参照点依存性とは?比較の基準で「得」と「損」が変わる理由

意思決定理論・行動経済学
Psychology Laws 編集部

同じ結果でも、「目標を上回った」と見るか、「前年より下がった」と見るかで、受け止め方が変わることがあります。たとえば売上が9,000万円だったとして、目標が8,500万円なら500万円の上振れですが、前年が9,500万円なら500万円の下振れです。

参照点依存性は、このように結果そのものだけでなく、何を基準に比較するかによって「得」と「損」の意味が変わるという考え方です。仕事では、予算、目標、前年実績、現在の状態など、どの数字を基準にしているかを明確にすると、判断が特定の比較基準だけに引っ張られていないか点検しやすくなります。

参照点依存性とは 意味と仕組み

参照点依存性(reference dependence)とは、結果を最終的な大きさだけで評価するのではなく、ある基準である「参照点」からの変化として評価する考え方です。KahnemanとTverskyが1979年に示したプロスペクト理論では、価値をもたらすものを最終的な資産水準ではなく、参照点からの利益や損失として捉えました。Kahneman & Tversky(1979)

たとえば最終的な利益が同じ1,000万円でも、「900万円から増えた」と捉えれば利益側の変化ですが、「1,100万円を見込んでいたのに減った」と捉えれば損失側の変化になります。

ここで重要なのは、参照点依存性と損失回避は同じ意味ではないことです。参照点依存性は、どこを基準に利益・損失を区切るかという考え方です。損失回避は、その基準から見て同程度の利益と損失があるとき、損失の影響をより大きく受け止める傾向を指します。TverskyとKahnemanは1991年、参照点依存性、損失回避、感応度逓減を組み合わせて、リスクを伴わない選択にも適用できるモデルを示しました。Tversky & Kahneman(1991)

また、参照点依存性はプロスペクト理論全体と同じものでもありません。プロスペクト理論には参照点からの利益・損失だけでなく、確率の扱いなども含まれます。この記事では、その中でも「何を基準に得・損と見るか」に焦点を当てます。

研究で分かっていること

研究では、同じ選択肢でも、比較の出発点となる参照状態が変わると選択が変わる例が示されています。一方で、参照点が何によって決まるかは一つに固定されておらず、現状だけを参照点と考えるのは適切ではありません。

1991年の研究:同じ2つの仕事でも現在の仕事で選択が変わった

TverskyとKahnemanの1991年の論文では、106人を対象に、社会的な交流の多さと通勤時間が異なる2つの仕事を比較させる問題が使われました。比較する2つの仕事は同じですが、参加者に示す「現在の仕事」の条件を変えています。

一方の条件では、現在の仕事は交流が少ないものの通勤時間は10分でした。もう一方では、交流はとても多いものの通勤時間は80分でした。つまり、同じ2つの候補でも、現在の仕事を基準にすると、交流の改善と通勤時間の悪化のどちらが「得」「損」と見えるかが変わります。

その結果、通勤時間を比較的重く見ることになる最初の条件では、交流は限定的でも通勤20分の仕事が70%に選ばれました。参照状態を変えた条件では、同じ仕事を選んだ割合は33%でした。Tversky & Kahneman(1991)

これは、最終的な2つの候補が同じでも、比較の基準によって各特徴が利益・損失のどちらとして捉えられるかが変わり、選択も変わり得る例です。ただし、この実験は参照点依存性だけを単独で測ったものではありません。論文では、参照点によってどの特徴が利益・損失になるかが変わり、損失回避と組み合わさって選択の違いを説明しています。また、この実験は学生を対象にした仮想的な就職選択です。実際の職場の判断が常に同じ割合で変わることを示すものではありません。

参照点は必ずしも「現状」だけではない

参照点をどう特定するかは、現在も研究上の重要な問題です。Baillon、Bleichrodt、Spinuは、どの参照点が使われるかを実験的に調べた研究で、現状と、安全側の基準となる水準がよく使われていたと報告しています。ここでいう安全側の基準とは、各選択肢で最も悪い結果になった場合を比べたときの、より良い水準です。一方、この実験では、期待を参照点とする説明への支持は限定的でした。Baillon et al.(2019)

そのため、「人はいつも現在の状態を基準にする」「目標が必ず参照点になる」と決めつけることはできません。仕事で参照点依存性を考えるときも、実際に何が比較基準になっているかを先に確認する必要があります。

仕事での具体例と活かし方

ここからは説明用の仮の場面です。ある事業の今期利益見込みが9,000万円になったとします。

  • 前年実績が8,000万円なら、前年差では1,000万円の増加です。
  • 今期目標が1億円なら、目標との差では1,000万円の不足です。

同じ9,000万円でも、前年を参照点にすれば「増えた」と見え、目標を参照点にすれば「届かなかった」と見えます。どちらの比較にも意味はありますが、一方だけを見て「成功」「失敗」と決めると、判断に必要な情報が抜けることがあります。

会議や企画評価では、次の順番で確認すると使いやすくなります。

  1. 最終的な結果を先に書く。 売上、利益、費用、納期など、実際に比較したい値を明確にします。
  2. 参照点を列挙する。 現状、前年、計画、目標、予算、代替案など、基準になり得るものを分けます。
  3. 各参照点との差を確認する。 同じ結果が、どの基準では利益になり、どの基準では損失になるかを見ます。
  4. 意思決定の目的に合う基準を選ぶ。 成長を評価するなら前年、計画達成を見るなら目標というように、目的と比較基準を対応させます。
  5. 基準を変えても結論が妥当か確かめる。 一つの参照点だけで結論が大きく変わる場合は、最終結果や他の判断材料も合わせて検討します。

参照点依存性を知る目的は、「比較してはいけない」と考えることではありません。仕事では比較基準が必要です。大切なのは、どの基準から見た得・損なのかを明示し、その基準が意思決定の目的に合っているかを確認することです。

参考文献・出典