確実な成功やリスクゼロを求められて企画が止まる|不確実性と試行条件を話し合う
新しい企画の承認を求めたとき、「成功すると言い切れますか」「リスクはゼロですか」と聞かれ、議論が止まることがあります。企画担当者としては、確実な成功を約束するのではなく、何が起きると困るのか、どこまでの不確実さなら扱えるのか、何を確かめてから次に進むのかを一緒に整理することが大切です。
すぐに全面実施を求める必要はありません。ただし、安全や法令、個人情報などに重大な懸念があり、必要な対策を整えられない場合は、小規模な試行であっても進めるべきではありません。
「確実でないなら承認できない」と感じるとき、判断に何が影響するか
例えば、社内の問い合わせ対応に新しい支援ツールを使う企画を出したとします。これは説明用の仮の場面です。担当者は作業の負担が減ると期待していますが、承認者は回答の間違いや情報の取り扱いを心配しています。担当者が「きっと大丈夫です」と繰り返しても、承認者の懸念には答えられません。
人は、結果だけでなく確かさがどの程度分かっているかにも影響されます。FoxとTversky(1995)は、赤と黒の割合が明確な袋と、その割合が分からない袋を使った賭けの評価を比較しました。大学生141人を対象とした実験では、両方の賭けを並べて評価した場合、割合が明確な方が高く評価されました。一方、それぞれを別の人が単独で評価した場合には、その差が見られませんでした(FoxとTverskyの研究)。
つまり、不確実な案が不利に見える度合いは、比べ方によっても変わり得ます。これは金銭を伴う賭けの研究であり、企画の承認者が同じ理由で判断していると証明したものではありません。確率の分からない選択肢が避けられる心理については、曖昧性回避の解説でも確認できます。
また、KahnemanとTversky(1979)の仮想的な金銭選択課題の一つでは、72人の回答者の82%が、より高い金額を得る可能性はあるもののゼロになる場合もある選択肢より、一定額を確実に得る選択肢を選びました(KahnemanとTverskyの研究)。これは利益を選ぶ条件の結果で、損失を伴う判断や実際の事業審査で必ず同じ反応になるという意味ではありません。
承認者が慎重なのは、こうした心理だけが原因とは限りません。過去の事故、法的責任、予算上限、失敗時の顧客への影響など、合理的な懸念がある場合もあります。まずは「慎重すぎる」と評価する前に、何を守ろうとしているのか確かめることが先です。
リスクゼロを求める相手に、最初に何を確認するか
「リスクはゼロか」という問いには、さまざまな心配がまとめられていることがあります。次の点を分けて質問すると、試行の可否を具体的に話し合いやすくなります。
- 何が起きたら「失敗」なのか。売上が目標に届かないこと、予算を超えること、顧客に誤案内することは、影響の種類が異なります。「特に避けたい事態は何でしょうか」と聞き、影響を受ける人と重大さも確認します。
- 絶対に満たすべき条件は何か。法令順守、情報管理、安全確保など、妥協できない条件を先に確認します。満たせない条件があれば、試行の範囲を狭めるか、準備が整うまで実施しない判断が必要です。
- どこまでなら試せるか。費用、期間、参加人数、対象業務、元の方法へ戻す手段を確認します。「全社導入の承認」と「限られた条件で確かめる承認」は別の判断です。
- 何が分かれば次の判断ができるか。効果を測る指標、比較する従来の方法、停止する条件、結果を確認する日と判断者を決めます。成功確率が分からない場合は、数字を無理に作らず、試行で確かめる問いを明確にします。
英国財務省の『Green Book』(2026年版)も、公的事業の評価において、前提を変えた場合の結果や、判断が変わる境目を確かめることを重視しています。公的事業のための指針を民間企業へそのまま当てはめるものではありませんが、「不確実だから決められない」で終わらず、どの条件が結論を左右するかを示す参考になります。
「成功の保証」ではなく「試すための合意」をどう伝えるか
以下は研究で確認された企業事例ではなく、話し合い方を示す仮の例です。社内の問い合わせ対応ツールについて、企画担当者が次のように説明したとします。
「本導入で必ず時間が短縮できるとは、今の段階では言えません。そこで、まずは社内の担当者5人、2週間、費用上限10万円に限り、個人情報を含まない架空の問い合わせだけで試せないでしょうか。回答案を顧客へ送ることはせず、従来の方法と比べた作成時間、回答の正確さ、確認にかかる手間を記録します。機密情報の取り扱いに問題が見つかった場合は直ちに止めます。2週間後に、続行・修正・中止を改めて判断いただきたいです」
この例で承認を求めているのは、全社で使うことでも、成果を保証することでもありません。限られた範囲で何を学ぶか、そのためにどこまでの負担と影響を認めるかという判断です。5人・2週間・10万円は説明用に置いた条件であり、一般に十分とされる人数や費用を示しているわけではありません。
試行が認められた場合も、結果の扱いを先に決めておきます。
- 進める条件:必須の安全・情報管理条件を満たし、目標とする改善が見られ、運用上の負担も許容範囲に収まること。
- 修正して試し直す条件:回答の正確さや作業時間が期待に届かなくても、原因を調べて直せる見込みがあり、追加の費用や影響を了承できること。
- 中止する条件:守るべき条件への違反や重大な影響が発生した、または安全な運用を確認できないこと。結果によっては費用対効果が合わず中止する場合もあります。
結果がよかったとしても、少人数で短期間の試行が、全社導入後の成果を保証するわけではありません。英国財務省の『Magenta Book』(2026年改訂版)は、公的施策を小さな範囲で試して実施方法や結果を学び、その情報を後の判断に役立てる考え方を説明しています。ここで挙げた会話や承認条件は、その考え方を仕事の場面に応用した提案であり、同じ手順で企画が承認されると実証されたものではありません。
もし承認者が「重大事故を防ぐ対策がまだ整っていない」と答えたなら、まず対策を進めるべきです。一方、「全社導入で採算が取れるかがまだ分からない」という懸念なら、試行から何を学び、いつ判断し直すかを話し合う余地があります。相手の懸念を言葉にしてから、必要な条件を一つずつ合意することが出発点になります。
参考文献・出典
- Fox, C. R., & Tversky, A. (1995). Ambiguity Aversion and Comparative Ignorance. The Quarterly Journal of Economics, 110(3), 585–603. — 確率が明確な賭けと不明な賭けを、同時に比べる条件と別々に評価する条件の違い(原著の実験結果を確認)。
- Kahneman, D., & Tversky, A. (1979). Prospect Theory: An Analysis of Decision under Risk. Econometrica, 47(2), 263–291. — 確実な利益と確率的な利益を比べた仮想的選択課題(原著の該当箇所を確認)。
- HM Treasury (2026). The Green Book (2026). — 公的事業の意思決定におけるリスク・不確実性と、前提が変わった場合の評価(公式HTMLの該当項目を確認)。
- HM Treasury & Evaluation Task Force (2026年改訂). Magenta Book: Central Government Guidance on Evaluation. — 試行の目的、結果の測定、後の判断に向けた評価の設計(公式HTML本文を確認)。