商談の最初の情報だけで顧客の課題を決めつけていない?仮説を広げる追加質問
初回の商談で顧客から「月末の報告資料を作るのに時間がかかっている」と聞くと、営業担当者は「集計を自動化すれば解決できる」と考えるかもしれません。経験や商品知識を使って仮の解決策を思い浮かべること自体は、悪いことではありません。ただし、最初の発言は困りごとの入り口であって、原因まで確定した情報とは限りません。
すぐに自社商品を提案する前に、顧客が実際に困っている作業と、その原因について考えられる別の可能性を確かめます。「どの工程が止まるのか」「何を変えれば改善するのか」「最初の見立てと違うと分かるのはどんな場合か」を質問し、顧客の回答によって提案を修正します。大切なのは質問数を増やすことではなく、似た課題に見える複数の原因を見分けられる情報を得ることです。
最初の見立てが、その後の質問を偏らせることがある
説明用の仮の場面です。ある企業の担当者は「月末の報告書がなかなか完成しない」と話しています。営業担当者は、表計算ソフトからの転記が大変なのだと推測して、「手作業で数値をまとめるのは負担ですよね」「集計を自動化できれば楽になりますか」と続けて質問しました。顧客は「そうですね。転記も多少はあります」と答えました。
ここで確認できたのは、転記作業が多少あることです。しかし、それが報告書の遅れの主な原因とはまだ分かっていません。顧客の返答を「やはり集計システムが必要だ」という根拠にしてしまうと、別の可能性を聞き逃すことがあります。
SnyderとSwann(1978)は、4つの研究で、女子大学生に「これから面接する相手は外向的だ」または「内向的だ」という仮説を与え、相手に聞く質問を選んでもらいました。参加者は各研究で、自分の仮説に合う行動の証拠を探す質問を選びやすい傾向がありました。こうした質問の仕方が、面接相手から仮説に合う行動を引き出す場合も報告されています。Snyder・Swann(1978)の大学掲載の研究要旨
これは性格に関する面接実験であり、法人営業で質問によって顧客の課題が誤って決まる割合を調べたものではありません。それでも、最初に「原因はこれだ」と考えると、質問そのものがその見立てを支持する方向に偏り得る、という点は商談の聞き方を考える材料になります。
ただし、人が必ず自分の仮説を裏付ける質問ばかりするわけでもありません。TropeとBassok(1983)は3つの実験で、相手の性格についての仮説を確かめる質問の選び方を調べました。仮説に一致する特徴を尋ねる質問が優先されたのは、「どの程度なら礼儀正しい人、または外向的な人と言えるか」という判定の線引きを、性格の程度を表す尺度の端寄りに置いた条件でした。一方、仮説と別の可能性を見分ける力が高い質問は、調べたどの条件でも優先されました。Trope・Bassok(1983)の出版社掲載の論文要旨
KlaymanとHa(1987)は、自分の仮説に合いそうな事例から確かめる方法は、現実的な条件では有用な場合もある一方、場合によっては誤りや非効率につながると論じています。Klayman・Ha(1987)の論文情報・要旨。つまり、最初の仮説を持たないことよりも、その仮説と別の説明を区別できる質問になっているかを見る方が実務にはつなげやすいのです。こうした情報の集め方については、確証バイアスの解説でも扱っています。
「困っている事実」「原因の仮説」「提案したい商品」を分ける
先ほどの商談に戻ります。営業担当者の頭の中には、次の3つが同時に浮かんでいるかもしれません。
- 顧客から聞いた事実:「月末の報告書がなかなか完成しない」
- 営業側の仮説:「表計算ソフトでの手作業が遅れの原因ではないか」
- 営業側が考えた提案:「自社の自動集計ツールを導入すればよいのではないか」
これらは関連していますが、同じ情報ではありません。まず、いつから、どの報告書で、どの工程が遅れるのかを聞きます。「先月の報告では、どこで時間がかかりましたか」「完成までに誰の作業や確認が必要でしたか」と尋ねれば、実際の仕事の流れを確認できます。
月末の資料作成が遅い背景には、集計作業だけでなく、支店からのデータが届く時期、数値の確認・承認、報告書の形式変更などもあり得ます。これらは今回の説明用に考えた代替仮説であり、どれかがその企業で実際に起きていると決めつけるものではありません。
相手が忙しい場合は、最初の商談ですべての工程を聞く必要はありません。今回の提案判断を左右する工程を一つか二つに絞って確かめ、必要な場合は実際に作業する人へ追加で話を聞けるか相談します。担当者が把握していない内容を、無理に答えてもらう必要はありません。
異なる原因を見分ける追加質問を用意する
次の表は、報告書作成の遅れについて、営業担当者が検討できる仮説と質問を整理した仮の商談例です。研究で効果が実証された営業用の質問集ではありません。
| 考えられる原因 | 見分けるための質問 | 回答によって変わる判断 |
|---|---|---|
| 数字の転記・集計に時間がかかる | 「必要な数字がそろってから、集計を終えるまでにどのくらいかかりますか」 | 集計自体が長ければ、自動化の対象と費用を検討できる |
| 他部署から必要な情報が届かない | 「集計を始める時点では、各部署の数字はすべて届いていますか」 | 資料が届くまでの待ち時間が主因なら、提出手順や期限の調整が先になる |
| 上長の確認・差し戻しに時間がかかる | 「数字をまとめた後、承認までに何回くらい確認や修正が入りますか」 | 承認が主因なら、確認基準や役割の整理が必要になる |
| 資料の目的や記載項目が毎回変わる | 「報告書に求められる項目や形式は毎月同じですか」 | 項目変更が大きければ、報告の目的や仕様を確認してからツールを評価する |
質問の答えが一つの仮説を支持しても、他の原因が同時に存在することはあります。転記に時間がかかり、承認も遅い場合なら、集計ツールだけで全体の作成時間を短縮できるとは限りません。逆に、転記時間が大半を占め、ほかの工程が短いと確認できれば、自動化という最初の見立てに戻る理由になります。
重要なのは、営業担当者の考えを否定する質問を機械的に増やすことではありません。答えがどちらになった場合に、提案や次に確かめることが変わるかまで考えて質問を選びます。
仮説を広げるときは、顧客の言葉から聞き直す
すでに「集計が大変なのでは」と話した後でも、仮説を戻して質問できます。例えば次のように伝えられます。これは説明用の仮の会話例です。
「私からは集計の負担についてお聞きしましたが、少し前提を広げて確認させてください。報告書が完成するまでを振り返ると、どの工程で最も時間がかかっていますか。集計自体なのか、必要な数字が届くまでなのか、その後の確認なのか、ほかにもありますか」
顧客が「各部署から数字が届くのが遅いんです」と答えたら、すぐに「では情報共有システムですね」と置き換えず、「いつ必要で、実際にはいつ届きますか」「そろった後は何時間ほどで完成しますか」と確かめます。顧客から数字の記録や実際の作業例を示してもらえるなら、口頭での印象との違いも確認できます。ただし、顧客の社内資料には機密情報が含まれる場合もあるため、業務上必要な範囲と閲覧権限を守ります。
別の可能性を考える方法にも心理学の研究があります。Lord・Lepper・Preston(1984)は、社会的な問題の証拠の評価と、人の性格についての仮説を確かめる課題を使った2つの実験で、「今の考えとは逆の可能性も考える」よう促す方法を調べました。単に「公平に判断してください」と求める方法よりも、判断の偏りを小さくする効果が見られました。Lordら(1984)の論文要旨
この研究も、顧客への質問を変えれば受注率が上がると実証したものではありません。商談への応用としては、最初の仮説とは異なる原因があった場合に、何が観察されるはずかを考えて質問することが挙げられます。ただし、顧客が「違います」と答えた内容を無視して、営業側が用意した候補を無理に当てはめることは避けます。
聞き取った結果によって、次の提案を変える
追加質問の後は、すぐに「真の課題が見つかった」と言い切らず、確認できた状況と未確認の点を顧客とすり合わせます。実務上は、次のように対応を分けることが考えられます。
- 集計作業が主な負担と確認できた場合:どの数字を何から集めているか、現在の所要時間、必要な出力内容を確かめ、自動化で対応できる範囲を具体的に検証します。削減できる時間や効果を未検証のまま保証しません。
- 入力待ちや承認が主な負担だった場合:顧客の関係部署、提出・確認の手順、変更可能なルールを確認します。自社ツールが原因に合わないなら、無理に集計機能を主役にした提案はしません。
- 原因が複数あり、どれが大きいか分からない場合:特に遅延した一回の報告作業を工程ごとに振り返るなど、追加の事実確認を相談します。必要なら次回の面談で実務担当者も交えて確認します。
- 顧客が詳しい確認を望まない、または優先順位が低い場合:それ以上の深掘りを押し付けず、今回分かった範囲と、必要になったときに確認できる事項を整理して終えます。
商談メモには「顧客の発言」「営業側の仮説」「確かめた事実」「未確認の点」「次の確認先」を分けて残すと、初回の思い込みを事実として社内へ引き継ぐことを避けやすくなります。例えば「報告書が遅い。原因は集計」と記録する代わりに、「顧客は報告書の遅れを指摘。集計・提出待ち・承認のどこが中心かは未確認。次回、作業工程を確認」と記録します。
最初の情報は、顧客に質問をするための大切な手がかりです。ただし、それだけで課題の原因も必要な商品も決まるわけではありません。最初の仮説を持ちながら、別の説明を見分ける質問を選び、回答に応じて提案を変えることが、今回の商談で取れる行動です。
参考文献・出典
- Snyder, M., & Swann, W. B.(1978)“Hypothesis-Testing Processes in Social Interaction.” Journal of Personality and Social Psychology, 36(11), 1202–1212. University of Minnesota掲載の研究情報・要旨。女子大学生が面接相手の性格仮説を検証するための質問を選んだ4研究と、質問が相手の行動に及ぼし得る影響の根拠。
- Trope, Y., & Bassok, M.(1983)“Information-Gathering Strategies in Hypothesis-Testing.” Journal of Experimental Social Psychology, 19(6), 560–576. 出版社掲載の原著論文・要旨。相手の性格に関する仮説を確かめる3実験で、仮説に合う質問を選ぶ条件と、仮説を見分ける力の高い質問が選ばれる結果の根拠。
- Klayman, J., & Ha, Y.-W.(1987)“Confirmation, Disconfirmation, and Information in Hypothesis Testing.” Psychological Review, 94(2), 211–228. APA掲載の論文情報・要旨。仮説に当てはまりそうな事例から確かめる方法が、条件によって有効にも非効率にもなることを論じた研究。
- Lord, C. G., Lepper, M. R., & Preston, E.(1984)“Considering the Opposite: A Corrective Strategy for Social Judgment.” Journal of Personality and Social Psychology, 47(6), 1231–1243. PubMed掲載の論文要旨。社会的な証拠の評価と性格に関する仮説の検証で、反対の可能性を考える方法と公平に判断するよう求める方法を比較した2実験。