合理的に説明したのに顧客が納得しない|不安や重視する点を聞く
商談で導入効果を数字で示し、費用対効果も筋道立てて説明したのに、顧客から「説明は分かります。でも、まだ納得できません」と言われることがあります。営業担当者は、もっと詳しい資料を示せば理解してもらえると考えるかもしれません。しかし、説明の内容を理解したことと、その条件で契約したいと思えることは別です。
その場合は、同じ説明を繰り返す前に、顧客が何を不安に思い、何を重視して判断しているかを尋ねます。費用の計算を疑っているのか、導入後の混乱を恐れているのか、社内の承認が難しいのか、そもそも必要性を感じていないのかで対応は変わります。不安を「感情的だから」と片付けず、実際の業務上の条件や確認できるリスクと結び付けて整理することが大切です。
合理的な説明だけでは、判断の不安が解消しないことがある
説明用の仮の場面です。営業担当者が顧客管理システムを提案し、入力作業を月40時間減らせるという試算を見せました。顧客の担当者は計算を理解したものの、契約の判断を保留しています。営業側は費用対効果の説明を繰り返しますが、顧客が心配していたのは以前のシステム切り替えで顧客情報の移行に手間取り、現場の業務が混乱した経験でした。この出来事と月40時間という数字は、説明のために設定した架空の状況と試算です。実際の導入成果ではありません。
数字で示した利益と、顧客にとっての重大なリスクは、別の判断材料です。Loewenstein・Weber・Hsee・Welch(2001)は、リスク下の選択についての研究を整理し、確率や結果を考えた評価と、判断時に感じる恐れや不安が食い違う場合があり、その感情的な反応が行動に関わるという「リスクを感情として捉える」考え方を提示しました。Loewensteinら(2001)の大学掲載の研究要旨
これはリスク判断についての理論的な論文であり、営業担当者が不安を聞けば契約してもらえると検証した実験ではありません。顧客の不安が根拠のないものだとも示していません。データ移行の失敗、業務停止、担当者の負担は、具体的な確認が必要な場合があります。感情的な印象がリスクや利益の評価に関わる考え方は、感情ヒューリスティックの解説でも扱っています。
提案の「説得力」も、説明の方法だけでは決まりません。FabrigarとPetty(1999)は、感情的な評価を中心にした態度と、情報・考えを中心にした態度を実験で作り、感情に訴える説明と、理由に訴える説明を比べる2つの実験を行いました。態度の基礎となる側面と説得の仕方が合うと、合わない場合より態度が変わりやすいという相対的な効果が確認されました。研究1では話題の属性が合うことだけでは説明できず、研究2では直接経験と間接経験の違いをそろえても同様の相対的な結果が見られました。Fabrigar・Petty(1999)の原著論文要旨
この研究も実験で形成した態度を扱い、実際の法人契約を測定していません。「感情的な話をすれば必ず納得する」「数字は役に立たない」という結論ではありません。実務では、営業側が説明している利点と、顧客が答えを求めている問いが一致しているかを確かめることが重要です。
顧客の不安は、聞いてみなければ特定できない
同じ「納得できません」という返事でも、内容は一つではありません。「削減できる時間の根拠を確認したい」という問題なら数字を見直す必要があります。「障害時に業務が止まるのが怖い」という問題なら復旧方法や責任分担を確かめます。「今の仕組みで十分」という判断なら、利点をさらに強調しても必要性そのものは変わらないかもしれません。
相手が何を重視しているかは、声の調子や表情だけで断定できません。「前の導入で困ったのだろう」「決裁者が厳しいのだろう」と営業側が推測するのは構いませんが、推測を顧客の実際の事情として記録しないことが大切です。自分の説明に自信があっても、商品に不足している機能や費用の問題が本当に残っている可能性もあります。
ここからは研究で直接検証された営業手順ではなく、商談の内容に即した実務上の提案です。質問は顧客の負担を考え、必要なものを選びます。
- 理解できなかった点と、納得できない点を分ける。「説明で分かりにくかったところや、理解できても気になっているところはありますか」と尋ねます。理解不足なら説明を改め、条件への異議なら提案を見直します。
- 避けたい事態を聞く。「導入した後に、特に避けたいことは何でしょうか」と聞きます。挙がった不安は、その場で否定せず、確認できる事実や条件へ分けます。
- 判断の優先順位を確かめる。「削減効果、業務の継続性、現場の負担のうち、必ず満たす必要があるのはどこでしょうか」と尋ねます。例示した項目以外を顧客が重視している可能性も残します。
- 判断に必要な材料を聞く。「何が確認できれば、今回の導入について判断しやすくなりますか」と尋ねます。必要な資料、試験運用、社内承認、時期などが分かれば、次にすることを具体化できます。
顧客が理由を詳しく話したくない場合は無理に聞き出しません。また、「不安はありません」と答えた顧客に、隠れた不安があるはずだと考える根拠もありません。予算や必要性が合わず、契約しないという判断もあり得ます。
聞く姿勢について、研究でどこまで分かっているか
質の高い聞き方は、話す側が自分の考えを整理することに関係するかもしれません。Itzchakov・Kluger・Castro(2017)は、さまざまな態度について話す場面で、共感的で相手を評価しない聞き方を含む聞いてもらう経験を変えた4つの実験室実験を行いました。質の高い聞き方を経験すると、話す側の対人不安が弱まり、自分の考えの中に両立しにくい面があることを意識しやすくなり、態度の極端さが弱まるなどの結果が見られました。その一部の効果は、もともと対人不安や考えの両面性が強い参加者で大きい結果でした。Itzchakovら(2017)の論文要旨
ただし、これは態度について話す実験であり、営業場面で質問を増やせば成約率が上がるという研究ではありません。聞いた後に顧客が必ず納得するとも言えません。商談への応用としては、異議を言い終わる前に反論するのではなく、顧客の言葉を確かめ、必要な情報を整理する時間を取ることが考えられます。
「お困りなんですね」と返すだけで実務上の問題が解消するわけでもありません。例えば、移行時の停止を心配しているなら、何の業務が止まると困るのか、何時間まで許容できるか、停止時にどう対応する必要があるかを確認します。相手の話を受け止めることと、問題を解決できると約束することは別です。
不安の種類によって、必要な根拠と次の提案は変わる
以下は冒頭の架空の商談を広げた説明用の仮の比較表です。顧客が実際にこう発言したという記録でも、研究で効果を確認した営業手順でもありません。
| 顧客が重視していたこと | 確かめる事実 | 確認後に考えられる対応 |
|---|---|---|
| データが失われずに移行できるか | 移行対象、テスト方法、バックアップと復旧の条件、責任分担 | 必要な範囲でテストや段階導入を検討。実行可能性を技術担当に確認する |
| 現場が新しい操作に対応できるか | 使う人数、研修内容、稼働時期、問い合わせ窓口 | 実務担当者の試用や研修の追加費用を検討する |
| 時間削減の試算が正しいか | 月40時間削減の前提、対象となる作業、測定方法、追加業務の負担 | 条件をそろえて再計算する。効果は見込みと実測を区別する |
| 社内の承認を得られるか | 決裁に必要な根拠、情報管理、総費用、契約の条件 | 判断に使える資料と未確認事項をまとめる。承認を保証しない |
| 今の方法で十分ではないか | 現状の不便さ、切り替えの便益と負担、導入する必要性 | 利点が乏しければ導入を勧めず、現状維持も候補にする |
この表は「不安を解消すれば契約に進む」という意味ではありません。必要な機能がない、移行の危険を十分に減らせない、顧客の予算を超えるといった事実が確認できたなら、現状の提案では合わないと判断できます。反対に、試算の前提が曖昧なことだけが問題なら、その根拠を追加してから改めて判断してもらうことができます。
説明を続ける前に、顧客の言葉を確かめる会話例
具体的には、相手の疑問をすぐに打ち消さず、今回の判断に必要な点へ話を戻します。次は説明用の仮の会話例です。
「費用対効果のご説明が中心になってしまいましたが、導入をご判断いただくうえで、ほかに気になっている点はありますか。もし以前のシステム切り替えのような混乱が心配でしたら、今回の移行でどの作業が止まると困るか教えていただけますか。確認できる範囲は技術担当と調べ、対応できないことも含めて正確にお伝えします」
例えば顧客が「前回は請求業務が止まって大変だった」と答えたら、「今回は絶対に大丈夫です」とすぐには返しません。請求業務のどの作業が影響を受けたのか、同じ状態を避けるための条件は何か、今回のサービスで実際に守れる範囲はどこまでかを確かめます。必要に応じて実務担当者・技術担当者を交えて話します。
反対に顧客が「特に不安があるわけではなく、今はほかの投資を優先したい」と答えた場合、説得するために新たな不安を探す必要はありません。優先順位が合わないことを確認し、今は導入しない判断も尊重します。
不安と重視する条件を聞いた後、何をするか
確認が終わったら、営業側は「納得してもらうこと」だけを目標にせず、顧客が判断できる条件をそろえます。
- 根拠や説明が不足していた場合:試算の前提、費用、実測がある部分、まだ検証していない部分を示します。説明を直した後も、契約への承諾とは別に確認します。
- 具体的な危険に対応できる場合:テスト、段階導入、支援体制などについて、提供部署が実行できる内容、費用、日程を確認し、選択肢として提示します。実施を約束する前に社内承認を確かめます。
- 必要な条件を満たせない場合:「不安が強いだけ」と扱わず、対応できない理由と制約を示します。別案や導入延期、今回は見送る判断を考えます。
- 判断に社内手続きが必要な場合:必要な資料、検討する担当者、次回連絡の可否を相談します。次回の確認と契約の合意を混同しません。
- 相手が連絡を望まない、または導入を必要としない場合:それ以上の質問を押し付けず、顧客の意思を尊重します。
社内の商談記録では「顧客が感情的で納得しない」と書かず、実際の発言、確認できた事実、推測、未確認の条件、次に誰が何を調べるかを分けます。「移行が心配」と言われたが復旧方法が未確認なら、そのまま記録し、確認先を決めます。
合理的な説明をしても納得されないときに必要なのは、さらに強く説得することではありません。顧客が何を守りたいのかを聞き、その条件を満たせるかを検証することです。説明の結果、今回は契約しないという結論になっても、顧客が納得して判断できる材料をそろえることには意味があります。
参考文献・出典
- Loewenstein, G. F., Weber, E. U., Hsee, C. K., & Welch, N.(2001)“Risk as Feelings.” Psychological Bulletin, 127(2), 267–286. Columbia Business School掲載の研究要旨。リスクに関する認知的評価と判断時の感情が食い違う場合を整理した理論的論文。
- Fabrigar, L. R., & Petty, R. E.(1999)“The Role of the Affective and Cognitive Bases of Attitudes in Susceptibility to Affectively and Cognitively Based Persuasion.” Personality and Social Psychology Bulletin, 25(3), 363–381. 出版社掲載の原著論文要旨。感情的・認知的な態度に対して、説得の仕方を組み合わせて比較した2実験。
- Itzchakov, G., Kluger, A. N., & Castro, D. R.(2017)“I Am Aware of My Inconsistencies but Can Tolerate Them: The Effect of High Quality Listening on Speakers’ Attitude Ambivalence.” Personality and Social Psychology Bulletin, 43(1), 105–120. 出版社掲載の論文要旨。質の高い聞き方について4つの実験室実験を行い、対人不安と態度の両面性に関する結果を確認した研究。