ローボール・テクニックとは?承諾後の条件変更と判断の注意点
「この条件なら進められそうです」と一度合意した後で、「実は追加費用があります」「その日程ではなく早朝になります」と条件を変更されると、本来なら考え直すべきでも、そのまま進めてしまうことがあります。
ローボール・テクニックとは、魅力的な条件でいったん相手の承諾を得た後、同じ行動に必要な条件を不利に変更し、それでも承諾を維持してもらおうとする手続きです。心理学では low-ball technique または low-ball procedure と呼ばれ、1970年代から承諾行動の研究で扱われています。Cialdiniら(1978)
ただし、「先に安く見せれば売れる」という確実な販売手法ではありません。研究全体の平均効果は大きくなく、実際の小売場面で効果が確認されなかった研究もあります。また、重要な条件を意図的に隠して承諾を取ることは、相手の自由な判断や信頼を損ないます。
ローボール・テクニックとは 意味と仕組み
ローボール・テクニックの特徴は、最初に承諾した行動そのものは変えず、その行動のコストや条件を後から不利にすることです。
たとえば、あるサービスを「月額3万円」という条件で導入すると決めた後に、「実際には必須の初期費用が10万円あります」と知らされる場面を考えます。条件変更後も契約を続けるなら、最初に判断したときより負担は増えています。それでも、一度「このサービスを導入する」と決めたことが、その後の判断に関わる可能性があります。
フット・イン・ザ・ドアとの違いもここにあります。
- ローボール:最初と後で行動は同じ。後から費用・時間・条件などが不利になる。
- フット・イン・ザ・ドア:最初は小さな依頼、その後は別のより大きな依頼へ進む。
Cialdiniらの1978年の研究でも、ローボールでは最初に決めた「対象行動」へのコミットメントが重要だと考えられました。一方、その後の研究では、依頼した人へのコミットメントや、約束を撤回すると、不誠実などと思われるのを避けたい心理など、複数の心理過程が関わる可能性が示されています。Burger & Caputo(2015)
そのため、ローボールを単純に「一貫性の原理が働くから」とだけ説明するのは十分ではありません。
研究で分かっていること
古典的な実験では、最初に承諾した後で不利な条件を知らされた人のほうが、最初からその条件を知らされた人より承諾を維持しやすい結果が確認されています。一方、研究全体では効果は中程度以下で、条件によって結果が変わります。
午前7時の実験でも、先に承諾した人は参加を維持した
Cialdini、Cacioppo、Bassett、Millerは1978年、3つの実験でローボール手続きを検討しました。最初の実験では、大学の心理学入門クラスから選ばれた63人に電話し、「思考過程の実験に参加してほしい」と依頼しました。
対照条件では、依頼する前に「実験は午前7時開始」と伝えました。この条件で参加予約をしたのは29人中9人、31%でした。
ローボール条件では、最初は開始時刻を知らせずに参加意思を確認し、承諾した後で「午前7時開始」と伝え、改めて参加するかを確認しました。この条件では34人中19人、56%が参加予約をしました。さらに、実際に午前7時の実験へ来た人は、ローボール条件では34人中18人、53%、対照条件では29人中7人、24%でした。Cialdiniら(1978)
この実験では、先に参加するという意思決定をした後で不利な条件を知らされた場合に、最初から同じ条件を知らされた場合より最終的な参加が増えました。
同じ論文の後続実験では、ローボールがフット・イン・ザ・ドアとは異なることや、最初の決定が本人の自由な選択として行われた場合に効果が見られることも検討されました。著者らは、強制された決定ではなく、自分で選んだという感覚が重要だと考えています。
誰に約束したかも関係する可能性がある
BurgerとPettyは1981年、195人の大学生を対象に3つの実験を行い、ローボールが「行動そのものへのコミットメント」で起こるのか、「依頼した相手へのコミットメント」も関係するのかを調べました。
最初の小さな負担の依頼に承諾したものの、実際にはまだ行動していない参加者では、次のより負担の大きい依頼を同じ人から受けた場合に承諾が増え、別の人からの依頼では同じ結果にならない条件がありました。研究者らは、少なくとも一部のローボール効果には、最初に依頼してきた相手への未完了の義務感が関わる可能性を示しています。Burger & Petty(1981)
この結果からも、ローボールを「自分の決定を変えたくない心理」だけで説明することはできません。
実際の小売場面では効果が確認されなかった研究もある
MotesとWoodsideは1979年、80人の女性を対象に、小売場面でローボールが購買行動を増やすかをフィールド実験で調べました。店員が特価を口頭で提案し、購入の承諾を得た後、「言い間違いだった」としてより高い価格を伝える手続きを使いました。
この研究では、予測されたローボールによる購買行動の増加は確認されませんでした。Motes & Woodside(1979)
販売場面を想定して生まれた手続きであっても、実際の小売場面なら必ず効果が出るわけではありません。
メタ分析では平均効果は小さめだが、条件によって強さが変わる
Pascual、Carpenter、Guéguen、Girandolaは2016年、ローボール研究をまとめたメタ分析を行いました。17文献、23研究、44のサブグループ、合計4,733人分を分析しています。
結果は、重み付き平均相関係数が r=0.16 で、平均効果は小さめでした。ローボール条件では、対照条件より承諾が増える傾向が確認されています。また、参加者にとって最終的な依頼の負担が大きい場合や、条件変更後の最終依頼まで時間を置く場合に、効果が比較的大きい傾向がありました。Pascualら(2016)
別の2015年のメタ分析では、最初の承諾を公に表明した場合や、後から増える負担が最初より少しだけ大きい場合に効果が出やすいと整理されています。研究者らは、行動へのコミットメント、依頼者へのコミットメント、自己呈示の3つが関わる可能性を挙げています。Burger & Caputo(2015)
つまり、ローボールは研究で確認された承諾手続きではありますが、条件を変えれば誰でもそのまま承諾するような強い効果ではありません。
仕事での具体例と活かし方
仕事では、ローボールを「相手を契約に残すテクニック」として使うより、承諾後に条件が変わったとき、自分の判断を最初から見直すための注意点として理解するほうが役立ちます。
受ける側:条件変更後は「新しい提案」として判断する
説明用の例です。ある業務システムについて、月額費用、機能、導入日程を確認して「この条件なら導入したい」と伝えた後で、必須の初期費用や最低契約期間が追加されたとします。
このとき、「もう導入すると言ったから」という理由で進めず、次の順番で判断し直します。
- 最初に合意した条件と現在の条件を並べる。価格、期間、範囲、解約条件など、何が変わったかを確認します。
- 最初の承諾をいったん外す。現在の条件を最初から提示されていたとしても選ぶかを考えます。
- 代替案と比較する。他社や見送りを含め、現在の条件で改めて比較します。
- 必要なら承諾を撤回する。最初の条件への同意と、変更後の条件への同意は別の判断として扱います。
「ここまで話を進めた」「もう導入すると伝えた」という事実は、変更後の条件が妥当であることの根拠にはなりません。
提案する側:条件が変わったら、以前の承諾を引き継がない
仕事では、意図的なローボールでなくても、見積もり後に原価が変わる、納期を変更せざるを得ない、必要な作業が追加で判明するといったことがあります。
その場合は、「以前了承いただいたので、この変更も了承済みと考えます」と扱わず、変更点を明確に伝えて新しい条件への同意を取り直します。
たとえば、「当初の見積もりから必須作業が1項目増え、費用が変わります。以前のご承諾はいったん切り離して、この条件で改めてご判断ください」と伝えます。
重要な条件を最初から意図的に隠すことは、短期的に承諾を維持できたとしても、相手の信頼や自由な意思決定を損ないます。研究で効果が確認されていることと、実務で使うことが適切かどうかは別です。
会議やプロジェクトでも「前に決めたから」で続けない
ローボールに似た判断は、契約以外にも起こります。たとえば「2週間で終わる」と考えてプロジェクトを引き受けた後、必要な作業が増えて1か月かかると分かった場合です。
最初の承諾を守るかどうかではなく、現在分かっている条件で、担当する価値・負担・優先順位をもう一度評価します。これは過去の費用を惜しむサンクコストとは別で、最初の承諾後に条件が変わっていることが判断の中心です。
ローボール・テクニックは、好条件で一度承諾した後に条件が不利になっても、その承諾が維持されやすくなる場合がある手続きです。研究全体では効果は確認されていますが、平均的には大きくなく、不成立の研究もあります。仕事では、条件が変わった時点で以前の承諾をいったん外し、現在の条件を新しい提案として判断し直すことが重要です。
参考文献・出典
- Cialdini, R. B., Cacioppo, J. T., Bassett, R., & Miller, J. A. (1978). Low-Ball Procedure for Producing Compliance: Commitment then Cost. Journal of Personality and Social Psychology, 36(5), 463–476. ローボール手続きを3つの実験で検討し、フット・イン・ザ・ドアとの違いと自由な意思決定の役割を調べた古典研究。
- Burger, J. M., & Petty, R. E. (1981). The Low-Ball Compliance Technique: Task or Person Commitment?. Journal of Personality and Social Psychology, 40(3), 492–500. 行動へのコミットメントと、依頼者へのコミットメントの役割を3実験で検討した研究。
- Motes, W. H., & Woodside, A. G. (1979). Influence of Low-Balling on Buyers’ Compliance. The Journal of Psychology, 101(2), 219–221. 80人を対象とした小売場面のフィールド実験で、予測された購買行動への効果が確認されなかった研究。
- Burger, J. M., & Caputo, D. (2015). The Low-Ball Compliance Procedure: A Meta-Analysis. Social Influence, 10(4), 214–220. 公開されたローボール研究をまとめ、効果が生じやすい条件と複数の心理過程を検討したメタ分析。
- Pascual, A., Carpenter, C. J., Guéguen, N., & Girandola, F. (2016). A Meta-Analysis of the Effectiveness of the Low-Ball Compliance-Gaining Procedure. European Review of Applied Psychology, 66(5), 261–267. 23研究・4,733人をまとめ、平均効果と効果が変わる条件を検討したメタ分析。