成果への影響を結びつける。「研修費を削った」とだけ書かず、対象人数や時間をどう変更し、必要な操作を習得できるか確認します。成果への影響が分からなければ、修正案の利点として削減率だけを強調しません。
- ほかの方法や現行継続と比較する。機能を絞る案、一部を先に実施する案、現行業務を続ける案などを、同じ期間・対象・費用項目・成果目標で比べます。条件を満たせない案は、その理由を明記します。
- 判断を変える情報と期限を決める。返信時間を確かめる小規模な試行、研修の必要時間の確認、契約条件の照会など、何が分かれば案を選べるのかを整理します。導入を決める場合も、どの結果なら計画を見直すかを残します。
会議では、たとえば次のように相談できます。これは仮の会話例です。
「初案の600万円から510万円に下げられたことは分かりました。ただ、今回の目的は返信を翌営業日までに終える割合を90%以上にすることです。研修を減らしても達成できるのかは未確認なので、必要な作業をもう一度整理し、550万円の別案や現行業務を続ける場合とも同じ条件で比べたいです」
予算を見直すときに、初案からの増減は役立つ情報です。ただし、それだけでは「適切に削ったか」「必要な成果に届くか」までは分かりません。初案を基準とする議論から、目的と仕事内容、代替案を基準とする議論へ戻すことで、予算を増やす場合も減らす場合も判断理由を具体的に示せます。
参考文献・出典
- Tversky, A., & Kahneman, D.(1974)「Judgment under Uncertainty: Heuristics and Biases」Science, 185(4157), 1124–1131。無関係な初期数値によってその後の数値推定が変わる例を含む、アンカリングの基礎研究。出版社公開の要旨と論文の記述を確認。
- Epley, N., & Gilovich, T.(2006)「The Anchoring-and-Adjustment Heuristic: Why the Adjustments Are Insufficient」Psychological Science, 17(4), 311–318。自分で思い浮かべた数値からの調整が不十分になる条件を調べた実験。学会・出版社掲載の要旨を確認。
- HM Treasury(2026)「The Green Book (2026)」。目的、現状維持、代替案の費用・便益・リスク・不確実性を比較する考え方。英国政府の公式本文を確認。