最後は勘で決めるしかない?企画判断の前に残す根拠と不明点
企画の決裁が迫っているのに、調べても十分な答えが出ない。「最後は勘で決めるしかない」と感じることがあります。確実な予測ができないときでも、判断の根拠と、まだ分かっていないことを分けて残すことはできます。直感を無理に排除する必要はありませんが、直感だけを「確かな情報」として扱わないことが大切です。
決める前に、目的・比較した選択肢・確認済みの情報・推測・不明点・選んだ理由・見直す条件を書き分けます。そのうえで、情報が不足していても今決める必要があるのか、何を確かめれば判断が変わるのかを考えます。後から成果が出たかどうかとは別に、その時点でどんな判断をしたかを確かめられる形にするのがこの記事の目的です。
企画の決裁直前に「最後は勘」となりやすいのはなぜか
以下は説明用の仮の場面です。新サービスを紹介するイベントを計画している担当者が、金曜日までに開催方法を決める必要に迫られています。会場で開催するA案と、オンラインで開催するB案があります。会場費の見積書は届きましたが、今回のテーマに何人が参加したいのかは分かりません。
過去に対面イベントを成功させた責任者は「今回は会場でやった方が良い気がする」と言います。長年の経験には価値があるかもしれません。ただ、過去と参加者層やテーマが違うなら、同じ見通しが当てはまるとは限りません。担当者は「もっと調べたいが時間がない」と考え、最終的には誰かの自信の強さで決めそうになります。
こんなときは、経験に基づく見立てと、今回の企画で確かめられた事実を分ける必要があります。「勘が当たるか」だけを議論しても、決裁に何が足りないのかは見えにくいからです。
経験に基づく直感が役立つかは、経験の中身で変わる
KahnemanとKlein(2009)は、直感による判断の失敗を研究してきた立場と、熟練者の判断を研究してきた立場を比較・整理しました。両者は、直感が信頼できるか考えるには、判断する環境に学習できる規則性があることと、その規則性を十分な経験や適切な結果の振り返りから学べたことが重要だと述べています。
たとえば、同じような業務を何度も担当し、そのたびにどの判断が良かったか確かめられる仕事なら、経験から手がかりを学べる可能性があります。反対に、初めての市場や長期的な企画の成果のように、条件が変わりやすく、結果の良し悪しを確認しにくい仕事では、経験年数だけで予測の正確さを保証できません。本人の強い自信も、直感の正確さを示す証拠ではないと論じています。
この論文は職場の企画決裁を比較した実験ではなく、研究を整理した論文です。したがって「直感で決めると必ず失敗する」という結論にはなりません。今回のイベント案なら「以前の成功例は今回とどの条件が同じか」「当時の見通しと結果を比較できるか」を聞くことが、経験を判断材料として使う方法になります。直感と考えながらの判断の違いは、サイト内の二重過程理論の解説でも紹介しています。
過去の記録がある場合、印象だけで情報をまとめない
Dawes、Faust、Meehl(1989)は、人の診断や行動予測について、専門家が情報を頭の中で組み合わせて判断する方法と、過去の結果に基づく一定の統計的な規則を使う方法を比較した研究を検討しました。取り上げられた多くの比較では、統計的な方法が専門家の判断と同等か、それより正確でした。
研究の主な対象は人の診断や予測であり、新規事業の採算やイベントの成否ではありません。また、統計的な比較には、似た事例と確認できる結果の記録が必要です。この研究を根拠に「企画は数字で機械的に決めればよい」とは言えません。それでも、同種の案件の実績が残っているなら、担当者の印象だけでなく、実際に何を予測し、どうなったかを照らし合わせる理由になります。
結果を知った後では、以前の予測を思い出し直すことがある
FischhoffとBeyth(1975)は、ニクソン米大統領の中国・ソ連訪問前に、参加者が複数の出来事の実現可能性を予測した記録を取りました。訪問が終わった後、参加者に以前の予測を思い出してもらうと、起きたと思う出来事については、当初より高い確率を付けていたかのように思い出す傾向がありました。起きなかったと考える出来事については逆方向の傾向もありましたが、こちらは比較的弱い結果でした。
この研究は、企画の判断メモを書く効果を直接試したものではありません。ただ、成果を知ってから「最初から成功すると思っていた」「失敗する予感があった」と振り返ると、当初の見通しとずれる可能性を示しています。だからこそ、決定する時点の日付と根拠を残すことには、後から判断を見直すうえで実務的な意味があります。
企画を決める前に、何を確かめるか
- 何を達成する判断なのか:来場者数を増やす、相談につなげる、費用を抑えるなど、企画の目的を具体化します。目的が曖昧なままだと、何を根拠として選んだのか説明しにくくなります。
- どの情報が確認済みなのか:見積書、過去の開催記録、顧客からの回答などについて、対象、日付、数え方を確かめます。「以前は人気だった」という記憶と、参加者数の記録は同じではありません。
- どこからが推測なのか:「今回は対面の方が商談につながる」という予想には、その見通しを支える比較可能な情報があるか確認します。数字が付いていても、根拠のない予測なら推測として残します。
- 何が分かれば選ぶ案が変わるのか:参加希望者の数、会場の取り消し条件、運営担当者の確保など、不明点を分けます。確認しても選択が変わらない細かな情報まで、すべて集める必要はありません。
- いつまでに誰が決める必要があるのか:予約期限や承認権限、決定を後から戻せるかを確認します。安全、法令、契約など必ず守る条件が満たされていないなら、勘で補って進めることはできません。
重要なのは、不明点をゼロにすることではありません。決定を左右する重要な不明点と、残っていても対応できる不明点を区別することです。後者についても、問題が起きたときに誰が確認し、どのように見直すかは決めておきます。
根拠と不明点を、一枚の判断メモに残す
先ほどのイベント企画なら、次のように記録できます。これは説明用の仮の記載例で、金額や状況は実在する企業のデータではありません。
| 記録する項目 | 記入例(すべて仮の情報) |
|---|---|
| 判断の目的・期限 | 新サービスを検討する企業と相談する機会を作る。金曜までに開催方式を決定 |
| 比較する案 | A:会場開催、B:オンライン開催、C:今回は見送り |
| 確認済みの情報 | Aの会場費は見積書で30万円。Bの配信費は見積書で12万円 |
| 推測・経験からの見立て | 「Aの方が相談につながりそう」。過去の経験に基づく意見だが、今回は未検証 |
| 決定に影響する不明点 | 今回の参加希望、運営体制、会場の取り消し条件、両案の総費用 |
| 判断を変える条件 | Aの費用・運営条件を満たせるか。希望者の状況によってA・B・Cを再比較 |
| 決定理由と再確認 | 金曜の決裁者、選んだ案、選んだ理由、確認できないまま残した事項、次の確認日を記入 |
ここで30万円と12万円は、会場費と配信費のそれぞれ一部の費用です。人件費や準備費を含む総費用ではないため、これだけでBの方が安いとは決められません。また、費用が分かっていても、相談件数や成果の見通しは確認できていません。
会議資料では、「資料で確認したこと」「計算や推測で見積もったこと」「まだ確認できていないこと」に印を付けると、確かさの違う情報が混ざりにくくなります。根拠が弱いまま残る場合は、その弱さ自体を判断理由の中に書きます。
英国財務省の『Green Book』(2026年版)は、公共事業の案を評価する際、選択肢ごとの費用・便益・リスク・不確実性を示すことを求めています。また、重要な前提が変わると結論がどう変わるかを確かめる方法も示しています。これは英国の公共事業評価の指針であり、日本の民間企業にそのまま義務付けられるものではありませんが、不確実性を隠さず説明する考え方は参考になります。
確実な答えがなくても、判断と次の行動をどう決めるか
ここからは研究や公的資料を参考に考えた実務上の提案です。以下の手順で必ず正しい決定ができると、研究で確かめられたわけではありません。
- 守る必要のある条件を最初に確認する。予算の上限、契約上の期限、担当者の負担、安全や情報管理などです。条件を満たせない案は、直感的に魅力的でもそのまま採用しません。
- 判断が変わる不明点だけ、期限内に追加確認する。今回のイベントなら、対象顧客の参加意向と、会場の取り消し条件が重要かもしれません。数人への聞き取りだけで全顧客の需要が分かるとは限らないので、調査の対象と限界も併記します。
- 同じ目的と条件で選択肢を比べる。対面なら相談の機会が増えるという根拠があり、総費用や運営条件が合えばAを検討できます。対面の利点が確かめられず、オンラインでも目的に近づけるならBが候補です。必要な条件を満たせない場合はCも比較から外しません。
- 経験に基づく意見は、理由と適用範囲を聞く。「Aが良い」という感覚を否定せず、「どんな過去の経験と似ているのか」「結果を確かめられたのか」「今回は何が違うのか」を尋ねます。経験からの見立てが残る場合も、確認済みの事実とは分けて記録します。
- 選んだ案、未確認点、見直し条件を決裁時に残す。決裁者・日付・判断理由とともに、「どんな事実が出たら見直すか」「誰が次に確かめるか」を書きます。後から成果が分かったときは、当初の記録と新たに分かった情報を分けて振り返ります。
会議での伝え方も、たとえば次のようにできます。これは仮の会話例です。
「現時点では、会場開催の方が成果を出せるかまでは確認できていません。会場費の見積もりはありますが、全体の費用と参加希望が不明です。対面の方が良いという経験者の見立ても参考にしながら、金曜までに確認できる条件を絞りたいです。最後まで残る不明点は隠さず、どんな条件で案を選んだか記録して決裁しませんか」
企画には、すべての結果を事前に予測できない判断もあります。そのときに必要なのは、勘を完全になくすことではなく、分かっている事実と分からないことを明確にしたうえで、選んだ理由と次に判断を見直す条件を残すことです。
参考文献・出典
- Kahneman, D., & Klein, G.(2009)「Conditions for Intuitive Expertise: A Failure to Disagree」American Psychologist, 64(6), 515–526。熟練した直感が育つための環境の規則性、経験・結果からの学習の機会、主観的な自信の限界についての研究整理。原著の該当箇所を確認。
- Dawes, R. M., Faust, D., & Meehl, P. E.(1989)「Clinical Versus Actuarial Judgment」Science, 243(4899), 1668–1674。人の診断・行動予測を中心に、専門家の主観的判断と過去データによる統計的判断の結果を比較した研究整理。原著の該当箇所を確認。
- Fischhoff, B., & Beyth, R.(1975)「I Knew It Would Happen: Remembered Probabilities of Once-Future Things」Organizational Behavior and Human Performance, 13(1), 1–16。将来の出来事に対する元の予測と、結果を知ってから思い出した予測のずれについての研究。出版社公開の要旨を確認。
- HM Treasury(2026)「The Green Book (2026)」。選択肢ごとの根拠・前提・リスク・不確実性、重要な前提が変わった場合の判断の変化に関する英国政府の評価指針。公式資料を確認。