社長の案をそのまま事業計画にしてよい?仮説として検証する進め方

企画・意思決定
Psychology Laws 編集部

社長から「この事業をやろう」と提案されたとき、企画担当者は、すぐに売上予測や実施日程を入れた事業計画を作るべきか迷うことがあります。社長には、担当者が知らない取引先の情報や経営上の狙いがあるかもしれません。その一方で、社長が提案したことだけでは、顧客が購入するか、採算が合うかまで確認できたことにはなりません。

社長の案は出発点として尊重しつつ、決定済みの方針と、検証が必要な事業上の見込みを分けて計画にします。 まず「何を実現したいのか」「何がすでに決まっているのか」を確認し、そのうえで顧客の需要・価格・提供体制に関する仮説を調べます。確認できていない売上や契約数を、確定した見通しとして書かないことが大切です。

社長の案が「すでに決まった計画」に見えるのはなぜか

説明用の仮の場面です。社長が会議で「取引先から社員研修の相談を聞く。動画研修サービスを来期の新規事業として考えたい」と話したとします。企画担当者は、社長の期待に応えようと、すぐにサービス内容と売上目標を作り始めました。会議で反対意見が出なかったため、「皆も需要があると考えている」と受け止めるかもしれません。

しかし、この発言から確認できるのは、まず社長が把握している相談と、新規事業を検討したいという意向です。「同じ悩みを持つ企業が十分にある」「動画という形式が求められている」「料金を払う決裁者がいる」という部分は、別の確認が必要です。社長が顧客の事情をよく知っている可能性も、実際の需要がまだ不明な可能性も残ります。

発言する人の地位が、チームの情報共有に影響する場合がある

Tost、Gino、Larrick(2013)は、3つの研究で学生などのチームに共同の判断課題を行わせ、リーダーが感じる権限の強さなどを比べました。正式なリーダーに強い権限を意識させた条件では、リーダーの発言が多くなり、チーム内の開かれた情報共有や課題の成績が低くなる傾向が見られました。一方、正式なリーダーの役割がない条件では同じ影響は見られず、メンバーそれぞれが成果に役立つことを意識させた条件でも、その影響は見られなくなりました(Tostら, 2013)。

また、DetertとBurris(2007)は、飲食チェーンの従業員3,149人と管理職223人を対象とする2段階の調査で、上司が改善意見を受け入れる姿勢と、従業員が改善案を述べる行動に関連があることを報告しています。発言する際の危険をどう感じるかも、その関係に関わっていました。これは一つの飲食チェーンで見られた関連であり、上司が態度を変えれば必ず発言が増えるという因果関係を示したものではありません(Detert・Burris, 2007)。

これらの研究は、社長の提案を事業計画に採用した企業の成功率を調べたものではありません。社長が案を示しただけで、社員が萎縮しているとも言えません。ただし、会議で異論が出なかったことを「需要や採算を確認した証拠」に置き換えないという注意につながります。発言者の地位と内容の評価が混ざる仕組みについては、権威バイアスの解説も参考になります。

事業計画にする前に、何が決まり、何が未確認なのか

最初に確認したいのは、提案の目的と決定の範囲です。例えば「社員教育の負担が大きい顧客に新しい支援を提供する」という方針が決定済みでも、「動画研修にする」「来期に何社へ売る」といった手段や数値は検討中かもしれません。逆に、契約上の約束や承認済み予算があれば、企画担当者だけでは変更できない条件もあります。

社長には「動画研修という方法まで決定していますか。それとも、研修の困りごとを解決する方法を比較してよいですか」「来期までに決めることと、試してから決めてよいことを教えてください」と確かめます。決定済みの条件は記録し、変更が必要なら承認を取り直す前提で検討します。

そのうえで、仮の動画研修サービスなら次の情報を分けます。

検討する点 いま分かっていることと仮説 何を確かめれば判断が変わるか
顧客の困りごと 社長が取引先から研修の相談を聞いた。ほかの企業にも同じ需要があるかは未確認 相談記録、対象企業の種類、困りごとの頻度と優先度。少数の取引先だけなら顧客層を見直す
購入する人と価格 現場が便利と感じても、予算を承認する人が購入するかは未確認 決裁者、予算、現在の代替手段、有料で利用する条件。支払条件が合わなければ価格・提供方法を再検討する
提供方法 動画が適切か、集合研修や資料提供の方がよいかは未確認 顧客が必要とする支援、既存サービスとの違い、導入の負担。方法が合わなければ手段を変更する
実施可能性 制作・更新・顧客対応に必要な人員と費用は未確定 作業の見積もり、権利処理、情報管理、必要な設備。対応が難しければ範囲・時期を調整する

米国中小企業庁(SBA)の事業計画ガイドでも、市場調査で需要・市場規模・競合・価格を確かめ、事業計画に顧客の課題や市場分析を含めることが案内されています(SBA:Plan your business)。これは米国の小規模事業者向けの実務資料であり、上の確認手順を使えば事業が成功すると実証したものではありません。

社長の顧客経験を「根拠がない」と片付ける必要はありません。例えば、社長が話した相手や困りごとを具体的に聞き、その情報から誰にどの質問をすれば、需要があるかどうか分かるのかを考えます。得られた情報と、まだ推測にとどまる部分を区別することが重要です。

社長の案を仮説として検証し、計画に反映する進め方

以下は研究と事業計画の資料を参考にした実務上の提案です。この一連の手順で経営層への意見が通りやすくなる、事業の成功率が上がるといった効果が直接検証されたものではありません。

1.提案の目的と、動かせない条件を聞き取る

「何を改善したくて、この事業を考えたのか」「今回決めるのは調査開始、試作、正式な投資のどこまでか」「予算や期限は承認済みか」を確かめます。社長の方針を、担当者が勝手に撤回できる仮説として扱わないためです。

2.検証する見込みを、計画の本文に明記する

例えば「既存取引先以外にも研修の課題があり、予算を持つ決裁者が有料契約を検討する」という見込みを書き、根拠として何を確認済みかを横に記します。「相談があった」と「契約が見込める」を同じ証拠として数えません。売上の試算が必要なら、顧客数・価格・契約開始時期を仮定として明示し、裏付けが取れるまで確定予測として示さないようにします。

3.顧客と社内の条件を、小さく確かめる

まず社長が相談を受けた先に詳しい事情を聞き、別の顧客層や断った顧客にも確認します。現場の利用者だけでなく、予算の承認者に導入条件を確かめます。必要なら試作品や簡単な説明資料を示し、価格、導入作業、代替サービスとの違いについて反応を記録します。調査人数が少ない場合や、好意的な取引先ばかりの場合は、その限界を残します。

同時に、社内で制作・更新・問い合わせ対応に必要な仕事を洗い出し、見積もりの対象と担当者を明確にします。見込みと実際の作業の両方が必要だからです。

4.結果によって、社長に示す案を分ける

有料利用の条件と提供体制を確認できれば、限定した試行と投資上限を提案します。困りごとは確かでも動画が合わなければ、目的を変えず方法を修正します。需要や費用がまだ分からなければ、事業計画を「調査中」として、次に確認する項目と期限を記します。重大な法的・契約上の条件を満たせなければ、実施前にその問題を報告して判断を求めます。

社長へ伝えるときには、例えば次のような言い方が考えられます。これは説明用の仮の会話です。

「今回の狙いは、取引先の研修負担を減らすことだと理解しています。相談があった事実は確認できましたが、動画に料金を払う企業がどの程度あるかは、まだ分かっていません。来期の売上を確定した計画にする前に、決裁者の購入条件と提供費用を調べたいです。結果によって、動画の試行・別の支援方法・計画の延期を比較してご相談します。」

ここで大切なのは、社長の案に反論すること自体ではなく、経営方針を実現するために、どの部分を確かめて、何が分かれば計画を変えるのかを共有することです。社長の承認が必要な判断と、担当者が調べて提案できる範囲も記録しておけば、計画書を作成した段階で未確認の見込みが「決定済みの事実」に変わってしまうことを避けやすくなります。

参考文献・出典