大きな要求を断った後の提案は妥当か?譲歩と契約価値を分ける

営業・交渉
Psychology Laws 編集部

商談で大きな要求を断った後、取引先から「では、この条件まで譲ります」と提案されると、相手が歩み寄ってくれたことが気になり、「こちらも受け入れたほうがよいのでは」と感じることがあります。しかし、相手が当初の要求を下げたことと、変更後の契約が自社にとって妥当なことは別です。

まず、最初の要求から何が変わったのかを整理し、今回の提案を単独で評価します。対象範囲、期間、費用、受けられるサービス、運用上の負担を確認し、自社の必要条件や他の選択肢と比べます。変更後の条件が合っていれば承諾を検討できますが、譲歩への感謝だけを理由に契約する必要はありません。

大きな要求を断った後、次の提案を受け入れたくなるのはなぜか

説明用の仮の場面です。業務システムの導入商談で、取引先から「全社80人で24か月、総額360万円」という提案がありました。予算と導入負担が合わず、担当者は断ります。すると担当者から「御社に合わせて譲歩します。営業部の20人に限定し、12か月156万円ではいかがでしょうか」と案内されました。

最初の360万円が頭に残っていると、156万円はかなり小さい金額に見えます。また「譲歩してもらった」という気持ちから、自分も歩み寄りたいと感じるかもしれません。一方で、この例では利用人数も契約期間も変わっています。360万円から156万円になった差額を、同じ商品の値引き額として扱うことはできません。

こうした「大きな依頼を断られた後、より小さな依頼を出す」手続きは、心理学で「ドア・イン・ザ・フェイス」と呼ばれます。Cialdiniら(1975)は、大学構内の通行人を対象に、少年の相談相手を週2時間、最低2年間続ける大きな依頼を断られた後、少年たちの動物園への2時間の付き添いを求めました。実験1では、後から小さな依頼を受けた条件の承諾率が50.0%、最初から小さな依頼だけを受けた条件は16.7%でした(各条件24人)。Cialdiniら(1975)の原著論文

研究者らは、相手が依頼を小さくしたことを譲歩と受け止め、「こちらも譲るべきだ」と感じる可能性を説明として挙げました。ただし、この実験はボランティアの依頼であり、企業間の契約の採算や品質を測ったものではありません。

商業場面を扱ったMowenとCialdini(1980)の2つの実験でも、後の依頼が最初の依頼を縮小した形で、譲歩が伝わりやすく、さらに後の依頼が容易すぎない条件では、この手続きによる承諾の増加が確認されました。反対に、後の依頼が単なる別の新しい依頼になる場合まで、同じ効果が確認されたわけではありません。Mowen・Cialdini(1980)の論文要旨

研究全体でみると、影響の大きさは控えめです。O’KeefeとHale(1998)のメタ分析では平均的な効果は小さく、依頼者、依頼の目的、伝え方、依頼間隔などで違いがありましたが、譲歩幅の大きさによる明確な違いは見られませんでした。O’Keefe・Hale(1998)の研究要旨。さらにFeeley(2025)のメタ分析では、言葉での承諾89の比較と実際の行動53の比較をまとめ、どちらも平均的な効果は小さく、特に実際の行動への効果は小さいと報告しています。Feeley(2025)の研究要旨

つまり、相手が譲歩したように見えることが判断に関わる可能性はあっても、それで契約が適切になるわけでも、必ず誘導が成功するわけでもありません。相互譲歩という説明だけで全研究を説明できるわけではなく、罪悪感などの別の仕組みも考えられています。ドア・イン・ザ・フェイスの解説は、研究全体を詳しく知りたい場合の参考になります。

「譲ってくれたこと」と「新たな契約条件」を分けて見る

先ほどの例では、取引先は大きな提案を引っ込め、利用人数と期間を縮小しています。それ自体は顧客の事情を聞いた調整かもしれません。しかし、次の3つは区別する必要があります。

  1. 変更された条件:80人から20人に減り、24か月から12か月になりました。これは使える範囲と契約上の義務の変更です。
  2. 実際の譲歩の内容:同じ20人・12か月の条件で通常いくらなのかが分からなければ、価格をどれだけ下げたのかは判断できません。期間や人数を削っただけなら、金額が減ったことをそのまま値引きとは呼べません。
  3. 変更後の契約の価値:20人で業務上の課題を解決できるか、導入費と研修費も含めて支払えるか、開始後に必要な支援を受けられるかは、改めて判断する点です。

一方、最初の要求も合理的な全社導入案だった可能性があります。提案を修正されたことだけで、最初から不当に高い条件を示していたと決めつけることもできません。

同じ利用条件で比較すると、提案の価値が見えやすくなる

以下は比較の方法を説明するための仮の金額であり、実在する企業の価格や相場ではありません。変更後のA社の提案と、別のB社の提案について、営業部20人・12か月・必要な機能・初期設定・研修3回・サポート範囲が同じだと仮定します。すべて税抜きです。

比較する項目 最初のA社案 変更後のA社案 B社の同条件案
利用人数・契約期間 全社80人・24か月 営業部20人・12か月 営業部20人・12か月
基本料金 一式のため内訳未確認 月10万円×12=120万円 月11万円×12=132万円
初期設定費 内訳未確認 12万円 8万円
研修3回の費用 内訳未確認 24万円 基本料金に含む
提示された総額 360万円 156万円 140万円

最初のA社案から見ると、変更後は総額が204万円減っています。ただし、人数と期間が違うので、この204万円を純粋な値引き額とはいえません。同じ条件にそろえた2社の比較では、B社の方が16万円低いという別の事実が見えてきます。

この表は、両社の必要機能やサポート範囲が本当に同等で、表にない追加費用もないと仮定した試算です。実際の取引では、移行費用、利用量による課金、途中解約、更新後の単価、セキュリティ要件なども確認します。A社にB社にはない重要な価値があれば、単純に16万円の差だけで決めることも適切ではありません。

比較の目的は、譲歩した相手を不利に扱うことではありません。今提示されている契約に、自社が支払うだけの価値があるかを、もとの要求とは別の材料で確かめることです。

新しい提案について、承諾する前に確認したいこと

以下は研究が直接効果を検証した契約手順ではなく、心理学の知見を参考に考えた実務上の確認方法です。

  1. 何が削られ、何が残ったか。契約期間、利用人数、機能、導入作業、研修・保守などを最初の案と照合します。予算が下がっても、解決したい課題に必要な機能がなくなるなら、提案内容の再調整が必要です。
  2. 本当に値下げされた部分はどこか。範囲を同じにした場合の価格や、追加費用を含む見積内訳を聞きます。価格の譲歩と作業範囲の縮小を分けると、何を得て何を失ったかを説明できます。
  3. 自社が受け入れられる水準か。必要な成果、費用の上限、導入の負担、契約期間や解約条件を自社の判断基準と照らします。最初の大きな要求が存在しなかったとしても、今回の提案を受ける理由があるか考えます。
  4. ほかに取れる選択肢はあるか。同じ条件で他社を比較する、利用範囲をさらに調整する、試用して不明点を確認する、今回は契約しないなどの選択肢を残します。期限や社内の承認が必要なら、その条件も確かめます。

ここで「相手が譲ってくれたから、自分も譲らなければ」という気持ちを否定する必要はありません。感謝を伝えることと、自社の要件に合わない契約を引き受けることは別です。

譲歩には感謝しつつ、取引の妥当性をどう伝えるか

商談中には、譲歩が有利に感じられた理由をそのまま承諾理由にせず、条件の違いを質問します。例えば、次のように伝えられます。これは説明用の仮の返答例です。

「導入範囲と契約期間をご調整いただき、ありがとうございます。今回の案が当社に合うか判断したいので、最初の案から削った機能や作業、変更後も必要な追加費用を確認させてください。営業部20人・12か月・研修3回を含む条件で、見積内訳と解約・更新条件をいただけますか。社内の利用要件と比較してから回答したいと思います」

確認結果に応じて、次のように判断できます。

  • 必要な機能と費用・契約条件がそろい、他の案と比較しても妥当な場合:変更後の提案を選ぶ合理的な理由があります。承諾する対象と条件を書面で確かめ、社内承認を進めます。
  • 範囲を縮小したために業務上の目的を果たせなくなった場合:金額が下がっても、そのまま契約しません。必要な機能や研修を戻すといくらになるか相談し、別の案と比較します。
  • 条件や価格の根拠が足りない場合:未確認事項と回答希望日を伝え、資料や試用で確かめます。期限を延ばせない場合は、未確認の負担と契約を見送る影響を分けて検討します。
  • 自社の上限や必須条件を満たせない場合:譲歩への感謝は伝えながら、受け入れられない条件を具体的に説明し、再提案または見送りを選びます。

相手が譲歩したことは、交渉の前進として受け止められます。ただし、その事実は契約する義務や、契約後の成果の保証にはなりません。最初の大きな要求を基準にするのではなく、今の提案で何を得て、何を負担し、どの選択肢より妥当なのかを説明できる状態で判断します。

参考文献・出典

  • Cialdini, R. B., Vincent, J. E., Lewis, S. K., Catalan, J., Wheeler, D., & Darby, B. L.(1975)“Reciprocal Concessions Procedure for Inducing Compliance: The Door-in-the-Face Technique.” Journal of Personality and Social Psychology, 31(2), 206–215. MIT掲載の原著論文PDF。大学構内で大きな依頼を断られた後の小さな依頼への承諾率を比較した3実験の根拠。
  • Mowen, J. C., & Cialdini, R. B.(1980)“On Implementing the Door-in-the-Face Compliance Technique in a Business Context.” Journal of Marketing Research, 17(2), 253–258. 出版社の論文要旨。ビジネス場面への適用を調べ、後の依頼が最初の依頼を縮小した形であることなどの条件を示した2実験の根拠。
  • O’Keefe, D. J., & Hale, S. L.(1998)“The Door-in-the-Face Influence Strategy: A Random-Effects Meta-Analytic Review.” Communication Yearbook, 21, 1–33. 出版社のメタ分析要旨。平均効果、依頼の条件による違い、譲歩幅と効果の関係に関する根拠。
  • Feeley, T. H.(2025)“50-Year Review of the Door-in-the-Face Message Strategy.” Communication Monographs. 大学の研究情報・要旨。言葉での承諾89比較と実際の行動53比較をまとめ、平均効果の小ささを確認したメタ分析の根拠。