メンタル・アカウンティングとは?お金を用途別に分ける心理と予算の考え方

意思決定理論・行動経済学
Psychology Laws 編集部

「研修費は残っているから使っておこう」「出張費はもう使い切ったから、別の方法で済ませよう」。仕事では、お金を用途ごとに分けて管理する場面がよくあります。こうした区分は予算管理に役立つ一方、同じ1万円でも「どの財布に入っているか」によって使い方が変わることがあります。

メンタル・アカウンティングは、人がお金を頭の中で用途や入手経路などに分け、それぞれ別の勘定のように管理する考え方です。この記事では、なぜ同じ価値のお金でも扱いが変わるのか、研究では何が分かっているのか、仕事の予算判断でどう使えばよいかを説明します。

メンタル・アカウンティングとは 意味と仕組み

メンタル・アカウンティング(mental accounting)は、Richard Thalerが消費者の選択を説明するために発展させた考え方です。1985年の論文では、利益や損失の受け止め方に加えて、購入の評価や家計の予算分けを取り入れたモデルが示されました。Thaler(1985)

Thalerは1999年のレビューで、メンタル・アカウンティングを、個人や家庭が金銭活動を整理し、評価し、追跡するために使う認知的な操作としてまとめています。お金の使い道だけでなく、通常の収入や臨時収入といった入ってきた経路にもラベルが付けられ、それが支出の判断に関わることがあります。Thaler(1999)

経済学では、同じ金額のお金は基本的に交換可能です。1万円は、どの封筒や口座に入っていても1万円です。ところがメンタル・アカウンティングでは、「娯楽費」「生活費」「臨時収入」などの区分によって、そのお金を使いやすいか、使いにくいかが変わります。

たとえば、自由に使える資金が合計10万円あるとしても、「研修費として残った3万円」は使いやすく、「備品費として残った3万円」は別用途に使いにくい、と感じることがあります。制度上の制約がなくてもこうした区分が判断に影響するなら、心理的な勘定が働いていると考えられます。

ただし、用途別に予算を分けること自体が誤りなのではありません。予算分けには、支出を管理しやすくしたり、判断を単純にしたりする面があります。問題になるのは、区分を守ること自体が目的になり、全体としてより重要な使い道を選べなくなる場合です。

研究で分かっていること

研究では、人が支出をカテゴリー別に管理し、同じカテゴリーで先にお金を使うと、その後の支出を控える傾向が示されています。特に、「そのカテゴリーらしい支出」ほど、同じ心理的な予算から差し引かれやすいことが確認されています。

1996年の研究:同じ「娯楽費」らしい支出が次の購入を抑えた

HeathとSollは1996年、メンタル・アカウンティングの中でも、用途別に予算を分けて支出を追跡する「メンタル・バジェティング」を調べました。3つの研究を行い、そのうち第2研究では66人のMBA学生が参加しました。Heath & Soll(1996)

参加者には、週の前半に20ドルまたは50ドルの支出があったと想定してもらい、その後、25ドルの劇場チケットなどを買うかを尋ねました。先の支出には、スポーツ観戦のように「娯楽費」と分類しやすいものと、同じ金額でも別のカテゴリーに入りやすいものが含まれていました。

結果は、先に使った金額が大きい条件ほど、その後の購入を控える人が多くなりました。また、先の支出が「娯楽」「食費」「衣服」などのカテゴリーの典型例であるほど、同じカテゴリーの次の購入を控える傾向が強くなりました。研究では、単にお金が減ったためではないか、すでに似た体験をして満足したためではないかという説明も区別して検討しています。Heath & Soll(1996)

つまり、支出額だけでなく、その支出をどの勘定に入れたかが次の選択に関わったと考えられます。

ただし、この研究は主に仮想的な購入場面を使い、参加者もMBA学生でした。すべての家計や企業の実際の支出が同じように変化するとまでは言えません。

予算分けには役立つ面もある

HeathとSollは、資源を分けてラベルを付けることには、計算を単純にし、自制を管理しやすくする面もあると述べています。Thalerの1999年の整理でも、支出カテゴリーや予算はメンタル・アカウンティングの重要な要素です。Thaler(1999)

そのため、メンタル・アカウンティングは単純に「なくすべきバイアス」ではありません。予算を守るためには役立つ一方、状況が変わっても勘定間で資金を動かせないと、必要な支出を控えたり、不要な支出を続けたりする可能性があります。

その後の研究も、用途別の予算だけに限られません。Skwaraの2023年のシステマティックレビューでは、購買意思決定に関する110本の研究を整理し、研究内容を「資金の出所」「資金の予定された使途」「価格」「支払い」の4つのテーマに分類しています。メンタル・アカウンティングは、お金を何に使うかだけでなく、どこから得たお金か、価格をどう捉えるか、どう支払うかまで幅広く研究されていることが分かります。Skwara(2023)

仕事での具体例と活かし方

ここからは説明用の仮の場面です。ある部署に、年度末時点で次の予算が残っているとします。

  • 研修費:30万円
  • 業務改善費:5万円

部署では、重要度の低い研修を30万円で追加する案と、業務時間を大きく減らせる20万円のソフトウェアを導入する案が出ています。もし制度上は予算の振り替えが可能なのに、「研修費が余っているから研修に使う」「業務改善費が足りないからソフトウェアは見送る」とだけ判断したなら、用途のラベルが選択を狭めている可能性があります。

こうした場面では、次の順番で確認できます。

  1. 制度上の制約と心理的な区分を分ける。 本当に用途変更できない予算なのか、「このお金はこの用途」という思い込みなのかを確認します。
  2. 残額ではなく、これから得られる価値を比較する。 「余っているから使う」ではなく、各案の費用と期待できる効果を並べます。
  3. 勘定を一度外して比較する。 全体で35万円を自由に配分できると仮定したら、どの案を選ぶか考えます。
  4. 予算区分の目的を確認する。 不正防止、支出抑制、責任管理など、区分を維持する理由があるなら、その目的も判断材料に残します。

メンタル・アカウンティングを仕事で活かすポイントは、予算をなくすことではありません。「この勘定にお金があるから」という理由と、「この支出に価値があるから」という理由を分けて考えることです。用途別の管理を続けながら、重要な判断では全体の資源配分も見直すことで、予算枠だけに引っ張られにくくなります。

参考文献・出典