期待効用理論とは?期待値との違いと不確実な選択の考え方
「確実に500万円の利益が出る案」と、「50%の確率で1,200万円の利益、50%で利益ゼロになる案」があるとします。金額だけの期待値を計算すると、前者は500万円、後者は600万円です。では、期待値が高い後者を選ぶのが必ず合理的なのでしょうか。
期待効用理論は、こうした確率を伴う選択で、金額そのものの平均ではなく、その結果が本人にとって持つ価値を確率で重み付けして比較する考え方です。この記事では、期待値との違い、理論が成立する前提、実際の選択ではどこに限界があるのかを説明します。
期待効用理論とは 意味と期待値との違い
期待効用理論(expected utility theory)は、確率が分かっている複数の結果から選ぶとき、それぞれの結果の「効用」に確率を掛け、その合計で選択肢を比較する考え方です。
期待値と期待効用の違いは、何に確率を掛けるかです。
| 考え方 | 計算するもの | 意味 |
|---|---|---|
| 期待値 | 確率 × 金額や数量 | 結果そのものの平均 |
| 期待効用 | 確率 × 各結果の効用 | 本人にとっての価値を反映した平均 |
たとえば、先ほどの「確実に500万円」と「50%で1,200万円、50%で0円」では、後者の期待値は高くなります。しかし、資金がなくなる可能性を強く避けたい人や企業にとっては、0円と500万円の差が、500万円と1,200万円の差より大きな意味を持つかもしれません。その場合、金額の期待値は低くても、確実な500万円の方を選ぶことが期待効用の考え方と矛盾するとは限りません。
ここでいう「効用」は、幸福度を直接測った点数という意味ではありません。選択肢の好みを一貫した数値で表すための尺度です。効用の数値そのものに絶対的な意味があるわけではなく、正の倍率を掛けて一定値を足すような変換をしても、同じ選好を表します。
von NeumannとMorgensternは『Theory of Games and Economic Behavior』で、確率を伴う選択と数値的な効用を扱いました。第二版(1947年)では、一定の条件を満たす選好を、結果の効用を確率で重み付けした形で表せることを示す公理的な導出が付録に加えられました。von Neumann & Morgenstern(1947)
期待効用が成り立つための主な前提
期待効用は、「人はいつでもこの計算どおりに選ぶ」という心理法則ではありません。選好が一定の整合性を満たすときに使える理論です。現代的な説明では、主に次のような条件で整理されます。
- 比較できること:2つの選択肢について、どちらがよいか、または同じ程度かを判断できる。
- 順序が矛盾しないこと:AをBより好み、BをCより好むなら、AをCより好む。
- 中間的な選択を扱えること:最良と最悪の結果を確率で混ぜた選択肢と、中間の結果を対応づけられる。
- 共通部分を混ぜても順位が保たれること:AをBより好むなら、AとCを同じ割合で混ぜた選択肢も、BとCを同じ割合で混ぜたものより好む。
最後の条件は「独立性」や「代替の公理」と呼ばれます。HersteinとMilnorは1953年、より整理された公理のもとで、選好を測定可能な効用で表せる条件を示しました。Herstein & Milnor(1953)
なお、von NeumannとMorgenstern型の期待効用理論は、基本的には結果の確率が与えられているリスク下の選択を扱います。そもそも確率が分からない状況まで同じ枠組みで扱うには、主観的確率を使う理論など別の拡張が必要です。
研究で分かっていること
期待効用理論は、整合的な選択を表す重要な基準ですが、実際の人の選択がその前提を常に満たすわけではありません。特に、確実に得られる結果と、確率で得られる結果を比べると、期待効用の独立性と合わない選択が見られることがあります。
1979年の研究:確率を同じ割合で下げると選択が反転した
KahnemanとTverskyは1979年、学生や大学教員を対象に、仮想的な金銭選択を尋ねる研究を行いました。その中の一組では、95人に次の選択を示しました。
- 80%の確率で4,000を得る
- 確実に3,000を得る
この問題では、80%が「確実に3,000」を選びました。
次に、同じ95人に、確率をそれぞれ4分の1にした次の選択を示しました。
- 20%の確率で4,000を得る
- 25%の確率で3,000を得る
こちらでは65%が「20%で4,000」を選びました。最初の選択で3,000を好んだなら、両方の確率を同じ割合で下げても同じ順位になるはずだという期待効用理論の独立性とは一致しない選択パターンです。KahnemanとTverskyは、確実な結果が特別に重く扱われる「確実性効果」の例として説明しました。Kahneman & Tversky(1979)
ただし、この研究は実際に賞金を支払う選択ではなく、学生や大学教員に仮想的な問題を尋ねたものです。著者自身も、仮想選択には妥当性や一般化の限界があると述べています。
後続研究:共通比率効果は条件によって現れ方が変わる
このように、2つの選択肢の確率を同じ割合で下げると選好が反転する現象は、後続研究で「共通比率効果(common-ratio effect)」として検討されてきました。Blavatskyy、Panchenko、Ortmannは、39本の論文に含まれる143の実験設計、14,909件の選択を再分析しました。その結果、標準的な共通比率効果が確認された設計は59.4%、確認されなかった設計は30.1%、逆方向の効果が確認された設計は10.5%でした。また、共通比率の大きさ、結果の金額関係、提示形式、報酬が実額か仮想かといった実験条件によって、効果の現れ方が変わることも示されています。Blavatskyy et al.(2023)
そのため、1979年の結果を「人は必ず確実な結果を特別扱いする」と一般化するのは適切ではありません。期待効用理論が「間違った理論」だと結論づけるのではなく、合理的な選択の基準としての理論と、実際の人の選択を説明する理論を区別することが大切です。
仕事での具体例と活かし方
ここからは説明用の仮の場面です。ある会社が新しい施策を2案から選ぶとします。
- A案:確実に400万円の利益改善
- B案:50%の確率で1,000万円の利益改善、50%では改善なし
期待値は、A案が400万円、B案が500万円です。期待値だけならB案が上です。しかし、会社にとって「改善なし」が資金繰りや事業継続に大きな影響を与えるなら、単純な期待値だけでは判断材料が足りません。
期待効用の考え方を仕事で使うときは、次の順番で整理すると分かりやすくなります。
- 結果と確率を分けて書く。 各案で何が起こり得るか、その確率はいくらかを明示します。
- まず期待値を計算する。 金額や数量の平均を出し、単純な比較の基準を作ります。
- 金額以外に重要な結果を確認する。 資金繰り、倒産リスク、納期、顧客への影響など、同じ金額差でも意味が変わる条件を洗い出します。
- どの程度のリスクを許容できるか確認する。 「期待値が少し高いなら大きな損失可能性を受け入れるのか」など、選好を具体的な比較で確認します。
- 前提を変えても結論が変わらないか見る。 確率や結果の見積もりに幅を持たせ、判断が一つの数字に依存しすぎていないか確認します。
ここで、根拠なく「A案の効用は80点、B案は90点」と点数を付けるだけでは、期待効用を使ったことにはなりません。効用は選好を表す尺度なので、実務では、どの結果をどれだけ避けたいのか、どのリスクなら受け入れられるのかを具体的な選択で確認することが重要です。
期待効用理論の役割は、期待値を捨てることではありません。期待値だけでは表せない価値やリスクの受け止め方を、整合的な選択としてどう考えるかを示す点にあります。一方、実際の人の判断は理論の前提から外れることもあるため、予測モデルとして使うときはその限界も考える必要があります。
参考文献・出典
- von Neumann, J., & Morgenstern, O. (1947). Theory of Games and Economic Behavior, 2nd ed. Princeton University Press. 確率を伴う選択と数値的効用、公理的な期待効用表現の基礎。
- Herstein, I. N., & Milnor, J. (1953). An Axiomatic Approach to Measurable Utility. Econometrica, 21(2), 291–297. 一定の公理のもとで測定可能な効用表現が成立する条件の根拠。
- Kahneman, D., & Tversky, A. (1979). Prospect Theory: An Analysis of Decision under Risk. Econometrica, 47(2), 263–292. 期待効用理論の独立性と一致しない選択、確実性効果、仮想選択研究の限界の根拠。
- Blavatskyy, P., Panchenko, V., & Ortmann, A. (2023). How common is the common-ratio effect?. Experimental Economics, 26, 253–272. 39本の論文、143の実験設計、14,909件の選択を再分析し、共通比率効果の再現率と実験条件による違いを整理した研究。