コミットメントのエスカレーションとは?難航する計画に追加投入を続ける理由

意思決定理論・行動経済学
Psychology Laws 編集部

予定より費用が膨らみ、納期も遅れ、成果も十分に出ていない。それでも「ここまで進めたのだから、あと少し予算を追加すれば立て直せる」と考え、さらに人員や資金を投入することがあります。

このように、うまくいっていないという情報が出た後も、いったん選んだ方針への資源投入を続けたり増やしたりすることを、コミットメントのエスカレーション(escalation of commitment)と呼びます。

重要なのは、単に「過去にお金を使ったからやめにくい」というだけではない点です。コミットメントのエスカレーションでは、悪い情報を受け取った後に、追加の予算、人員、時間などを再び投入する判断が繰り返されます。この記事では、サンクコスト効果との違い、研究で分かっていること、難航する計画を見直すときの考え方を整理します。

コミットメントのエスカレーションとは?悪い情報の後も追加投入を続ける過程

コミットメントのエスカレーションとは、選んだ方針が失敗しつつある、または期待どおりに進んでいないという情報があるのに、その方針への関与や資源投入を続ける傾向です。Brocknerは1992年のレビューで、失敗している行動方針に意思決定者が固執する傾向として整理しています(Brockner, 1992)。

たとえば、新システム開発に追加予算を出すかどうかを3か月ごとに判断しているとします。初回の投資後に、納期遅延や品質問題、利用部門からの懸念が出ました。それでも「今やめるとこれまでが無駄になる」「自分が決めた計画を失敗にしたくない」「次の追加投資で回復するかもしれない」と考え、資金を追加します。この判断が繰り返されると、投入額が段階的に大きくなることがあります。

サンクコスト効果との違い

サンクコスト効果とコミットメントのエスカレーションは近い概念ですが、焦点が異なります。

概念 中心となる点 例
サンクコスト効果 すでに回収できない過去の費用が、今後の選択に影響すること 「もう1,000万円使ったから中止できない」と考える
コミットメントのエスカレーション 悪い情報が出た後も、同じ方針へ追加の資源を投入し続ける過程 遅延や赤字が続くたびに予算や人員を追加する

サンクコストは、コミットメントのエスカレーションを強める要因の一つになり得ます。しかし、追加投入の理由には、過去の費用だけでなく、自分の決定を正当化したい気持ち、将来回復するという見込み、組織内の評価、責任の持ち方など、複数の要因が関わります。

継続そのものが誤りとは限らない

失敗や遅延の後に資源を追加することが、すべて不合理なエスカレーションになるわけではありません。実務上は、過去に使った資源とは分けて、今から追加する資源に対してどれだけの将来価値が見込めるかを比較する必要があります。新しい情報から回復の見込みが高まり、追加投資によって得られる価値が追加費用を上回ると判断できるなら、継続が合理的な場合もあります。

問題になるのは、現在分かっている情報から将来を評価するのではなく、過去の決定や責任を守るために追加投入していないかという点です。

研究で分かっていること

研究では、失敗後の追加投資が起こり得ること、自分が最初の判断に責任を持っていることが関係する場合があること、そして原因が一つではないことが検討されてきました。ただし、古典的な実験結果がいつでも再現されるわけではありません。

Stawの実験では、自分の決定で悪い結果が出たときに追加投入が大きかった

Stawは1976年、240人のビジネススクールの学生を対象に、企業の投資判断を模したロールプレイ実験を行いました。参加者が最初の投資判断にどの程度責任を持つかと、その後の結果が良かったか悪かったかを変え、さらに資金をどう配分するかを調べました(Staw, 1976)。

結果は、自分が以前の判断に責任を持ち、その判断から悪い結果が出た条件で、以前選んだ方針への追加投入が最も大きくなるというものでした。Stawは、悪い結果が出たからすぐ撤退するとは限らず、自分の過去の判断を正当化する方向に追加投資が起こり得ると論じました。

2021年の追試では、Stawの責任効果は確認されなかった

一方、Białek、Węgrzyn、Meyersは2021年、Stawの実験をもとにした課題を365人に実施しました。ところが、この研究ではコミットメントのエスカレーションを示す証拠は確認されず、参加者は単純に、より見込みのあるプロジェクトへ多く投資しました(Białekら, 2021)。

この結果から、Stawの古典的結果を「人は自分が決めた失敗計画には必ず追加投資する」という一般則として扱うことはできません。責任の持ち方や状況の設計など、どの条件でエスカレーションが起こるかを考える必要があります。

一つの心理だけでは説明できない

Brocknerは1992年、それまでの研究を整理し、過去の資源投入が無駄だったと認めたくないという自己正当化が重要な説明の一つだとしました。一方で、自己正当化だけでなく、それを補う説明や別の説明も検討する必要があると論じています(Brockner, 1992)。

Sleesmanらは2012年、コミットメントのエスカレーション研究をメタ分析し、文献で扱われてきた多数の要因と理論的説明をまとめて比較しました。サンクコストを扱った34研究、最初の決定への個人的責任を扱った54研究、プロジェクト完了への近さを扱った14研究をそれぞれまとめた結果、いずれも、これらの要因が強いほど追加投入が多い傾向が見られました。つまり、過去に使った費用だけでなく、自分が決めたという責任や「もう少しで終わる」という状況も関係し得ます。研究全体としても、エスカレーションを一つの原因だけで説明するのではなく、意思決定者、計画、組織環境など複数の要因から捉える必要があります(Sleesmanら, 2012)。

「担当者を替える」だけでは、安定した対策にならない可能性がある

過去の判断に責任を持つ人から別の人へ再投資判断を移す方法は、エスカレーションを抑える対策として研究されてきました。しかし、SchultzeとSchulz-Hardtは2022年刊行の2実験で、この方法をより厳しく検証しました(Schultze & Schulz-Hardt, 2022)。

第1実験では、責任を替える効果が時間を通じて安定して続く証拠が得られませんでした。第2実験では短期的な効果は続きましたが、失敗し続ける計画だけでなく、最終的に成功する計画への投入まで減らしました。

そのため、「担当者を替えればエスカレーションを防げる」と単純には言えません。撤退すべき計画と、一時的に苦戦しているだけで回復する計画を区別できる仕組みが必要です。

実際のソフトウェア案件では、外部からの指摘が見直しのきっかけになる場合があった

KeilとRobeyは1999年、難航したソフトウェアプロジェクトの立て直しや撤退について、42人の情報システム監査担当者にインタビューしました(Keil & Robey, 1999)。

どんな案件にも必ず効く一つの要因はありませんでしたが、多くのケースでは、上級管理職、内部監査、外部コンサルタントなどの関与が見直しのきっかけになっていました。立て直しは、既存資源の使い方を変える方法と、投入する資源量そのものを変える方法の両方で行われていました。

これはソフトウェアプロジェクトを対象とした探索的研究なので、すべての仕事にそのまま当てはまるわけではありません。ただ、当事者だけで継続判断を閉じず、別の立場から現状を見直すという発想の参考になります。

仕事での具体例と活かし方

以下は、研究を仕事上の判断に当てはめるための説明用の仮の場面です。

ある会社で、新しい顧客管理システムを開発しています。当初予算は3,000万円、6か月で完成する計画でした。しかし6か月後、開発費は2,800万円まで使ったのに主要機能は未完成で、追加で1,500万円と4か月が必要だと報告されました。

責任者は「ここまで2,800万円使ったのだから、中止する方が損だ」と考えています。一方、別のシステムへ切り替える場合は、新たに1,200万円、3か月で導入可能という見積もりが出ています。ただし、代替システムでは現在の計画に含まれる高度な顧客分析機能は使えないという条件があります。

この場面で必要なのは、「続けるか、やめるか」を気持ちだけで決めることではなく、過去の2,800万円と、これから必要な費用・得られる価値を分けて比較することです。

以下は、研究結果をもとにした実務上の確認方法です。この手順一式の効果を直接検証した研究ではありません。

  1. 過去に使った資源と、これから使う資源を分ける。
    すでに回収できない2,800万円は別にし、「追加1,500万円を今から投入する価値があるか」を考えます。
  2. 悪い情報を具体的に並べる。
    納期遅延、品質問題、利用部門の評価、追加費用などを、「一時的な問題」と「構造的に続く問題」に分けます。
  3. 継続案と代替案を同じ基準で比較する。
    「今の計画を守れるか」ではなく、追加費用、完成時期、必要機能、運用リスクなど、これからの結果で比べます。
  4. 継続の理由を書き残す。
    「ここまでやったから」「自分が決めたから」ではなく、「この追加投資で何が改善し、その根拠は何か」を明文化します。
  5. 別の立場からレビューを受ける。
    監査、別部門、外部専門家など、最初の決定に直接責任を持たない人から評価を受けます。ただし、担当者を替えるだけで正しい判断になるわけではありません。
  6. 次の見直し条件を追加投入の前に決める。
    「2か月後に機能Aが完成していなければ再検討する」「追加予算1,500万円からさらに500万円以上上振れする見込みになったら、代替案も含めて再評価する」のように、次の判断基準を先に置きます。

コミットメントのエスカレーションを避けるとは、早く撤退することではありません。失敗を認めるかどうかではなく、今から追加する資源に見合う将来価値があるかを、最新の情報で繰り返し評価することが重要です。

参考文献・出典