プロスペクト理論とは?利益と損失で変わる選択の考え方

意思決定理論・行動経済学
Psychology Laws 編集部

説明用の例として、「確実に100万円の利益」と「80%の確率で125万円の利益、20%で利益なし」が並んでいたら、どちらを選ぶでしょうか。期待値はどちらも100万円です。それでも、利益として考える場面では確実な案を選びたくなることがあります。反対に、「確実に100万円を失う」と「80%で125万円を失い、20%で損失なし」では、後者に賭けたくなるかもしれません。

プロスペクト理論は、こうした不確実な選択で、人が結果を単純な期待値だけでは評価しないことを説明する理論です。ポイントは、何を基準に利益・損失と感じるか、利益と損失を同じようには評価しないこと、そして確率をそのまま重みとして使うとは限らないことです。

プロスペクト理論とは 意味と仕組み

プロスペクト理論(prospect theory)は、Daniel KahnemanとAmos Tverskyが1979年に提案した、リスクを伴う選択を説明するための理論です。もともとは、期待効用理論だけでは実際の選択を十分に説明できない例を示し、その代わりとなる記述的なモデルとして提示されました。Kahneman & Tversky(1979)

理解するときは、次の3点を一緒に見ると分かりやすくなります。

  • 参照点:結果を絶対額だけでなく、基準からの「利益」「損失」として捉えます。
  • 価値の感じ方:利益・損失ともに、参照点から離れるほど同じ差額による心理的な変化が小さくなる「感応度逓減」を考えます。さらに、損失側の価値関数は利益側より急で、同程度の損失が同程度の利益より強く評価される「損失回避」を表します。
  • 確率加重:選択では客観的な確率そのものではなく、確率が判断に与える影響を表す「意思決定ウェイト」を使います。これは「本人が確率を何%だと信じているか」と同じ意味ではありません。

この3つが組み合わさるため、プロスペクト理論を単に「人は損を嫌う理論」と捉えるのは不十分です。参照点によって同じ結果が利益にも損失にもなり、確率の大きさによってリスクの取り方も変わります。

1992年にはTverskyとKahnemanが、複数の結果を含む選択や不確実性にも広げた累積プロスペクト理論を発表しました。この理論では、利益と損失で別々の確率加重を扱えるようになり、利益・損失と確率の組み合わせによる「四つのパターン」が整理されています。Tversky & Kahneman(1992)

状況 研究で示された代表的な傾向
高い確率で利益 確実な利益を好み、リスクを避けやすい
高い確率で損失 確実な損失を避けるため、リスクを取りやすい
低い確率で利益 小さな可能性を重く見て、リスクを取りやすい
低い確率で損失 小さな可能性を重く見て、リスクを避けやすい

つまり、「利益なら必ず安全策、損失なら必ず賭けに出る」という理論ではありません。確率加重まで含めると、低確率では逆のパターンも説明できます。

研究で分かっていること

研究から分かるのは、同じような確率と金額の組み合わせでも、結果が利益として示されるか損失として示されるかによって、選択の傾向が変わり得ることです。ただし、これは全員が必ず同じ選択をするという意味ではありません。

1979年の研究:利益と損失で選択が反転した

KahnemanとTverskyの1979年の論文では、95人に「80%の確率で4,000を得る」案と「確実に3,000を得る」案を選んでもらったところ、80%が確実な3,000を選びました。

同じ金額の符号を反転し、「80%の確率で4,000を失う」案と「確実に3,000を失う」案にすると、92%が前者のリスクのある選択肢を選びました。利益では確実性を好み、損失では確実な損失を避ける方向に選択が反転した例です。Kahneman & Tversky(1979)

一方、この研究で使われたのは主に仮想的な金銭選択です。著者自身も、実際の選択への一般化には限界があることを論文中で述べています。そのため、職場で「この理論どおりに相手が選ぶ」と予測するより、判断が利益・損失の見せ方に引っ張られていないかを点検する材料として使うのが適切です。

2020年の再検証:主要なパターンは多国間でも再現した

Ruggeriらは2020年、1979年の研究方法をもとに、19か国・13言語の4,098人を対象として選択問題を再検証しました。現在・各地域の通貨に合わせるなどの調整を行い、参加者にはすべての項目への回答を求めています。その結果、項目の94%で元研究のパターンが再現され、13の理論的な比較のうち12でも再現されました。Ruggeri et al.(2020)

ただし、元研究より効果が弱い項目もあり、国の間の違いや同じ人の中での選択のばらつきも確認されています。プロスペクト理論の主要な傾向には再現性を支える結果がある一方、個人や国を問わず同じ強さで表れると考えるのは適切ではありません。

1992年の研究:確率まで含めると四つのパターンになる

1992年の累積プロスペクト理論では、価値関数だけでなく確率加重も組み合わせることで、リスク態度をより細かく説明しました。高確率では「利益でリスク回避、損失でリスク追求」が見られやすい一方、低確率では「利益でリスク追求、損失でリスク回避」という逆の傾向が示されています。Tversky & Kahneman(1992)

この点は仕事で重要です。「損失回避」という一つの特徴だけで判断を説明すると、低確率の大きな利益や損失を扱う場面を見落とすからです。

仕事での具体例と活かし方

ここからは説明用の仮の場面です。ある部署が新しい施策を検討しており、現在の計画を基準に次の2案を比較するとします。

  • A案:確実に100万円の利益が増える
  • B案:80%の確率で125万円の利益が増え、20%では増えない

期待値はどちらも100万円です。利益として捉えると、A案の「確実に得られる」ことが魅力的に見えるかもしれません。

一方、トラブル対応で次の2案を比べるとします。

  • C案:確実に100万円の損失が出る
  • D案:80%の確率で125万円の損失が出るが、20%では損失が出ない

こちらも期待値は同じく100万円の損失です。それでも、確実な損失を受け入れるC案より、「損失がゼロになる可能性がある」D案に傾くことがあります。

こうした場面では、プロスペクト理論を「相手を動かすテクニック」ではなく、判断を点検するための枠組みとして使えます。

  1. 参照点を言葉にする。「現状」「予算」「目標」「前回実績」のどれを基準に利益・損失と言っているのかを明示します。
  2. 差額と最終結果を両方見る。「100万円の損失」だけでなく、損失後の利益や予算残高まで並べます。
  3. 確率と金額を分けて確認する。「起こりそう」「ほぼ確実」といった表現だけでなく、根拠のある確率と影響額を別々に検討します。
  4. 利益表現と損失表現の両方で見直す。表現を変えただけで結論が逆転するなら、参照点や確率の扱いが判断に影響していないか確認します。

大切なのは、プロスペクト理論が「合理的な計算をしなくてよい」と示しているわけではないことです。むしろ、利益・損失の感じ方や確率の重みづけによって選択が変わり得ると知ることで、期待値、最終的な結果、許容できるリスクを意識して比較しやすくなります。

参考文献・出典