「他社も導入している」で契約してよい?自社との条件の違いを確認する
商談で「同業の企業もたくさん導入しています」「他社ではすでに標準的なツールです」と言われると、自社だけ使わないのは遅れているように感じることがあります。しかし、他社が導入していることは候補として検討する理由にはなっても、自社が契約すべき根拠としては十分ではありません。業種が同じでも、利用人数や仕事の流れ、既存システム、サポートが必要な時間帯は異なるからです。
契約を判断する前に、導入社数が何を数えた数字なのかを確認し、似た企業が実際にどんな用途で使っているかを聞きます。そして、自社に欠かせない条件と照合し、可能なら自社の仕事を使った検証を行います。「他社が選んだ理由」と「自社で使える理由」を分けて確かめることが大切です。
「他社も選んでいる」が判断の後押しになるのはなぜか
説明用の仮の場面です。設備保守会社の購買担当者が、顧客からの修理依頼を管理するシステムの提案を受けています。販売会社は「同業で120社が導入しています。業界でもよく選ばれている製品です」と説明しました。担当者は、機能をすべて確認していないものの「同じ仕事をしている会社が多数使っているなら安心だろう」と感じます。
自分の会社だけでは製品の使い勝手を判断しにくいとき、他社の選択は参考になります。これは、周囲の行動を判断材料にする「社会的証明」と呼ばれる考え方に関係します。社会的証明の解説では、人が他者の行動や評価を手がかりにする仕組みを詳しく説明しています。ただし、他社が何を確かめて選んだか分からない段階では、その選択を自社の判断と同じものとして扱えません。
HaunschildとMiner(1997)は、企業買収の際にどの投資銀行を助言者として選ぶかについて、1988~1993年に行われた539件の買収を分析しました。研究では、多くの企業が採用した方法をまねること、特定の特徴を持つ企業の選択をまねること、他社での結果に注目してまねることを区別しました。その結果、これら3つの模倣の形はそれぞれ独立して観察され、結果に着目した模倣は他社の成果が特に目立つ場合に見られました。また、不確実さが高い状況では、広く採用された方法などをまねる傾向が強まる関係も報告されました。Haunschild・Miner(1997)の論文要旨
これは企業の実際の選択を調べた観察研究であり、他社の選択を見たことがその企業の判断を必ず変えたと証明したものではありません。また、同じ銀行を選んだ企業が、必ず高い成果を得たと示したものでもありません。「よく選ばれている」「自社と似た企業が選んでいる」「選んだ結果がよかった」は、別の情報だと考えるための根拠になります。
他者の選択が重なる仕組みを考える実験もあります。AndersonとHolt(1997)は、参加者が順番に2つの壺のどちらが使われたかを予測する実験を行いました。参加者は自分だけが見た玉の色という情報と、先に予測した人の選択を参考にできますが、先の人が見た玉の色までは分かりません。早い段階の予測が一致すると、後の参加者が自分の情報とは違う選択をすることが合理的な状況が生じ、そうした条件の多くで同じ選択が続きました。Anderson・Holt(1997)の研究要旨
これは壺の中身を当てる実験であり、業務システムの導入先が同じ理由で選んだことを示すものではありません。それでも、同じ選択が多数並んでいても、それぞれの人が製品を独立に詳しく評価したとは限らないことを考える材料になります。もちろん、多くの企業が十分に比較した結果、同じ製品を選んだ可能性もあります。数字だけから、どちらだったかを決めつけないことが重要です。
導入社数を見る前に、「導入」の意味を確認する
最初の例で「同業120社が導入」と聞いても、その数字から分かる範囲はまだ曖昧です。契約を結んだ企業の累計なのか、今も使っている企業なのか、試用だけの企業を含むのかで意味が違うからです。以下は研究結果を営業手順としてそのまま使ったものではなく、今回の契約判断のために考えた確認事項です。
- 数字の集計方法:「120社」はいつの時点の数字か、一社に複数拠点があっても一社と数えているか、無料試用や販売代理店を含むかを尋ねます。数え方が確認できなければ、「現在120社が本稼働している」とは受け止めません。
- 今の利用状態:契約だけの企業、導入準備中の企業、実際に日々使っている企業を可能な範囲で区別します。すでに利用をやめた企業が累計に含まれるかも確認します。
- 自社と似ている点:業種名だけでなく、対応する顧客数、利用部署、夜間・休日の業務、既存システムとの連携、情報管理の条件を見ます。「同業」でも用途が違えば、同じ価値を得られるとは限りません。
- 選択した理由と利用後の状態:導入企業が何を改善するために選んだのか、どの機能を使っているのか、運用上の課題は何かを聞きます。導入件数と、目的を達成した件数は別です。結果が分からない場合は「不明」と記録します。
詳細な顧客名や契約内容を他社が公開できないことはあります。その場合は、個社情報を無理に求めず、匿名化した運用事例や集計方法、公開が認められた資料があるかを相談します。数字を示した相手が意図的に誤解させようとしているとは、確認なしに決めつけません。
同業で導入済みでも、必要な運用条件が違う場合がある
冒頭の保守会社の例を続けます。次の比較はすべて説明用に作った架空の企業と条件です。実在する製品の仕様や導入効果を示すものではありません。
| 確かめたい条件 | 販売側が紹介した導入企業の例 | 今回の自社の必要条件 |
|---|---|---|
| 利用する仕事 | 平日の修理受付を記録する | 修理受付から担当者への割り振り、完了報告まで管理する |
| 業務を行う時間 | 平日9~17時 | 土曜日にも受付・更新が必要 |
| 必要な連携 | 単独でシステムを利用する | 既存の顧客台帳と情報を連携したい |
| 権限と情報管理 | 担当部署内だけで利用する | 6拠点の担当者ごとに閲覧・編集権限を分けたい |
| 費用と準備 | 導入先の個別条件は未確認 | 初期設定・移行・研修・運用費用を含む総額を知りたい |
業種が同じでも、平日の日中だけ使う企業と土曜日も使う企業では、必要な運用が違います。また、単独で使うなら問題のない製品でも、既存の顧客台帳との連携が難しければ、自社では手入力が増えるかもしれません。
もっとも、この表の違いがあるだけで、販売側の製品が使えないとは決まりません。曜日ごとの利用は可能でもサポート時間が限られているのか、連携機能があるのか、追加料金で対応できるのかは、製品ごとの事実として確かめます。「土曜に使える」と「土曜に担当者のサポートを受けられる」も分けて確認します。
自社と似た企業の導入例を示してもらうことには価値があります。ただし、似た業種の会社で採用されたという事実だけから、同じ作業時間の削減や同じ費用対効果が得られるとは分かりません。導入理由・実際の使い方・自社で必要な条件を並べて、何が共通し、何が違うかを把握します。
「似た人が使っている」と聞いたとき、研究では何が分かっているか
周囲の利用状況を示す情報は、場合によっては行動を変えます。Goldstein・Cialdini・Griskevicius(2008)はホテルの宿泊客に対し、環境保護を訴える通常の表示と、「他の宿泊客もタオルを再利用している」と伝える表示を比較する2つの現場実験を行いました。最初の実験では後者の条件で再利用率が高く、別の実験では以前に同じ客室に宿泊した人の行動を伝えた条件で、より広い集団の行動を示す場合より再利用が多くなりました。Goldsteinら(2008)の原著論文要旨
ただし、同じ効果がいつも生じるとは限りません。BohnerとSchlüter(2014)は、ドイツの2つのホテルで追試と拡張を行い、タオルを再利用する機会を実験1で724件、実験2で204件観察しました。複数人が同じ客室を利用した事例も含まれるため、この数字は宿泊者数ではありません。その結果、社会的な情報を示す表示は、通常の環境保護の表示より優れているとは確認できず、参照する集団が近いほど効果が強いという結果も一貫しませんでした。Bohner・Schlüter(2014)の再検証研究
いずれもタオルの再利用行動に関する実験であり、導入企業数を示された購買担当者が契約するかを調べた研究ではありません。「同業他社」が強い判断材料に感じられたとしても、必ず行動が変わるとは言えません。実務上は、似た相手の選択だという印象と、本当に似ている契約・運用条件があるかを分けることが考えられます。
商談では、導入社数の根拠と自社での確認方法を聞く
「他社も導入している」という説明への返事は、「それなら契約します」か「他社の話は信用しません」の二択ではありません。導入の意味を確認し、そこから自社に必要な検証へつなげられます。次は説明用の仮の会話例です。
「同業で120社が導入しているという点は参考になります。120社は累計の契約社数でしょうか。それとも現在利用している企業数でしょうか。弊社は土曜日にも受付業務があり、6拠点で顧客台帳と連携して使う必要があります。その条件に近い利用例があれば、公開できる範囲で運用方法や追加費用を教えてください。また、契約を決める前に、弊社の作業を想定して確認できる方法はありますか」
自社の業務に合うかどうかは、説明を聞くだけでなく、できる範囲で試して確かめます。例えば、実際の顧客情報ではなく許可されたテストデータを使い、受付から担当者への割り振り、権限ごとの表示、情報の取り出しまで操作してみる方法があります。既存台帳との連携や土曜日のサポートについては、仕様書・見積書・サービス提供条件で確認します。
検証する前に「必要な手順を行える」「決めた権限で情報を分けられる」「追加の作業と総費用が分かる」などの基準を社内で決めます。試用の結果、重要な機能が不足するなら、利用者が多くてもそのまま契約へ進まない判断ができます。試用で動いた機能でも、本番の大量データや長期運用での性能が保証されたわけではない点には注意が必要です。
導入社数を聞いた後の契約判断を、結果によって分ける
他社の導入情報を確認した後は、契約するかどうかを次のように整理します。これは研究で直接効果が検証された購買手順ではなく、今回の仕事の場面に向けた実務上の提案です。
- 導入の定義が明確で、自社の必須条件も満たせる場合:候補として、同じ期間・人数・作業範囲でほかの製品と費用・契約条件を比較します。他社が使っているからではなく、自社で使える根拠を含めて判断します。
- 利用例は近いが、連携や運用条件が未確認の場合:本契約を急がず、担当部署による確認や限定的な試用を相談します。いつまでに何が確認できれば決めるかも整理します。
- 導入社数の集計方法や、実際の利用状態が分からない場合:数字を確認できた実績と同じようには扱わず、追加資料やほかの情報源で確かめます。情報が出せない事情がある場合も、それだけで虚偽とは断定しません。
- 必須の機能や費用・契約条件が自社に合わない場合:導入数が多くても、別のプラン・製品・運用方法を検討します。現状では対応できない重要条件があれば、今回は見送ることも選択肢です。
契約前には、正式な見積もり、実際に提供される機能、初期設定やデータ移行の担当、利用期間、更新・解約条件、必要な社内承認も確かめます。担当者の口頭説明だけで確約された扱いにせず、分からない点は文書で確認します。
他社の導入実績は、参考になる経験や候補を見つける手がかりです。ただし、それは自社の業務で必要な条件を満たし、費用や負担にも納得できるかという判断の代わりにはなりません。周囲の選択を知ったうえで、自社が確かめるべきことに戻すことが大切です。
参考文献・出典
- Haunschild, P. R., & Miner, A. S.(1997)“Modes of Interorganizational Imitation: The Effects of Outcome Salience and Uncertainty.” Administrative Science Quarterly, 42(3), 472–500. 論文DOI・要旨。1988~1993年の企業買収539件を分析し、普及の程度・企業の特徴・目立つ成果に基づく模倣がそれぞれ観察されたことの根拠。
- Anderson, L. R., & Holt, C. A.(1997)“Information Cascades in the Laboratory.” American Economic Review, 87(5), 847–862. 論文情報・要旨。他の参加者の予測と自分の私的情報を使う順番のある課題で、同じ選択が連鎖する結果を調べた実験。
- Goldstein, N. J., Cialdini, R. B., & Griskevicius, V.(2008)“A Room with a Viewpoint: Using Social Norms to Motivate Environmental Conservation in Hotels.” Journal of Consumer Research, 35(3), 472–482. 出版社掲載の原著論文要旨。ホテルで通常の環境訴求と他の宿泊客の行動を伝える表示を比較した2つの現場実験。
- Bohner, G., & Schlüter, L. E.(2014)“A Room with a Viewpoint Revisited: Descriptive Norms and Hotel Guests’ Towel Reuse Behavior.” PLOS ONE, 9(8), e104086. 全文公開の再検証研究。ドイツの2つのホテルの研究で、社会規範を示す表示の優位性や参照する集団の近さによる効果が一貫しなかった根拠。