一度出した提案を撤回すると信頼を失う?変更理由と代案の伝え方
商談で一度提示した価格や納期について、後から「その条件では対応できなくなりました」と伝えるのは気が重いものです。顧客の信頼を失うのではと心配して、変更の連絡を遅らせたくなる場合もあります。
しかし、提案を撤回・変更したら必ず信頼を失う、というわけではありません。大切なのは、何を約束したと受け止められていたかを確かめ、変更が必要だと分かった時点で、以前の条件との違い、理由、顧客への影響を正確に伝えることです。そのうえで、実行できる代案を示し、改めて判断してもらいます。すでに合意済みの条件がある場合は、担当者だけで一方的に変更せず、社内の契約担当者や法務部門にも確認します。
提案の撤回で信頼が揺らぐのは、何を期待していたかが変わるから
説明用の仮の場面です。営業担当者が、4拠点の業務システム導入について「12月1日から利用開始、既存データの移行も含めて120万円(税抜)」という提案書を顧客に送りました。顧客は社内で検討している途中です。その後、営業側がデータの形式を詳しく調べたところ、移行前に追加の確認作業が必要だと判明し、当初の体制では12月1日に4拠点すべてを稼働できないと分かりました。
顧客は、その日程を前提に社内の作業や予算を考えているかもしれません。一方、営業側が「まだ正式な契約ではないので問題ない」と思っていても、顧客は提案書の内容を約束に近いものとして受け止めている可能性があります。こうした期待の食い違いは、相手の態度だけからは分かりません。
BiesとShapiro(1987)は、組織内で管理者が好ましくない決定や適切でない行動をした場面について、理由を説明する場合と説明しない場合を3つの研究で比較しました。実験では、事情を説明された方が対人対応の公正さや管理者への支持を高く評価する結果がありました。また、説明が十分だと受け止められたかが重要で、職場での調査でも十分な説明がある場合に公正さの評価が高くなりました。Bies・Shapiro(1987)の論文要旨
さらにBies・Shapiro・Cummings(1988)は、上司から依頼を断られた就業者121人への調査で、「やむを得ない事情があった」という主張だけでは反応の違いを十分に説明できず、理由の筋の通り方と伝える際の誠実さが、怒りや不満などの反応の違いと関係することを報告しています。Biesら(1988)の論文要旨
どちらも主として職場の管理者と部下を対象にした研究であり、営業提案を撤回したときの顧客離れや契約率を直接測定したわけではありません。それでも、変更の理由を単に述べるだけでなく、事実に基づいて納得できる形で説明する意味を考える材料になります。
説明が正確かどうかも重要です。Schweitzer・Hershey・Bradlow(2006)は、実験室で信頼を損なう行動の後に起きる変化を調べました。信頼を損なう行動だけの場合は、その後に一貫して信頼できる行動を重ねると信頼が回復しました。一方、同じ行動に意図的な欺きが伴った条件では、謝罪や約束、その後の信頼できる行動があっても、実験内では信頼が完全には回復しませんでした。Schweitzerら(2006)の論文要旨
この実験も、提案撤回そのものの効果を調べたものではありません。また、後から条件が変わったすべての案件に欺きがあったとは言えません。実務では、初めから隠していた情報なのか、提案後に分かった事情なのか、担当者の確認不足なのかを区別し、確かめられた経緯を説明します。
変更を伝える前に、最初の提案をどこまで約束していたか確かめる
顧客へ新しい金額や納期を伝える前に、営業側が確認したいことがあります。これは研究で効果が直接検証された手順ではなく、変更の説明に必要な事実を整理するための実務上の提案です。
- 最初の提案はどの段階か。見積書・提案書を送付しただけなのか、顧客が条件を了承したのか、正式な発注・契約まで進んでいるのかを、メールや注文書などの記録で確認します。契約上の扱いは書類名だけで判断せず、社内の契約担当者や法務部門に確認します。
- 変更が必要な理由は何か。当初の見積もりで必要な作業を見落としたのか、顧客の要件が追加されたのか、外部の供給条件が変わったのかを分けます。社内の確認不足なら、顧客の要望や外部事情のせいに置き換えません。理由がまだ不明なら、確定したことと調査中のことを区別します。
- 当初の条件から何が変わるか。金額、納期、提供範囲、品質、サポート、顧客側の準備作業、解約や変更の条件を照合します。「少しだけ変更」と言っても、顧客の必要な開始日に間に合わないなら重要な違いです。
- 本当に提供できる代案は何か。営業担当者だけで決めず、実行する部署に対応可能な範囲、必要な時間、費用、承認を確認します。まだ社内で決まっていない救済措置を、信頼回復のためにその場で約束しないようにします。
初回の見積もりを取り消せると思い込んで、顧客の同意を得ずに変更後の条件を適用するのは避けます。すでに成立した合意や契約に関わるなら、どんな手続きが必要かを専門部署に確認してから対応します。
撤回する内容と代案を、顧客が比べられる形にする
冒頭のシステム導入の例で考えます。次の表は説明用の仮の条件と金額です。各案は社内で実現できることを確認できたと仮定しており、実在企業の価格・実績ではありません。
| 確認する点 | 最初の提案(撤回対象) | 代案A | 代案B |
|---|---|---|---|
| 導入対象 | 4拠点を同時導入 | 4拠点を同時導入 | 1拠点を先行、残り3拠点を後日導入 |
| 利用開始 | 12月1日 | 1月15日 | 1拠点は12月1日、残りは1月15日 |
| 総額(税抜) | 120万円 | 120万円 | 130万円 |
| データ移行 | 4拠点分を含む | 追加の確認後に4拠点分を実施 | 段階的に確認・移行する作業を含む |
| 顧客が確かめる点 | 当初の日程・費用を前提に社内検討中 | 開始の延期が業務に影響しないか | 分割導入が可能か、追加10万円の負担に見合うか |
この例で営業側が撤回するのは、「12月1日に4拠点すべてを120万円で稼働できる」という当初の組み合わせです。代案Aは金額を維持する代わりに全拠点の開始を遅らせます。代案Bは一部の開始日を守りますが、全体の導入は後になり、費用も10万円増えます。
顧客が12月1日に4拠点すべてを使うことを必須としていたなら、どちらの代案も要件を満たしません。その場合は、無理に選ばせず、他社への切り替えや導入計画の変更も含めて検討してもらいます。また、代案Bの追加費用を当然のように認めてもらえるとは限りません。営業側の都合を「顧客にとっての改善」と言い換えないことが重要です。
変更理由は、謝罪だけで終えず、確認できる事実と一緒に伝える
変更の連絡が必要だと分かったら、顧客がその提案を使って社内調整を進める前に、速やかに連絡方法を相談します。伝える順番としては、以前の提案のどこを撤回するか → 何が判明したか → 顧客への影響 → 謝意とお詫び → 実行可能な代案 → 次の確認が考えられます。この順番自体の効果が、上記の研究で直接検証されたわけではありません。
仮の商談で、まだ契約前の段階なら、次のように伝える方法があります。
「先日お送りした『4拠点とも12月1日開始、データ移行込み120万円』という提案について訂正があります。データ移行の確認を進めた結果、当初の見積もりで必要な確認作業を見落としており、現状の体制では4拠点を12月1日に開始できないことが分かりました。当初の条件でご検討いただいていたところ、申し訳ありません。現時点で社内確認できたのは、①4拠点を1月15日開始とし総額120万円とする案、②12月1日に1拠点を先行し、残りを1月15日に開始する総額130万円の案です。どちらも当初の提案とは異なるため、ご希望の開始日への影響を確認させてください。正式な内容は訂正した見積書でお送りします」
顧客の反応が厳しくても、「誤解させたのなら」という曖昧な説明だけで済ませず、何が誤っていたのかを明らかにします。一方、調査していない理由を確定事項として話したり、実行できない補償を約束したりすることも避けます。
もとの条件より不利になっても、顧客は一度進めようと考えた案件をやめにくい場合があります。条件が不利に変わった後も最初の承諾に引きずられることがある心理については、ローボール・テクニックの解説が参考になります。ただし、今回のような確認不足による変更を、直ちに意図的な誘導と決めつけることはできません。変更後の条件への判断は、以前の承諾や好意的な反応とは切り離して確認します。
顧客の反応によって、次に何をするかを決める
- 変更後の条件でも検討できる場合:顧客が選んだ案について、利用開始日・費用・提供範囲・必要な作業を訂正した書面に記載します。以前の提案書のまま発注することがないよう、版や日付を明らかにし、正式な承認を確認します。
- どの代案も顧客の必須条件を満たさない場合:「こちらも努力します」と曖昧に引き留めず、対応できない条件を伝えます。必要なら顧客が他の方法を検討できるよう、確認済みの情報と残る手続きを案内します。
- 変更理由や実現可能性がまだ確認できない場合:確定事項と未確認事項を分け、確認担当と回答時期を明示します。未確認の代案を確約せず、顧客側で判断を保留する余地を残します。
- 顧客がすでに承諾・発注している場合:「提案を撤回したから元の約束はなくなった」と扱わず、契約条件と必要な対応を社内の契約担当者・法務部門と確認し、顧客と変更方法を協議します。営業担当者だけで契約を変更したと断定しません。
顧客が不信感を示したときも、理由を伝えたら納得するはずだと決めつけません。顧客がすでに負担した社内調整の手間や、変更後の対応で困る点を聞くことも必要です。説明と代案の提示は、相手を説得し切るためではなく、正しい条件で改めて判断できるようにするために行います。
信頼を取り戻すには、その後の対応も確かめられるようにする
最初の説明を丁寧にしても、その後に回答期限を守らなかったり、修正版の条件がまた変わったりすれば、顧客は安心できないかもしれません。変更を伝えた日、取り消す書面の版、見直した理由、新しい案、社内承認の状況、顧客から出た質問、次の回答日を記録します。
また、社内では「なぜ最初の提案で必要な作業を見落としたか」を確認します。今回のようにデータ移行の条件が分からないまま納期を提示していたなら、今後は提案前に確認する項目や、見積もり時点で明示する前提を見直すことができます。これは一例であり、すべての変更が同じミスから起こるわけではありません。
Schweitzerらの実験は、信頼の回復にはその後の行動が関わり、欺きが伴う場合には回復しにくくなり得ることを示しました。しかし、謝罪・代案・記録をそろえれば必ず信頼が戻ると証明したものではありません。大切なのは、以前の提案が変わったという事実を隠さず、実行できると確認したことを約束し、その後も条件どおりに行動することです。
参考文献・出典
- Bies, R. J., & Shapiro, D. L.(1987)“Interactional Fairness Judgments: The Influence of Causal Accounts.” Social Justice Research, 1(2), 199–218. 出版社の論文要旨。管理者の好ましくない行動や決定について、理由の説明の有無と、理由の十分さによる公正さの評価を調べた3研究。
- Bies, R. J., Shapiro, D. L., & Cummings, L. L.(1988)“Causal Accounts and Managing Organizational Conflict: Is It Enough to Say It’s Not My Fault?” Communication Research, 15(4), 381–399. 出版社の論文要旨。依頼を断られた就業者121人の調査で、理由の筋の通り方と伝える際の誠実さが反応とどう関係したかの根拠。
- Schweitzer, M. E., Hershey, J. C., & Bradlow, E. T.(2006)“Promises and Lies: Restoring Violated Trust.” Organizational Behavior and Human Decision Processes, 101(1), 1–19. 出版社の論文要旨。信頼を損なう行動だけの場合と欺きを伴う場合について、その後の信頼できる行動や謝罪を経た信頼の変化を比較した実験。