ベンジャミン・フランクリン効果とは?頼み事で好意は変わるのか
少し苦手だと思っていた同僚から「この資料を一度見てもらえませんか」と頼まれ、手伝った後で、以前より相手を身近に感じることがあります。一般に「ベンジャミン・フランクリン効果」と呼ばれる考え方は、こうした「好意を受けた側」ではなく、「好意をした側」の気持ちが変わる可能性に注目します。
ベンジャミン・フランクリン効果とは、ある相手のために好意や援助を行った後、その相手への好感が高まる場合があるという考え方です。ただし、頼み事をすれば相手に好かれるという確立した法則ではありません。古典的な実験では効果が確認されていますが、好意の大きさに比例して好感が高まるとは確認されていません。一方、関連する後の研究では、直接頼まれたこと自体が好意や関係の近さを高める結果も報告されており、同じ「頼み事」でも別の心理過程を含む可能性があります。
ベンジャミン・フランクリン効果とは 意味と逸話
名称の由来は、Benjamin Franklinが自伝に記した政治上の逸話です。Franklinは、議会で自分に反対していた有力な議員が珍しい本を持っていると聞き、その本を数日貸してほしいと手紙で頼みました。相手は本を送り、Franklinは約1週間後に感謝の手紙を添えて返しました。
Franklinによると、次に議会で会ったとき、その議員はそれまでとは違って丁寧に話しかけ、その後はFranklinを助ける姿勢を見せるようになり、二人の友情は相手が亡くなるまで続きました。Franklinはこの出来事を、「一度親切をしてくれた人は、自分が親切をしてあげた人より、もう一度親切をしてくれやすい」という古い格言の例として紹介しています。Franklin『Autobiography』
ここで大切なのは、これはFranklin本人が記した一つの出来事だということです。この逸話だけから、人に頼み事をすれば好かれると証明されたわけではありません。
また、「ベンジャミン・フランクリン効果」という呼び名と、研究論文で使われる言葉は分けて考える必要があります。1969年にJeckerとLandyが発表した論文の題名は Liking a Person as a Function of Doing Him a Favour で、研究そのものは「人のために好意を行うと、その人への好感がどう変わるか」を検討しています。Jecker & Landy(1969)
返報性の原理とは向きが違う
この効果は「返報性の原理」と混同しやすいテーマです。
- 返報性:相手から好意を受けた人が、「自分も返したい」と感じる。
- ベンジャミン・フランクリン効果:相手のために好意を行った人が、その相手への好感を高める場合がある。
つまり、誰の気持ちが変わるのかが逆です。
研究で分かっていること
研究からは、人のために好意を行った後、その相手への好感が高まる例が確認されています。一方で、「大きな頼み事ほど効果が強い」「頼み事をすれば必ず好かれる」とまでは言えません。また、なぜ好感が高まるのかについても、一つの説明だけで確定していません。
好意をした人は、その相手をより好意的に評価した
JeckerとLandyは1969年、男性33人・女性41人の計74人を対象に、仕組まれた概念形成課題を使った実験を行いました。研究では、もともと中立的または否定的に評価していた相手のために好意を行うと、その後の相手への好感が、好意を行わなかった場合より高くなるかを調べました。
その結果、相手のために好意を行った後に、その相手への好感が高まるという予測は支持されました。一方、「より大きな譲歩や負担を伴う好意ほど、さらに相手を好きになる」という予測は支持されませんでした。Jecker & Landy(1969)
この研究は、Franklinの逸話と似た方向の結果を示した古典的な実験です。ただし、74人を対象とした一つの実験であり、この結果だけであらゆる人間関係や職場に一般化することはできません。
関連研究では、直接頼まれること自体で好意が高まる場合もある
Niiyaは2016年、日本と米国の参加者を対象に、頼み事をされて相手を助けた場合と、相手から直接頼まれずに助けた場合を比較しました。
日本人・米国人のどちらでも、相手本人から助けを頼まれた参加者は、その相手への好意、社交的な印象、関係の近さを実験前より高く評価しました。一方、直接頼まれずに相手を助けた場合には、同じような増加は確認されませんでした。Niiya(2016)
この研究は、JeckerとLandyの実験をそのまま再現したものではありません。Niiyaは、直接頼まれずに助けた条件では好意がほとんど増えなかったことなどから、行動を正当化する必要だけでは結果を説明できないと論じています。代わりに、本人から助けを求められることが、相手が関係を近づけようとしている合図になり、関係の評価に影響する可能性を示しています。
認知的不協和は一つの説明だが、原因と確定したわけではない
ベンジャミン・フランクリン効果は、しばしば認知的不協和で説明されます。たとえば「あまり好きではない相手をわざわざ助けた」という行動と「その相手が好きではない」という態度が食い違うため、「実はそれほど嫌いではない」と態度を変えることで不一致を小さくする、という説明です。
JeckerとLandyの1969年論文も認知的不協和研究を背景にしています。しかし、Niiyaの研究では、直接の依頼がある場合とない場合で結果が異なりました。そのため、好意をした後の態度変化を、認知的不協和だけで説明するのは慎重であるべきです。
現在確認できる研究からは、「好意を行えば誰でも好きになる」「嫌われている人に頼み事をすれば関係を改善できる」といった強い結論までは出せません。
仕事での具体例と活かし方
仕事でこの研究を参考にするなら、相手に好かれるために仕事を頼むテクニックとして使うのではなく、相手の知識や経験を尊重して、本当に必要なときに小さく助けを求めるという考え方が現実的です。
同僚には、意味のある小さな助言を頼む
説明用の例です。あまり話したことのない他部署の担当者が、ある業務に詳しいとします。そこで、人間関係を良くするためだけに仕事を押しつけるのではなく、本当に知りたい点について短く相談します。
たとえば、次のように頼めます。
「この申請フローを見直しているのですが、実際に使っている立場から、分かりにくいところを一つだけ教えてもらえませんか。」
相手が答えてくれたら、その意見を実際の検討に使い、後で「ここを直す参考になりました」と伝えます。研究が示しているのは頼み事の成功率ではなく、直接助けを求め、それに応じるというやり取りが関係の受け止め方に関わる場合があるという点です。
相手に負担を負わせることを目的にしない
1969年の研究では、好意の負担が大きいほど相手への好感がさらに高まるという予測は支持されませんでした。そのため、「大変な頼み事ほど効果がある」と考える根拠はありません。
仕事では、相手の時間や役割を確認し、断れる余地を残します。関係づくりのために不要な仕事を依頼すれば、単に負担や不満を増やす可能性があります。
助けてもらったことと、相手の評価を混同しない
自分が誰かに助けを求める側だけでなく、頼まれる側の判断にも使えます。ある同僚を手伝った後で以前より親近感を持ったとしても、それだけでその人の提案内容や能力まで高く評価すべきとは限りません。
「この人を助けたから親しみを感じている」という可能性と、「今回の提案が仕事として妥当か」は分けて確認します。人間関係への好感と、仕事上の評価基準を混ぜないことが大切です。
ベンジャミン・フランクリン効果は、「頼み事をすれば相手に好かれる」という簡単な人間関係術ではありません。古典的な実験では、相手のために好意を行った後で好感が高まる結果が確認されています。関連する後の研究では、本人から直接助けを求められること自体が好意や関係の近さを高める場合も確認されていますが、これは同じ効果の単純な再現ではありません。仕事では、相手を動かすためではなく、必要な助けを率直に求め、協力を関係づくりのきっかけとして大切にする程度に捉えるのが適切です。
参考文献・出典
- Franklin, B. The Autobiography of Benjamin Franklin. 対立していた議員から珍しい本を借り、その後の関係が変わったとFranklin自身が記した逸話。
- Jecker, J., & Landy, D. (1969). Liking a Person as a Function of Doing Him a Favour. Human Relations, 22(4), 371–378. 相手のために好意を行うことと、その後の好感の変化を検討した実験。
- Niiya, Y. (2016). Does a Favor Request Increase Liking Toward the Requester?. The Journal of Social Psychology, 156(2), 211–221. 日本と米国の参加者を対象に、直接頼まれて助ける場合と、頼まれずに助ける場合の好意・関係評価の変化を比較した研究。