専門部署の試算をそのまま採用してよい?判断に使う前の質問

企画・意思決定
Psychology Laws 編集部

新しいシステムや設備への投資を考えるとき、情報システム部や技術部門などから「費用は900万円の見込みです」と試算が届くことがあります。自分が詳しくない分野だと、専門部署が出した数字なら大丈夫だろうと、そのまま企画の承認資料に載せたくなるかもしれません。

専門部署の試算は重要な判断材料ですが、作成した部署の専門性と、今回の試算がどこまで確かかは分けて考える必要があります。採用する前に「何を含めた金額か」「根拠は実績か仮定か」「条件が変わるとどの程度動くか」「その数字で何を決められるか」を確認しましょう。専門家の仕事を疑うためではなく、試算を企画判断に正しく使うための質問です。

専門部署の試算を、そのまま正しいと感じやすい理由

専門部署は、計算方法や現場の制約について、企画担当者より詳しいことがあります。担当者に経験があり、同種案件の実績も蓄積されているなら、その知識を活用するのは合理的です。一方、数字の出し方を十分に理解できないと、「この部署が自信を持って示した」という印象と、「今回の前提が妥当である」という評価が混ざることがあります。

SniezekとVan Swol(2001)は、助言を受けて判断する人と、その人より専門知識の多い助言者を組にした二つの実験を行いました。初対面の組と継続的な関係がある組を扱い、助言者が高い自信を示したとき、判断者は助言者への信頼を高く評価し、その助言に従いやすい傾向が見られました(SniezekとVan Swolの研究)。

これは助言を受ける実験であり、企業の費用試算が不正確になることを直接示した研究ではありません。ただ、専門部署の説明を聞く側が、数字の根拠だけでなく、説明する人の自信にも影響され得ることを考える手がかりになります。情報の中身より発言者の立場を重く見ていないか、という点は権威バイアスの解説とも関係します。

反対に、専門家の見解をいつも疑うのが正しいわけでもありません。KahnemanとKlein(2009)は専門家の直感について研究の考え方を比較し、判断する環境に学習できる規則性があるか、結果から学ぶ機会が十分にあるかが、判断の質を見極める鍵になると整理しています(KahnemanとKleinの論考)。試算担当者の経験年数だけでなく、「似た案件で見積もりと実績を照合しているか」を聞く理由はここにあります。

試算を判断に使う前に聞きたい五つの質問

何でも最初から計算し直してもらう必要はありません。承認の結論が変わりそうな条件を優先して、次の点を確認します。

  1. 「この金額には、どこからどこまで含まれていますか?」

    初期導入費だけなのか、データ移行、教育、保守、追加の人員、税金なども含むのか。対象業務や対象期間も確かめます。範囲が違う試算を並べると、安い案が本当に安いとは限りません。必要な費用が抜けていれば、同じ対象・期間で再計算を依頼します。

  2. 「大きな数字は、実績・見積書・仮定のどれに基づいていますか?」

    前回の実績、取引先の見積書、作業件数の調査、担当者の経験による予測を区別します。根拠資料の日付や、今回との違いも重要です。実績が今回の条件に近ければ使える手がかりになりますが、似た案件がなければ仮定として扱い、追加調査の必要性を判断します。

  3. 「結論を最も動かす前提は何ですか?」

    対象件数、単価、作業日数、稼働率など、一つ変えると総額が大きく動く数字を聞きます。担当者に「どの前提を確かめれば、見積もりの不確かさを最も減らせますか」と質問すると、追加調査の優先順位を決めやすくなります。

  4. 「前提が外れた場合、金額や期間はどう変わりますか?」

    一つの確定額に見えても、将来の費用は条件次第で変わります。起こり得る増加・減少の条件と影響を示してもらいましょう。裏付けのない「前後10%」を安全な幅として付け足すのではなく、何が変わるといくらになるかを確かめます。

  5. 「この試算だけでは判断できないことは何ですか?」

    費用の見込みが精密でも、導入の便益、運用上の負担、代替案との比較まで正しいとは限りません。専門部署に求める判断と、企画側が決める優先順位・予算上限・利用者への影響を切り分けます。必要であれば、試算の前提に合わせて他案も比較します。

米国会計検査院(GAO)の費用見積もりのガイド(2020年)でも、対象範囲、前提条件、根拠データ、見積もり方法、前提の変化に対する分析、リスクの分析、記録と更新が、信頼できる費用見積もりの重要な工程として挙げられています。これは米国政府の事業費用を主な対象とした指針であり、すべての民間企画に同じ手続きを要求するものではありません。確認にかける手間は投資規模とリスクに応じて調整します。

質問の答えで、承認・再試算・保留を分ける

次は、考え方を示すための架空の例です。情報システム部がシステムの初期導入費を900万円と試算し、企画の予算上限は1,000万円だとします。内訳は基本構築費600万円に、データ移行100件×1件3万円=300万円を加えたものです。

企画担当者が「移行するデータは本当に100件ですか」と確認したところ、全件を調べると160件になる可能性が分かりました。1件当たり3万円という条件が変わらないと仮定すれば、費用は600万円+160件×3万円=1,080万円です。最初の900万円から180万円増え、予算上限を超えます。ただし、実際には件数に応じて単価や作業方法が変わる可能性もあるため、この計算だけで最終額を決めることはできません。

このとき会議では、次のように尋ねられます。

「900万円の試算を否定したいわけではありません。承認の上限が1,000万円なので、移行対象100件の根拠と、160件だった場合の対応を確認したいです。件数を先に確定できますか。それとも作業範囲を分けて見積もれますか」

確認した結果と次の行動をつなげるなら、判断は次のように分かれます。

  • 範囲と根拠が十分に確認でき、変動しても許容範囲内:他の判断条件も満たせば、承認へ進めます。
  • 重要な前提が未確認で、その違いによって予算上限を超える:対象件数の調査や複数条件での再試算を依頼し、必要な部分の承認を保留します。
  • 必要な費用が対象外になっていた、または代替案との条件がそろわない:比較範囲を修正し、企画そのものの採否を判断し直します。

英国財務省の『Green Book』(2026年)でも、公的事業を評価する際、重要な前提を変えて結果を確かめる「感度分析」や、どこまで変わると選択肢の優劣が逆転するかという確認を求めています。ここでの問いかけは、そうした考え方を社内の試算レビューに置き換えた実務上の提案です。上記の質問を使えば必ず見積もりが正しくなる、という実験結果ではありません。

専門部署に計算を任せることと、企画の採否まで任せることは別です。数字を作った人への信頼は大切にしながら、その数字がどの条件で成り立ち、何が変われば結論も変わるのかを共有しておくと、承認する場合も見送る場合も、判断の理由を説明しやすくなります。

参考文献・出典