投じた費用が気になって企画をやめられない|今後の費用と便益で継続・撤退を考える
企画に多くの時間と予算を使った後で、売上見込みが下がったり、予定どおり進まなかったりすると、「ここまで投じたのにやめるのはもったいない」と感じることがあります。一方で、途中でやめれば契約の解約費用や顧客への説明が必要になる場合もあり、撤退が必ず正しいわけではありません。
継続するか撤退するかは、「すでに使い、どちらを選んでも戻らない費用」と、「今から選ぶことで変わる費用・便益」を分けて判断します。 今後の同じ期間を対象に、継続に必要な支出と得られる見込み、終了に必要な費用や回収できる価値を比べます。予測によって結論が変わるなら、何を追加確認すればよいかも決めます。
「ここまで投じたのに」が判断へ入り込むのはなぜか
これは説明用の仮の場面です。企業向けの予約管理サービスを開発してきた企画担当者が、すでに900万円を支出しました。試用先からは好意的な声もありますが、有料契約の見込みは当初より弱くなっています。残りの開発費を使うべきか迷っているとき、「900万円を無駄にしたくない」という思いが、今後の契約見込みの評価に混ざるかもしれません。
すでに支払い、今後どんな判断をしても戻らない費用を「埋没費用(サンクコスト)」といいます。過去の支出を大切に振り返ることと、その額を理由に追加投資することは別です。サンクコスト効果の解説記事では、この心理的な仕組みを詳しく説明しています。
投じた金額が、その後の選択を変えた研究
ArkesとBlumer(1985)は、大学生に、ほぼ完成した開発計画へ追加資金を出すかを尋ねる仮想的な課題を実施しました。競合他社が、より速く経済的な製品をすでに販売しているという設定です。これまで多額を投じ、計画が9割完成したという条件では48人中41人が追加投資に賛成したのに対し、過去の投資がない新規提案という条件では60人中10人でした。 これは質問紙の回答であり、実際の会社で同じ割合の継続判断が起こることを意味しません(Arkes・Blumer, 1985の原著)。
同じ研究には劇場の年間チケットを使った実地調査もあります。通常料金を払った人は割引料金を払った人より、シーズン前半には多く利用しましたが、後半には統計的に有意な差が確認されませんでした。過去の支払いが行動に影響し得るとしても、その影響がいつも同じ強さで続くわけではありません(Arkes・Blumer, 1985)。
Staw(1976)は、経営を学ぶ学生240人に、企業の投資配分を判断する役を演じてもらいました。過去の投資先の業績が悪かったとき、最初の投資判断に自分が責任を持っていた条件で、その投資先への追加配分がとくに多くなりました(Staw, 1976)。これも模擬的な判断です。企画担当者が続行を主張したからといって、本人が失敗を認めたくないだけだと決めつけることはできません。
研究が示すのは、過去の投入や責任の持ち方が、将来を評価する際に影響する場合があるということです。実務では、心理を推測して相手を説得するより、数字と契約条件を分けて確かめる方が具体的な議論につながります。
継続・撤退を比べる前に、どの費用と便益を確認するか
最初に「今から6か月間」などの比較期間と、どの事業・顧客を対象にするかをそろえます。次に、経理上の記録と今回の判断に必要な情報を分けます。
- すでに発生し、どちらでも戻らないもの: 過去に支払った開発費や、すでに使った社員の時間です。支出の記録、責任の検証、会計処理には必要ですが、継続案だけにもう一度費用として加えません。
- 継続を選ぶと今後発生するもの: 追加開発、保守、販売、外注契約、品質確認、顧客対応などの費用です。すでに契約済みでも、これからの判断で支払い・作業量が変わるかを確認します。
- 継続すると今後得られるもの: 新たな売上から提供に直接必要な費用を引いた利益の見込みや、確認できる業務時間の削減などです。好意的な感想と有料契約の確度を混同せず、見込みを支える資料を確かめます。
- 撤退すると今後発生・回収するもの: 解約違約金、顧客への対応、データ移管、必要な保管・廃棄などの費用と、返金・売却・他用途への転用で回収できる価値です。過去に購入したものでも、今売却できるならその価値は判断に関係します。
- ほかの企画に使える資源: 継続すると担当者や予算を別の仕事に回せなくなる場合、その機会も確認します。「別案なら確実に稼げた」と決めつけず、具体的な代替案と条件を挙げます。
英国財務省の『The Green Book 2026』でも、既に発生して変更できない費用は今後の選択肢の評価から除外し、一方で資源の別用途や売却価値といった機会費用を検討する考え方が示されています。これは英国の公共事業の評価指針で、民間企業に適用する法的な決まりではありませんが、過去と将来を区別する参考になります。
今後6か月の数字で、継続と撤退を比べてみる
先ほどの予約管理サービスについて、以下は説明用の仮の金額です。実際の企業の業績、費用相場、研究で確認された成果ではありません。過去に使った900万円は、いずれの選択でも取り戻せないと仮定します。
| 比べる項目 | 継続する場合 | 今終了する場合 |
|---|---|---|
| 過去に支出した900万円 | 戻らないため比較の計算に加えない | 同じく比較の計算に加えない |
| 今後6か月に必要な費用 | 追加開発240万円+運用60万円=300万円 | 解約・データ移管など20万円 |
| 今後6か月に新たに得られる金額 | 提供に必要な直接費用を引いた利益:180万円または420万円(仮の2通り) | 0円(売却・返金できる資産なしと仮定) |
| 今後6か月の差額 | 利益180万円ならマイナス120万円/420万円ならプラス120万円 | マイナス20万円 |
継続して得られる金額が180万円にとどまる場合は、180万円−300万円=マイナス120万円です。今終了する場合のマイナス20万円より、継続案の方が100万円不利です。一方、420万円得られるなら420万円−300万円=プラス120万円となり、終了案より140万円有利になります。
この設定なら、ほかの条件が同じとき、今後6か月の追加の利益が280万円を超えるかどうかが判断の分かれ目です。計算は「継続案:今後の利益−300万円」「終了案:−20万円」と比べたものです。過去の900万円を「回収するため」に今後の利益へ上乗せしていません。
ただし、この180万円と420万円は予測の幅を説明するために置いた数字で、発生確率は分かりません。実際には売上が立つ時期、追加の契約費用、6か月後の資産価値、撤退後の顧客義務、ほかの仕事に人員を回す価値などを確認する必要があります。比較する期間の後にも大きな費用・便益が残るなら、6か月だけで結論を出さず期間を延ばします。
ここで過去の900万円を消してしまってよいという意味ではありません。使途や成果の振り返り、必要な会計処理は別に行います。過去の記録を残すことと、次の300万円を投じるべきかを判断することを分けるのがポイントです。
継続・撤退を決める会議ではどう進めるか
以下は心理学研究で効果が直接検証された手順ではなく、研究と費用・便益の比較方法を参考にした実務上の提案です。実際の契約、財務状況、法令上の義務によって必要な確認は変わります。
- 過去の投資と、これから変えられる条件を別欄にする。 すでに支払った金額、取り戻せる金額、今後発生する支出を混ぜないようにします。過去の支出の説明責任は、事業を続ける理由に代用しません。
- 同じ期間・同じ前提で、継続と撤退の差額を示す。 開発費や運用費だけでなく、終了費用、顧客対応、契約義務、資源の再利用を確認します。数字に直せない重要な安全・信用面の条件は別に残します。
- 結論を変える不明点から調べる。 この仮例なら、今後の利益が280万円を超える見込みを何が支えているかが重要です。契約予定者が実際に払う金額、導入時期、必要な追加開発を確かめます。条件が未確認なら、限定的な追加調査や小規模試行の費用を見積もります。
- 続ける条件と止める条件を先に記録する。 「あと少しだから続ける」と繰り返すのではなく、追加投資の上限、次の確認日、見込む成果、重大な契約・安全上の問題が出た場合の停止条件を決めます。条件が満たせないなら終了・縮小・方向転換も選択肢です。
会議では、「今までいくら使ったか」に続けて、「今日、過去の支出なしに同じ条件でこの企画を提案されたら、次の300万円を投じますか」「やめた場合に本当に発生する費用は何ですか」「どの見込みが変われば結論を変えますか」と尋ねると、議論を将来の条件へ戻しやすくなります。
撤退は過去の努力を否定することではなく、将来の損失を抑えるために必要な判断となる場合があります。同様に、過去の投資が大きくても、今後の便益が追加費用を上回ると確かめられるなら、継続も妥当な選択です。
参考文献・出典
- Arkes, H. R., & Blumer, C. (1985). The psychology of sunk cost. Organizational Behavior and Human Decision Processes, 35(1), 124–140. — 大学生の仮想投資課題と劇場チケット購入者を対象にした研究。原著の方法・結果を確認し、実地研究では前半と後半で結果が異なる点も記述。
- Staw, B. M. (1976). Knee-deep in the big muddy: A study of escalating commitment to a chosen course of action. Organizational Behavior and Human Performance, 16(1), 27–44. — 経営を学ぶ学生240人の模擬投資判断における責任・否定的結果と追加資源配分の関係。出版社の要旨を確認。
- HM Treasury (2026). The Green Book (2026). — 既発生費用を今後の案の評価へ加えないこと、別用途の機会費用、費用・便益・不確実性の比較を説明する英国政府の公式指針。