「削るか増やすか」だけで予算を議論していない?選択肢を広げる
予算会議で「今期は費用を削るべきだ」「いや、成果を増やすために予算を上乗せしよう」と意見が分かれることがあります。どちらも大切な議論ですが、増額と削減だけを比べていると、予算の使い道や実施する範囲を変える案が検討されないまま残るかもしれません。
最初に確認したいのは「総額をいくら変えるか」ではなく、「限られた予算でどの成果を達成したいか」です。 その目的を決めたうえで、増額・削減に加え、総額を変えずに再配分する、一部の施策を小さく試す、時期を分けるといった案を並べます。どの案が妥当かは、実績・契約条件・費用・成果の見込みを確かめて判断します。
「削るか増やすか」の二択で、ほかの案が見えにくくなるのはなぜか
説明用の仮の場面です。ある会社のマーケティング部門では、展示会への出展、オンライン説明会、施策の効果測定に予算を使っています。商談につながる相談が期待より少なかったため、会議では「出展費を削って予算全体を減らす」「出展費を増やして接点を増やす」という意見が対立しました。
しかし、問題が「そもそも見込み客に会えていない」のか、「出会った相手が商談まで進まない」のかで、必要な対応は違います。後者であれば、出展予算の増減以外に、説明会の内容、対象顧客、商談への引き継ぎ方を見直す余地もあります。金額の二択だけが議題になると、何に予算を使うかという問いが後回しになる可能性があります。
問題の捉え直しと、組織の意思決定の研究
Nutt(1992)は、組織の意思決定177事例を調べ、最初の問題の扱い方を、問題を指摘する方法、特定の解決案を示す方法、達成目標から考える方法、問題の捉え方を組み直す方法などに分けて比較しました。問題の捉え方を組み直した事例では、採用状況や判断の価値、意思決定にかかった時間などで良好な結果との関連が見られました。 ただし、現実の組織の事例を調べた研究であり、問いを言い換えることだけで成果が改善するという因果関係を証明したものではありません(Nutt, 1992)。
予算会議への応用では、「展示会費を100万円削るか増やすか」だけでなく、「商談につながる相談を増やすには何を変えるか」と聞き直すことが、別案を考えるきっかけになります。これは研究を参考にした提案であり、予算会議で直接検証された方法ではありません。同じ情報でも提示の仕方が評価に関わる点は、サイト内のフレーミング効果の解説も参考になります。ただし、そこで扱う利益・損失などの表現による実験と、今回の「検討する予算案が二つに限られる」という問題は同一ではありません。
改善案を考えるとき、変更の方法にも偏りが生じる
Adamsら(2021)は、ブロック構造物を安定させる課題、ミニゴルフ場の改善案を考える課題、図形を対称にする課題を用いた8つの実験で、何かを加える変更と取り除く変更のどちらが考えられるかを調べました。参加者は有利な削除案を見落とす場合があり、削除も検討するよう手がかりを示した場合や、考え直す機会が多い場合には、その見落としが少なくなりました。考える負担が大きい条件では、削除案が見落とされやすくなりました(Adamsら, 2021)。
一方、Juvrudら(2024)は、組み立てや図形の課題を再検証し、米国・スウェーデンの成人やスウェーデンの子どもを対象に調べました。結果は一部で再現されたものの、追加と削除の選ばれ方は課題、文化、年齢によって異なり、先行研究と同じ偏りが見られない条件もありました(Juvrudら, 2024)。
この研究は予算の増額・削減を比べたものではありません。しかも今回の会議では「削る案」は最初から議題にあります。したがって「人は必ず予算を増やしたがる」とは言えません。仕事への示唆は、総額の増減が思いついても、既存の取り組みを一部やめて別の活動に振り向けるなど、変更の組み合わせまで十分に考えたとは限らないという点です。
予算額を変える前に、何を確かめるか
「増やす」「削る」のどちらが良いかを決める前に、会議で次の条件をそろえます。確認した結果によって、選ぶべき案や調査する順番が変わります。
- 達成したい成果: 展示会の来場者数を増やしたいのか、商談につながる相談件数を増やしたいのか、契約までの時間を減らしたいのかを確かめます。目的が後者なら、来場者を増やすだけの案では十分とは限りません。
- 現在の支出の内訳: 何にいくら支払い、どの費用が契約上固定され、どれが変更できるのかを調べます。キャンセル料のある出展契約や、最低発注額を下回れない契約では、机上の再配分額をそのまま動かせません。
- 成果と負担の実績: 同じ期間に、展示会や説明会から実際に何件の相談・商談が生まれたか、対応する人員の時間も含めて確認します。会場での名刺交換数と契約につながった件数は区別します。
- 守るべき条件: 法令・安全・個人情報の管理、顧客への約束、欠かせない品質確認など、費用だけを理由に省けない仕事はないでしょうか。削減案が必須の条件を満たせないなら、採用候補から外す必要があります。
- 予算の変更ができる範囲と時期: 部門間の予算移管は可能か、承認が必要か、今期中に変更できるのかを確認します。使い道の変更を認められない予算もあるため、実施可能な案だけを最終比較へ進めます。
数字がそろわない場合には、「予算を増やせば成果が出る」「削っても影響はない」と決めつけず、どの結果を測れば判断できるかを先に考えます。
総額を変えない再配分案も並べてみる
先ほどのマーケティング部門について、今後6か月の予算が合計600万円だったとします。展示会300万円、オンライン説明会200万円、効果測定100万円です。次の表は比較方法を示すための仮の金額であり、実在企業の予算や費用相場、施策の成果を表したものではありません。
| 案 | 展示会 | 説明会 | 効果測定 | 6か月の総額 |
|---|---|---|---|---|
| 現状維持 | 300万円 | 200万円 | 100万円 | 600万円 |
| 増額 | 400万円 | 200万円 | 100万円 | 700万円 |
| 削減 | 200万円 | 200万円 | 100万円 | 500万円 |
| 同額で再配分 | 220万円 | 280万円 | 100万円 | 600万円 |
増額案は、展示会に追加の100万円を使う案です。削減案は展示会を100万円縮小する案です。一方、再配分案は展示会の80万円分を説明会へ振り向け、総額を600万円に据え置きます。配分を変えるだけでも違う案になりますが、それが成果につながるかは未確認です。
例えば、展示会経由で商談に進んだ相談が多く、出展枠を増やすと効果が見込めるなら、増額案を検討する根拠になります。逆に、展示会の一部で相談がほとんど生まれず、説明会の見込み客の反応が良いと確かめられたなら、再配分が候補になります。ただし、過去の結果から次回の成果が保証されるわけではありません。説明会を増やす運営人員がいるかも確認します。
さらに、再配分する80万円をすぐに全額使わず、既存契約の変更ができる範囲で小規模な説明会を試し、次の支出を決める案も考えられます。試行に使わなかった額をどのように扱うか、支払い期限や予算繰越のルールも確認が必要です。「再配分できる」と「すぐ使える」は同じではありません。
英国財務省の『The Green Book 2026』では、公的事業の案を作る際に、現状を続ける場合、目的に必要な最低限の案、より大きな案や小さな案などを比較する考え方が示されています。事業の範囲、実施方法、進める時期、資金調達の組み合わせも検討します。これは英国の公共事業向けの指針で、民間の予算会議に特定の案数や配分を義務付けるものではありませんが、総額だけではない選択肢を出す参考になります。
複数の案を、予算会議での判断につなげる方法
以下は心理学の研究と公的な事業評価指針を参考にした実務上の提案です。この進め方で実際の企業の利益や企画成功率が上がると、研究で直接確認されたわけではありません。
- 予算の増減より先に、達成したい成果を言葉にする。 「展示会費を減らすか増やすか」ではなく「6か月間で、必要とする顧客との商談につながる相談をどう増やすか」と問い直します。どんな相談を成果に数えるか、評価する期間もそろえます。
- 据え置き・増額・削減・組み替えを一度並べる。 先ほどのように、同じ総額でも配分や実施方法を変える案をつくります。必要なら時期を分ける案も考えます。ただし、単に案を増やすためだけに実行できない候補を並べません。
- 予算の動かせる部分と、成果の根拠を確かめる。 既存契約の解除費、担当者の人手、対象顧客、過去の商談につながった件数、施策間の違いを確認します。成果の実績が不十分なら、決めた範囲で試行し、その結果を見て次の配分を考えます。
- 候補を同じ条件で評価し、結論を分ける。 半年の総額、将来発生する社内作業、相談・商談につながる見込み、重大なリスクを並べます。増額に見合う成果の根拠があれば増額を検討し、再配分の実現性と便益が確認できれば据え置きでも配分変更を検討します。どの案も目的に合わなければ、目的や実施時期から再検討します。
- 未確認事項と再判断の時期を記録する。 「次回の出展後、商談につながった件数を確認する」「次の説明会で参加後の相談を記録する」のように、何が分かったら予算を変えるのかを決めます。売上が増えた・減った結果だけで担当者の能力を決めつけないよう、当時の前提も残します。
会議では「削るか増やすか、どちらにしますか」と急いで結論を出す前に、「予算を変えずに使い道を変えるとどうなりますか」「今の支出で目的に結び付いていない部分はありますか」「何を確かめれば、増額か削減かを判断できますか」と質問すると、判断に必要な条件を整理できます。
増額も削減も、条件によっては妥当な選択です。重要なのは、二択のどちらかに決めてから理由を探すのではなく、目的を達成する別の組み合わせまで確認し、実行可能な案を比べることです。
参考文献・出典
- Nutt, P. C. (1992). Formulation Tactics and the Success of Organizational Decision Making. Decision Sciences, 23(3), 519–540. — 組織の意思決定177事例における問題設定方法と、採用・価値・時間との関連の根拠。出版社の要旨を確認。
- Adams, G. S., Converse, B. A., Hales, A. H., & Klotz, L. E. (2021). People systematically overlook subtractive changes. Nature, 592, 258–261. — 改善課題の8実験で、追加・削除の発想、手がかり、考える負担の条件による違いの根拠。出版社の原著要旨を確認。
- Juvrud, J., Myers, L., & Nyström, P. (2024). People overlook subtractive changes differently depending on age, culture, and task. Scientific Reports, 14, 1086. — 再検証で課題・文化・年齢により結果が異なり、元研究と異なる結果も確認されたことの根拠。公開原著の要旨・方法・結果を確認。
- HM Treasury (2026). The Green Book 2026. — 目標の設定、現状維持や最小案を含む複数案の検討、事業範囲・実施方法・時期の組み合わせと比較に関する英国政府の公式指針。公式HTMLを確認。