前例がある企画だけ承認される|新しい案の検証条件を示す
企画会議で新しい案を提案しても、「似た取り組みで成功した前例がないから」と承認されず、以前から続けている企画だけが通ることがあります。前例は判断に役立つ情報ですが、前例があることと、今回も成果が見込めることは同じではありません。
この場面では、新案の良さを強調するだけでなく、「何が分からないために承認できないのか」「何を確認できれば検証を始められるのか」を具体化することが重要です。過去の案と新案を同じ目的で比べ、費用・対象範囲・確認する数字・中止する条件を示せば、全社導入の是非と、まず調べる価値があるかを分けて議論できます。安全面や法令などの必須条件を満たせない場合は、試行自体を見送る判断も必要です。
前例のある企画が通りやすいとき、判断に何が影響するのか
たとえば、新しい集客方法としてオンライン相談会を提案したところ、承認者から「以前の展示会は実績があるけれど、オンライン相談会には前例がない」と返されたとします。これは説明用の仮の場面です。過去の展示会に実績があれば参考にする理由はあります。一方、その実績が今の顧客層や費用条件でも当てはまるかは別に確かめなければなりません。
人には、選択肢の中で現在の状態や以前の選択を維持しやすい傾向があり、「現状維持バイアス」と呼ばれます。SamuelsonとZeckhauser(1988)は、選べる内容を同じにしたまま、選択肢を対等に示す場合と、一つを現状の選択として示す場合を比較する一連の実験を行いました。その結果、現状の選択として示された案を選ぶ傾向が見られました。ただし、その強さは本人の選択肢への好みの明確さや、選択肢の数によって異なりました(SamuelsonとZeckhauserの研究)。
「これまで通ってきた企画」という印象が、比較に影響する可能性を考える手がかりです。ただし、実験が直接扱ったのは意思決定における現状の選択であり、社内で過去に採用された別企画の承認率を測ったものではありません。「前例がないから」と言われただけで、承認者が心理的な偏りに陥っていると決めつけることはできません。
新しさそのものへの評価にも、不確実さが関係する場合があります。Mueller、Melwani、Goncalo(2012)は、不確実性を異なる方法で操作した二つの実験で、不確実さを感じる条件では、実用的なものと比べて創造的なものへの否定的な評価が見られ、創造的な案を創造的だと認識することにも影響があったと報告しています(Muellerらの研究)。これも企業の承認会議で新案を通す方法を検証した研究ではありませんが、新しい案の不明点が多いときは、価値の議論よりも不確実さが先に意識され得ることを示唆します。
もっとも、反対には業務上の正当な理由もあります。情報管理、法令、予算、担当者の負担、既存顧客への影響などです。心理的な傾向を疑う前に、実際に守る必要がある条件と、まだ確かめていない予測を分けます。
新しい案を出し直す前に、何を確かめるか
「前例がない」という一言を、具体的な確認事項に変えるため、次の四つを整理します。
- 何を達成するための承認か。売上、質の高い商談、作業時間の短縮など、企画が解決する問題を一つずつ明確にします。今の方法で十分に達成できているなら、無理に新案へ変える必要はありません。
- 前例の成果は今回にも当てはまるか。過去の企画の実績だけでなく、対象顧客、実施時期、費用、人手、競合環境を確かめます。条件が違うなら「成功例がある」という説明だけでは、今回も有利だとは判断できません。
- 承認できない理由は、禁止事項か未確認事項か。個人情報の取り扱いなど満たすべき条件を欠くなら、まず是正が必要です。一方、「顧客が利用するか分からない」のような不明点なら、事前調査や限定した試行で確認できる可能性があります。
- どの段階の承認を求めるか。予算を全面投入する決定と、小さく検証する許可では必要な根拠が異なります。「何件の反応があれば本格検討に進むか」「どの損失が出たら止めるか」など、承認者が判断に使う条件を先に聞きます。数字の基準は目的、過去の実績、費用の上限に合わせて決め、都合のよい結果が出てから動かさないようにします。
英国政府の事業評価指針「The Green Book(2026)」では、複数の選択肢を目標・費用・便益・リスクに照らして比べ、現在のやり方を続ける場合も比較の基準に含めます。現状を続けることにも費用やリスクがあるという考え方です(英国財務省の評価指針)。これは公共事業向けの指針であり、民間企業の承認ルールを定めたものではありませんが、前例案だけを無条件の基準にしないための参考になります。
「前例がない」を、検証を認める条件に変えて伝える
先ほどのオンライン相談会を例にします。ここからの数字や進め方も、すべて説明用の仮の設定です。企画担当者が求めるのは、展示会をすぐに廃止する承認ではなく、オンライン相談会が候補になり得るか調べるための許可です。
- 同じ目的で比較する。展示会もオンライン相談会も「条件を満たした商談を獲得すること」を目的とし、単なる参加人数だけで優劣を決めません。準備の人件費を含む費用や、商談につながった件数の定義もそろえます。対象顧客や実施時期が違えば、数字だけで因果関係を断定しません。
- 試す範囲と負担の上限を示す。たとえば、対象商品を一つに絞り、期間は4週間、追加費用の上限は12万円とします。実際の期間と金額は、必要な観測数や事業の負担から決めるもので、この数値が一般的な推奨値という意味ではありません。顧客情報の取り扱いなど必要な確認は実施前に済ませます。
- 観測する事実を先に決める。対象になった顧客数、相談申込数、条件を満たした商談数、担当者の稼働時間、顧客からの問題報告などを記録します。少数の試行なら結果が偶然に左右されやすいため、一回の結果で「新方式の方が優れている」と決めないようにします。
- 結果ごとの次の判断を約束する。重大な安全・情報管理上の問題があれば中止します。費用上限を超えそうなら追加承認なしに拡大しません。あらかじめ合意した水準を満たし、未解決のリスクが許容できるなら、対象を広げる追加検証を相談します。水準に届かなければ改善か中止を検討し、データが少なすぎる場合は結論を保留します。
承認者へは、たとえば「前例がないという懸念は理解しています。今回お願いしたいのは全面導入ではなく、顧客の反応と必要な費用を確かめる限定試行です。実施前に守る条件、費用の上限、結果の見方を一緒に決めたいです」と伝えられます。これは研究で効果が実証された話法ではなく、判断に必要な不明点を共有するための会話例です。
それでも承認されない場合は、「新案は採用できない」のか「まだ検証方法が足りない」のかを確認します。検証の許可を出せる人、必要な安全確認、追加すべき根拠が分かれば、次の対応を選べます。条件を満たせない案を無理に通すことも、前例がないというだけで検討から外すことも避け、どの事実が確認できたら判断を変えるかを残しておくことが大切です。
参考文献・出典
- Samuelson, W., & Zeckhauser, R. (1988). Status quo bias in decision making. Journal of Risk and Uncertainty, 1, 7–59. — 選択肢の内容が同じでも、現状の選択として提示されると選ばれやすくなる実験結果と、その条件。原著の該当箇所を確認。
- Mueller, J. S., Melwani, S., & Goncalo, J. A. (2012). The bias against creativity: Why people desire but reject creative ideas. Psychological Science, 23(1), 13–17. — 不確実性がある条件で、実用性と比べた創造性の評価に偏りが生じた二つの実験。論文の要旨で確認できた範囲を使用。
- HM Treasury. (2026). The Green Book (2026). — 目標に沿った選択肢の比較、現状継続を含む評価、費用・便益・不確実性を考えるための公共事業向け公式指針。