損をしたくなくて企画を決められない|選択肢ごとの損失を整理する方法

企画・意思決定
Psychology Laws 編集部

企画会議で「失敗したら予算が無駄になる」「今のやり方を変えて悪くなったら困る」と考え、どの案にも決められないことがあります。損を避けたい気持ちを無理になくす必要はありません。資金が足りなくなる、顧客に迷惑がかかるといった心配には、現実の根拠がある場合もあります。

そんなときは、各案について「必ずかかる費用」「条件によって生じる追加の損失」「見送っても続く負担」を分け、同じ期間で比べます。 さらに、損失の大きさだけでなく、何が起こるとその損失が生じるか、どこまでなら受け入れられるかを確認します。この記事では、企画A・企画B・現状維持の比較を例に、判断に必要な情報を整理します。

損が気になると、企画の選び方はどう変わるのか

説明用の仮の場面です。ある会社で、顧客から同じ質問が繰り返し寄せられるため、問い合わせ対応の負担を減らそうとしています。候補は「A:よくある質問の案内ページを改訂する」「B:担当者向けの研修を行う」「C:当面は今の対応を続ける」の三つです。

会議では、Aについて「改訂費用が無駄になるかもしれない」、Bについて「研修中に現場の時間を失う」、Cについて「追加の予算を使わずに済む」という意見が出ました。しかし、現在の対応にも作業時間がかかっており、Cだけが負担ゼロとは限りません。また、AとBは、かかる費用の種類も、失敗すると困ることも違います。

得と損を捉える基準が、判断に関係する

KahnemanとTversky(1979)は、お金に関する利益と損失を含む選択課題から、結果を最終的な資産額だけでなく、ある基準からの増減として評価する考え方を示しました。彼らのプロスペクト理論では、同程度の利益と損失を比べたとき、損失側を重く捉える傾向が重要な要素です。また、確実な利益の場面と確実な損失の場面では、リスクのある選択への態度が異なる結果も説明しています(Kahneman・Tversky, 1979)。

続くTverskyとKahneman(1981)は、金銭や人命に関する意思決定課題を用い、選択肢の内容が実質的に同じでも、利益と損失のどちらの形で提示するかによって好みが逆転する場合を示しました。扱われたのは実験での選択であり、企業の企画審査で同じ反応が必ず出ることを確認したものではありません(Tversky・Kahneman, 1981)。

ただし、「誰もが損失を利益の何倍も重く感じる」と決めることはできません。Walasekら(2024)は、利益と損失の両方を含むリスク選択について、個人の回答データから分析できる研究をまとめました。損失を重く扱う傾向は報告されましたが、推定できるデータは限られ、測定にも不確かさがありました(Walasekら, 2024)。

そのため、担当者が決められない原因を「損失回避」という心理だけで説明しないことが大切です。損失回避は、何を基準に得失を考えているかを点検する手がかりです。概念自体については、サイト内の損失回避の解説でも詳しく説明しています。

選択肢ごとの「損失」を整理する前に確認したいこと

企画を比べる前に、どの案も判断の期間と対象業務をそろえます。今回の例なら「今後1年間の、同じ種類の顧客問い合わせへの対応」です。「今月の支出」と「3年間で失うかもしれない売上」を、そのまま同列に置かないようにします。

  • 支出が確定しているもの: 外部への発注費、契約料、予定される担当者の作業時間です。「損をする可能性」ではなく、施策を行えば必要になる費用として記録します。人件費相当の金額に換算する場合は単価を明らかにします。
  • 条件次第で発生する不利益: 改訂した案内が誤解を招き、手直しや問い合わせが増えることなどです。起こる条件、影響を受ける顧客や業務、発生時に戻せるかを確認します。確率が分からない場合は「不明」と記し、想像で数字を入れません。
  • 見送っても残る負担: 現在の作業時間、繰り返す不具合、維持費などです。新しい施策を実施しない場合も業務は続きます。ただし、「改善すれば減るはずの時間」を最初から確実な損失とみなさず、実際の削減可能性を調べます。
  • 失うかもしれない機会: 一方の案を選ぶことで、別の案へ回せなくなる人手や予算です。見込んだ利益が必ず得られたとは限りません。「別案で確実に稼げた金額」と決めつけず、何を諦めるのかを記録します。

損失の中には、金額だけで判断できないものもあります。例えば顧客情報の不適切な扱いや、業務継続に重大な支障が出る可能性です。受け入れられない影響があるなら、期待利益が大きくても、対策が確認できるまでは候補にしない判断が必要です。

企画A・企画B・現状維持を同じ表で比較する

先ほどの問い合わせ対応を、次のように整理したとします。以下の金額と作業時間は、比較方法を説明するための仮の数値であり、実際の企業データや費用相場ではありません。 現在、対象となる問い合わせへの対応は月30人時と仮定します。

候補 実施すると必要になる追加負担 条件によって生じる不利益 1年間でなお確かめること
A:案内ページ改訂 外注40万円、社内60人時 案内の不足や誤りによる再修正、問い合わせ増加 改訂後に月何人時の対応が残るか
B:担当者研修 研修費25万円、社内100人時 研修中の対応遅れ、習得できない場合の再研修 研修後に月何人時の対応が残るか
C:現状維持 新たな初期支出なし 既存の対応負担が続く、同じ問題の再発 月30人時が続くなら年間360人時(30×12)

AやBについて、導入後の問い合わせ対応時間はまだ不明です。追加負担だけを並べて「Cが最も安い」と結論づけることも、効果が分からないまま「Aなら年間360人時を節約できる」と数えることもできません。

成果によって判断がどう変わるかを計算する

仮に、Aを実施した後の対応時間が月10人時に下がれば、初年度に必要な社内作業は「改訂60人時+対応10人時×12か月=180人時」です。Cで月30人時が続く場合の360人時より、180人時少なくなります。ただし、Aには別途40万円の外注費がかかります。

一方、Aを実施しても対応時間が月30人時のままなら、「改訂60人時+対応30人時×12か月=420人時」です。Cより60人時多く、40万円も支出します。この二つは可能性を示す仮の計算で、どちらが起こるかの確率や施策の効果を確認した結果ではありません。

Bも同じように、研修後に残る対応時間を含めて比べます。支出金額と人時は単位が異なるため、単純に足し合わせず、必要に応じて人件費単価を明示して換算します。計算する際は、担当者の研修時間や通常対応時間を二重に数えないようにします。

損失を確認した結果を、企画の決定につなげる

ここからは心理学の研究結果そのものではなく、意思決定のために考えた実務上の手順です。英国財務省の『The Green Book 2026』は、公的事業を評価する際、現状維持を比較対象に含め、各案の費用・便益・リスクと不確実性を同じ枠組みで調べることを求めています。民間企業にその手順や結論をそのまま当てはめるものではありませんが、比較の考え方は参考になります。

  1. まず必要条件を決める。 例として「顧客への誤案内を増やさない」「担当者が確保できる追加作業は80人時まで」という条件を事前に置きます。80人時は説明用の仮の上限です。この条件なら、Bの100人時は実施方法を変えるか、必要な人手を確保しない限り進められません。Aも、重大な誤案内を防げるかは別途確認が必要です。
  2. 不確かな結果を一つずつ確かめる。 Aなら、問い合わせ記録から件数の多い質問を選び、案内の変更で対応を減らせる種類かを調べます。Bなら、対応が長引く原因が説明知識の不足なのか、承認手続きなのかを確かめます。原因が違えば、効果を期待できる案も変わります。
  3. 各案の「悪い場合」も同じ期間で示す。 追加費用や対応時間が増えたらどうなるか、元に戻せるかを記録します。確率の根拠があるなら出典と計算条件を付け、なければ複数の想定を置いて結論の変化を見ます。悪い結果だけでなく、改善する場合も同じ条件で示します。
  4. 条件に応じて結論を分ける。 Aの負担が許容範囲で、改善の根拠を確認できるならAを候補に残します。Bの原因に合った改善が見込めても人手が足りなければ、範囲や時期を見直します。現状の対応負担が小さく、どの案も費用に見合わないならCを選ぶこともあります。不明点が結論を左右する場合は、追加調査を行うと決めます。

会議では「どの案なら絶対に損をしませんか」ではなく、「各案で確実に負担するものは何か」「悪い結果はどの条件で生じるか」「見送っても残る負担は何か」「何が分かれば選択が変わるか」を聞くと、検討すべき情報が明確になります。損をしない選択肢を探すのではなく、引き受けられる損失と見合う成果を、確認できた材料から判断することが目的です。

参考文献・出典

  • Kahneman, D., & Tversky, A. (1979). Prospect Theory: An Analysis of Decision under Risk. Econometrica, 47(2), 263–292. — リスクを伴う金銭選択における基準からの利益・損失と、確実性に対する選好の違いを説明する根拠。論文の公開要旨・概要を確認。
  • Tversky, A., & Kahneman, D. (1981). The Framing of Decisions and the Psychology of Choice. Science, 211(4481), 453–458. — 実質的に同じ選択課題を利得・損失などの表現で示した場合の選好の変化についての根拠。出版社の要旨を確認。
  • Walasek, L., Mullett, T. L., & Stewart, N. (2024). A Meta-analysis of Loss Aversion in Risky Contexts. Journal of Economic Psychology, 103, 102740. — 損失回避の推定値、分析可能な個人選択データの少なさ、精度上の限界についての根拠。公開論文の要旨・本文の該当箇所を確認。
  • HM Treasury (2026). The Green Book (2026). — 現状維持を含む代替案の比較、費用・便益・リスク、不確実性の確認方法についての公的な実務資料。公式HTMLを確認。