責任の分散とは?「誰かがやるはず」を仕事の役割から考える

集団・組織・職場の心理
Psychology Laws 編集部

チーム全員に「この資料を確認してください」と送ったのに、締切直前まで誰からも返事がない。あとで聞くと、それぞれが「ほかの誰かが確認すると思っていた」と答えた。仕事では、担当者が多いことが安心につながるとは限らず、かえって一人ひとりが「自分がやる仕事だ」と感じにくくなることがあります。

責任の分散とは、複数の人が同じ状況に関わっているとき、一人ひとりが感じる個人的な責任が弱くなることです。大切なのは、計画的に仕事を分担することとは違う点です。役割分担では「誰が何を担うか」を明確にしますが、責任の分散では「ほかの誰かがやるだろう」と責任の所在が曖昧になりやすくなります。

この記事では、責任の分散の意味、研究で何が確かめられているか、そして仕事で「誰かがやるはず」を減らすには何を明確にすればよいかを説明します。

責任の分散とは?意味と仕組み

責任の分散(diffusion of responsibility)は、集団や複数人が関わる状況で、個人が感じる責任が弱まることを指します。APA Dictionary of Psychologyでは、集団や社会的集合の中で個人が経験する責任感の低下として説明されています(APA Dictionary of Psychology)。

たとえば、自分しか対応できないと思えば「自分が動かなければ」と考えやすくなります。一方、同じ状況を知っている人が何人もいれば、「誰かが対応するだろう」「自分でなくてもよい」と考える余地が生まれます。ここで重要なのは、人数そのものだけで決まるのではなく、複数人がいる状況で自分が対応する責任をどの程度引き受けていると感じるかです。

バイスタンダー効果とは同じ意味ではない

責任の分散は、バイスタンダー効果(傍観者効果)を説明する仕組みの一つとして研究されてきました。ただし、2つは同じ意味ではありません。

バイスタンダー効果は、ほかにも人がいる場面で、一人ひとりの援助行動が起こりにくくなったり遅くなったりすることがあるという行動上の現象です。責任の分散は、その現象が起こる理由の一つとして考えられている責任感の変化です。

また、他者がいる場面の行動には、周囲の反応から「これは対応が必要な状況なのか」と判断することなど、責任の分散以外の仕組みも関わります。そのため、「複数人がいると必ず責任が分散して誰も動かない」と考えるのは適切ではありません。バイスタンダー研究のメタ分析でも、他者の存在が援助を抑える平均的な傾向は確認される一方、状況によって効果の強さや方向が変わることが示されています(Fischerら, 2011)。

研究で分かっていること

責任の分散に関する研究では、ほかにも対応できる人がいると考えることが個人の責任感や行動に関わること、そして反対に、特定の人へ責任を明確にすると行動が変わることが確かめられてきました。

ほかにも対応できる人がいると、個人的な責任を感じにくくなった

DarleyとLatanéは1968年、大学生が個室からインターホンで話している途中に、別の参加者が発作を起こしたように聞こえる実験を行いました。参加者は、自分だけがその声を聞いていると思う条件と、ほかにも聞いている人がいると思う条件に分けられました。

その結果、ほかにも傍観者がいると思った参加者ほど、発作を報告するまでの反応が遅くなり、個人的な責任を感じにくくなりました。研究者らは、参加者が被害者に無関心だったというより、対応する責任が複数人の間に分かれたことを重要な説明として示しました(Darley & Latané, 1968)。

この研究は緊急場面を扱ったものであり、そのまま職場の共同作業に当てはめることはできません。ただし、「ほかにも対応できる人がいる」という認識と、自分が感じる責任との関係を示した代表的な研究です。

「見ていてほしい」と頼まれると、責任感と介入が増えた

Shaffer、Rogle、Hendrickは1975年、図書館で盗難が起きるように見せる2つのフィールド実験を行いました。席を離れる人が、近くの参加者に自分の持ち物を見ていてほしいと頼む条件と、頼まない条件を比較しています。

その結果、事前に持ち物を守るよう頼まれた参加者は、頼まれていない参加者よりも自分に保護する責任があると感じ、盗難を止めようとする割合も高くなりました。また、別の傍観者がいることは、感じる責任と介入を低下させました(Shaffer, Rogle & Hendrick, 1975)。

この結果からは、「誰かが対応する状況」にするだけでなく、特定の人が自分の役割だと認識できることが行動に関係することが分かります。

リーダーという役割が、責任の手がかりになった

Baumeisterらは1988年、グループ活動の途中で、参加者が人の窒息を思わせる緊急事態に遭遇する実験を行いました。参加者には、事前にグループのリーダー役または部下役が割り当てられていました。

部下役の参加者では援助しない人が多かった一方、リーダー役に指定された参加者は介入する可能性が高くなりました。研究者らは、リーダーという役割が「自分が対応する責任を持つ」という手がかりとして働いた可能性を示しています(Baumeisterら, 1988)。

これは「役職を付ければ必ず責任を持つ」という意味ではありません。実験上の役割指定が緊急時の行動に影響したという結果です。

メールでも、1人宛ての依頼のほうが返答されやすかった

仕事に近い通信場面を扱った研究もあります。BarronとYechiamは2002年、情報提供を求めるメールを、1人だけに送る条件と、同時に5人へ送る条件で比較しました。

その結果、1人だけに宛てたメールのほうが返答が多く、返答内容も有用で長い傾向が見られました(Barron & Yechiam, 2002)。

現在の職場ではメールだけでなく、チャットや共同チャンネルで複数人へ依頼する場面があります。この研究だけで現在のすべてのツールに同じ効果が起こるとは言えませんが、「受け手が多ければ、一人ひとりが必ず対応しやすくなるわけではない」ことを考える材料になります。

仕事での具体例と活かし方

ここからは、上の研究を仕事の運用へ応用するための説明用の仮の例と提案です。以下の手順そのものが、職場での成果を高めると直接実証されたわけではありません。

「チームで担当」でも、最初に動く人を一人決める

たとえば、月末の売上資料を営業チーム4人で確認するとします。「営業チームで確認」とだけ決めると、全員が確認できる一方、誰が最終的に動くのかは曖昧です。

そこで、共同作業であっても役割を分けます。

  • 主担当:佐藤さんが数字を確認し、確認完了を報告する
  • 支援:ほかの3人は疑問点や修正候補を出す
  • 期限:水曜日17時までに主担当が確認結果をまとめる

責任を一人へ押しつけるのではなく、「最初に誰が動き、どこまで終えれば役割を果たしたことになるか」を明確にする考え方です。

依頼は「誰か」ではなく、相手と行動を具体的にする

複数人がいるチャットで、次のように依頼したとします。

「誰か、昨日のエラーを確認してもらえますか」

この書き方では、対応できる人が複数いるほど、自分以外の誰かが答える余地が残ります。責任の分散を考えるなら、たとえば次のようにします。

「田中さん、昨日のエラーログを15時までに確認してください。難しければ、その時点で知らせてください」

重要なのは名前を呼ぶこと自体ではなく、依頼先、必要な行動、期限、対応できない場合の次の動きを明らかにすることです。

引き継ぎでは「共有した」だけで終わらせない

責任は、仕事を引き継ぐ場面でも曖昧になりやすくなります。「Aさんにも共有済みです」だけでは、元の担当者と新しい担当者のどちらが次に動くのか分かりません。

たとえば、次の3点を確認します。

  1. 現在の主担当は誰か。
  2. 次にその人が行う作業は何か。
  3. どの時点で別の人へ責任が移るのか。

複数人で仕事をすること自体が問題なのではありません。むしろ、専門性を分けたり相互確認したりするために共同作業は必要です。注意したいのは、人数が増えた結果として「全員の仕事」が「誰の仕事でもない状態」になっていないかです。

責任の分散から仕事で考えたいのは、人の性格を「無責任」と決めつけることではありません。誰が対応してもよい状況では、一人ひとりが自分の役割だと感じにくくなることがあります。そこで、主担当、依頼先、最初の行動、引き継ぎの時点を明確にし、責任の所在を確認できる状態を作ることが重要です。

参考文献・出典