毎回最悪の想定で予算が膨らむ|発生条件と影響を分けて考える

企画・意思決定
Psychology Laws 編集部

企画会議で「もし大きなトラブルが起きたら」と言われるたびに予備費を足していくと、必要な予算が際限なく増えてしまうことがあります。そんなときは、最悪の事態を無視したり、予備費を一律に削ったりするのではなく、何が起きる場合なのか、どの程度起こり得るのか、起きたら何がどれだけ変わるのかを分けて確認します。

予算を考えるには、通常必要な費用と、問題が起きた場合の追加費用を区別することも大切です。被害がまれでも重大な場合には、金額の平均だけで判断せず、事前対策や緊急時の資金確保まで検討します。

最悪の場面が浮かぶと、なぜ予算を多めに積みたくなるのか

以下は説明用の仮の場面です。展示会の準備予算を検討する会議で、以前に別の催しで起きた大幅な納品遅延が話題になりました。「今回も資材が届かなければ困る。すぐ別の業者へ発注できるよう、多めに予算を取っておこう」という意見が出ます。

備えが必要な可能性はあります。ただ、前回のトラブルの印象が強いことと、今回も同じことが起こる可能性が高いことは別です。また、遅延が起きても、納品日や代替手段によって追加費用は異なります。

思い出しやすい出来事が頻度の判断に入り込む

TverskyとKahneman(1973)は、人が物事の頻度や発生可能性を判断するとき、関連する例の思い出しやすさを手がかりにする傾向を調べました。論文では、単語の分類に属する語の頻度、組み合わせの数、繰り返される出来事の頻度を判断する課題などで、思い出しやすさに基づく判断の偏りを報告しています。

この研究は企業の予算決定を検証したものではありません。それでも、目立つ失敗談だけから今回の発生頻度を推測していないか、点検する理由になります。詳しい仕組みは利用可能性ヒューリスティックの解説でも確認できます。

結果への感情と、起こる確率は同じではない

RottenstreichとHsee(2001)は、感情を強く伴う賞品とそうでない賞品を使った不確実な選択について検討しました。結果として、確実に得られる場合と低い確率で得られる場合とで、どちらの賞品が好まれるかが逆転するなど、結果に伴う感情の強さによって確率の重みづけが変わることを報告しています。

研究で直接確かめられたのは抽選のような選択であり、「企業では恐ろしいリスクほど必ず予算を過大に見積もる」という結論ではありません。仕事では「起きたら非常に困る」という気持ちと、「どれくらい起きそうか」の根拠を別々に扱うための手がかりとして考えられます。もちろん、深刻な結果を心配すること自体が不合理とは限りません。

予算に加える前に、発生条件と影響を何から確かめるか

「納品が遅れたら大損害」という言い方だけでは、どの費用を準備すべきか決められません。次のように具体化します。

  • 発生条件:どの資材が、いつまでに届かないと代替発注が必要になるのか。短い遅延でも影響するのか、一定の日数を超えて初めて問題になるのかを確認します。条件が変われば、数えるべき過去の事例も変わります。
  • 起こりやすさの根拠:似た納品条件、取引先、時期の案件では何件中何件で同じ問題が起きたのか。最近の大きな事故一件だけでなく、問題が起きなかった案件も含めます。事例が少ない、条件が違う場合は、無理に確率を決めず「不明」と記録します。
  • 発生時の影響:代替品の調達費、輸送費、納期変更の費用など、通常予算との差額を分けて見積もります。すでに通常予算に計上した費用を、予備費にも二重に加えていないか確認します。
  • 費用以外の制約:安全性、契約違反、事業停止、取引先への重大な影響がないかを調べます。金額が小さく見えても、先に対策を取る必要がある場合があります。

たとえば、発生した場合の追加調達費が80万円、発生確率が10%だと仮に置けば、金額と確率を単純に掛けた平均的な追加費用は8万円です。ここで使った80万円も10%も、説明用に設定した仮の数字であり、実際の相場や調査結果ではありません。

ただし、平均8万円だから予備費は8万円で十分とは言えません。実際に問題が起きれば80万円を支払う必要があり、資金をそのとき確保できるか、費用の上限はどこか、複数のトラブルが同時に起こり得るかによって備え方は変わります。確率の推定自体に根拠がなければ、この計算結果も当てにできません。

確認した結果を、予算案と対応方法にどう反映するか

ここからは研究とリスク評価の資料を参考に考えた実務上の整理方法です。この手順で予算が減る、あるいは事故を防げると研究で直接検証されたものではありません。

  1. 通常予算を先に示す。企画を予定どおり実行するための費用を固定し、トラブル対応用の費用とは分けて記載します。「念のため」の金額がどこに含まれるかを見えるようにします。
  2. リスクを一件ずつ条件付きで書く。「納品遅延」ではなく「指定日までに主要資材が届かず、代替手配が必要になった場合」のように、起きる条件と追加費用を対応させます。異なる条件に同じ損失額を繰り返し加えないかも確認します。
  3. 備え方を比較する。満額を予備費として確保するほか、早めに納品状況を確認する、代替業者の見積もりだけ取得する、必要時に追加予算を承認する、といった選択肢を比べます。発生を減らす対策費と、発生した後の対応費を混同しないようにします。
  4. 判断の分かれ目を決める。見積もりの根拠が弱ければ追加調査を行います。損失額が大きく資金不足や重大な被害につながる場合は、発生可能性が低そうでも事前の備えを優先して検討します。問題の可能性と影響が限定的なら、条件を監視しながら必要時に対応する案も比較できます。
  5. 再確認する時点と担当者を決める。「開催2週間前に納品状況を確認」「指定日までに確約が取れなければ代替案を決裁」のように、どの情報が出たら予算や対応を見直すかを合意します。

予算会議では、たとえば次のように説明できます。これは仮の会話例です。

「最大80万円の追加費用を想定しています。ただし、これは指定日までに資材が届かず代替手配が必要になった場合です。今のところ発生確率を裏付ける実績が足りません。まず納品日を再確認し、代替業者の見積もりを取ります。満額を予備費にする案と、条件を満たしたときに追加承認する案を、資金面の制約も含めて比べたいです」

英国財務省の『Green Book』(2026年版)でも、事業案の評価では、リスクが起きた場合の損失と、その回避・軽減に必要な費用を区別し、不確実性を扱うよう求めています。また、まれでも極めて深刻な損失には、平均的な費用の見積もりだけでは対応しきれない場合があるとしています。これは英国の公共事業評価の指針であり、民間企業にそのまま適用する義務があるという意味ではありません。

「最悪の場合」を検討することには意味があります。大切なのは、その最悪の状況を毎回そのまま予算へ上乗せするのではなく、起こる条件、根拠の確かさ、影響、備え方をそれぞれ見せて、意思決定者が選べるようにすることです。

参考文献・出典