交渉で「この条件しかない」と言われたら|二択に縛られず代替案を探す
商談で取引先から「この条件しかありません。受けるか見送るかを決めてください」と言われると、提示された条件をそのまま受け入れるか、取引を諦めるかの二択に感じることがあります。しかし、相手が一つの案しか示していないことと、検討できる案が一つしかないことは同じではありません。
まず、変更できないとされる条件と、その理由を確認します。そのうえで自社の必須条件を整理し、対象範囲、開始時期、支援内容、支払方法などを組み替えられるか聞きます。ただし、技術・法令・提供体制などの事情で本当に変更できない場合もあります。そのときは無理に譲歩を求めず、別の取引先や導入延期も含めて判断します。
「この条件しかない」と聞くと、なぜ二択で考えやすくなるのか
説明用の仮の場面です。企業の購買担当者が、業務管理サービスの導入を検討しています。提供会社から「6部署で一斉に導入し、12か月契約、24時間サポート込みで年額240万円(税抜)です。これ以外のプランはありません」と伝えられました。一方、自社の初年度予算の上限は180万円(税抜)で、まず使うのは2部署だけ。担当者は「240万円で契約するか、導入を諦めるか」しかないと感じています。
ここでまだ分かっていないのは、6部署での一斉導入が技術的に必要なのか、12か月契約や24時間サポートが変更できないのか、別の商品・会社で必要な仕事を満たせるかです。相手の案を聞いた段階で選択肢が確定したと思うと、こうした確認が抜ける可能性があります。
ThompsonとHastie(1990)は、交渉者が相手の利害をどう認識し、その正確さが交渉結果とどう関係するかを2つの研究で調べました。多くの参加者は交渉前、相手が重視することは自分と完全に対立すると予想していました。しかし交渉を通して、双方が利益を得られる余地に気づく人もいました。相手の利害を正確に捉えた人ほど交渉結果が良く、相手の重視する点を早い段階で理解した人は、後から理解した人より高い利得を得ていました。Thompson・Hastie(1990)の大学公開要旨
この研究が示したのは、相手との利害はすべて対立していると思い込むと、組み合わせによる解決策を見逃し得るということです。ただし、研究は「この条件しかない」という営業文句を直接聞かせた実験ではありません。実際の商談で相手が意図的に二択へ誘導しているとも断定できません。正当な制約かどうかをまず確かめる必要があります。
本当に変えられない条件と、まだ相談できる条件を分ける
「変更できません」と言われたときは、すぐに値引きだけを求めず、その条件が必要な理由を聞きます。例えば次の4点です。
- 技術・安全・法令上の制約なのか。システムの仕様上、部分導入ができないのか。情報保護や保守上の理由で、24時間対応を外せないのか。根拠があれば、変更できない前提として扱います。
- 会社としての標準プランなのか。担当者に変更権限がないだけなのか、会社として個別契約を提供していないのかを確認します。個別対応の可否を確認できる人や、正式な相談手続きがあるかも聞きます。
- 時期・人員・供給能力の制約なのか。特定の開始時期に限って作業員が足りないなら、導入時期を変えると何が可能になるかを確認します。供給能力が限られる場合は、希望どおりの対応が実現できない可能性も残します。
- こちらの必須条件は何か。上限予算、必要な部署、最低限の支援時間、導入期限、契約上外せない条件を分けます。単に「安くしたい」ではなく、どの条件を満たせば契約を検討できるかを社内で整理します。
相手の言葉を疑ってかかるのではなく、「どの条件なら検討の余地があるか」を把握するための質問です。相手が提示した条件には合理的な理由があるかもしれず、すべてを交渉可能と決めつける必要はありません。
二択をほどいて、条件を組み替えた案を探す
先ほどの仮の商談を使い、最初の案を項目に分けます。以下は説明用に考えた代替案であり、提供会社が実際に対応できるプランや市場価格を示したものではありません。
| 検討する案 | 変更する条件 | 確かめること |
|---|---|---|
| 先方の当初案 | 6部署一斉・12か月・24時間サポート・240万円 | 予算上限を超えるため、社内で例外承認の余地があるか |
| 段階導入を相談 | 最初は2部署、残りは利用状況を見て追加 | 部分導入の技術的可否、最低利用数、変更後の総費用 |
| 支援範囲を相談 | 必要な安全・運用要件を守りながら支援時間を調整 | 自社の業務に足りるか、提供会社が範囲変更に対応できるか |
| 時期や試用を相談 | 導入開始を後ろへずらす、または限定的に試用 | 試用の提供有無、開始時期、追加費用、データ管理上の条件 |
| 交渉が成立しない場合 | 他社の同条件案、別方式、延期・見送りを比較 | 必要条件を満たすか、移行・遅延の負担、実行可能な時期 |
この表では、変更後の金額はまだ不明です。「部署を減らせば必ず180万円以下になる」とは判断できません。標準プランの価格が変わらないこともあります。部分導入や支援範囲の変更が許されるか、正式な見積もりで確かめる必要があります。
また、年額の上限を超えている場合、支払いを分割しても契約期間中の総額が下がるとは限りません。初年度の予算上限と支払い時期の制約は別々に確認します。段階導入にすると、後から追加する部署の価格や対応範囲も不明になりやすいため、追加時の条件も確認します。
こうした案を考える際には、無制限に代案を増やす必要もありません。必要条件を満たす案が見つかったか、追加調査の時間に見合うかを考える枠組みとして、限定合理性の解説も参考になります。
相手が重視することを聞き、複数の提案に組み立てる
交渉では、同じ条件を両者が同じくらい重要だと考えているとは限りません。こちらには導入費が重要でも、相手側は運用負担の予測しやすさや契約期間を重視しているかもしれません。これは推測なので、実際に何を優先しているかを聞く必要があります。
Thompson(1991)は、交渉相手の重視する点について、情報を尋ねたり伝えたりすることが結果にどう影響するかを2つの実験で調べました。両者に情報交換を求めた実験と、一方だけに尋ねる・伝えるよう求めた実験のいずれでも、相手の利害についての判断が正確になり、双方の利益をより大きく生かせる合意につながりました。一方だけが尋ねたり伝えたりした場合にも、両者の利益の合計は改善しました。Thompson(1991)の大学公開要旨
この結果は交渉課題を用いた実験のもので、企業の契約で情報を多く公開すれば必ず得になるという意味ではありません。顧客情報や自社の限界額など、開示すべきでない情報もあります。実務上は、まず「一括導入が必要な理由」「どの項目なら変更できるか」など、必要な範囲で尋ねるところから始めます。
またLeonardelliら(2019)は、提案する側にとって価値が同程度となる複数の条件案を同時に提示する方法と、単一の条件案を提示する方法を6つの実験で比較しました。複数案の提示では、提案者に有利な交渉結果、双方の利益の合計の増加、相手からの協力的な評価などが報告されています。Leonardelliら(2019)の大学公開要旨
これは提案者が最初に複数案を出した研究であり、「この条件しかない」と言われた買い手が案を増やせば、同じ効果が必ず出ると確かめたものではありません。研究を参考にした実務上の応用として、相手が条件変更に応じられるなら、価格、契約期間、導入範囲などを組み合わせた2案程度を並べ、どちらが実現しやすいか尋ねる方法が考えられます。提示する側の負担が異なる案を、研究でいう「同等価値の複数案」と同じものとして扱わないことも大切です。
説明用の仮の質問例です。
「現行プランしかない理由を確認させてください。部分導入ができない技術的な事情があるのでしょうか。それとも標準契約の運用上の決まりでしょうか。当社は初年度180万円以内と、まず2部署で始められることを重視しています。導入範囲か支援内容を調整する案、開始時期を変える案を検討できるか、社内で確認いただけますか」
相手が変更できる条件を示したら、金額だけでなく、機能、最低契約期間、保守責任、導入後の追加料金を含めた条件で再見積もりを求めます。新しい案に魅力があっても、必須条件を満たさなければ採用しません。
本当に変更できないなら、交渉を続けるか見送るかを決める
確認しても「技術上、6部署一斉でしか使えない」「標準契約から変更できない」と説明され、別の案も認められない場合があります。その場合は、無理に第三の案を作ろうとせず、今回の条件と交渉が成立しなかったときの選択肢を比べます。
- 変更後の案が実現可能で、必須条件を満たす場合:正式な見積もり、適用範囲、更新・解約条件を確認し、社内承認へ進めます。口頭での「できそうです」だけで決めません。
- 変更の余地はあるが、価格や運用条件が未確定の場合:誰が何を調べるか、回答期限を決めて持ち帰ります。必要な数字が確認できるまで、契約承諾とは分けて扱います。
- 本当に変更できず、自社の必須条件も満たせない場合:他社、別方式、導入延期などを、費用・時期・品質の条件で比較します。代わりの方法にも負担があるので、見送れば必ず得をするというわけではありません。
- 変更できないが、自社の条件を満たし、代案より妥当な場合:最初の案を受け入れる判断もできます。「二択だと言われたから悪い提案」とは限りません。
「この条件しかない」は、必ずしも相手の策略ではなく、現在の提供体制を伝えた説明かもしれません。だからこそ、まず制約の理由を聞き、交渉できる項目と自社に必要な条件を整理します。二択をそのまま受け入れるのでも、存在しない代案を期待するのでもなく、確認した事実から選択肢を増やせるか判断することが大切です。
参考文献・出典
- Thompson, L., & Hastie, R.(1990)“Social Perception in Negotiation.” Organizational Behavior and Human Decision Processes, 47(1), 98–123. Kellogg School of Managementの論文情報・要旨。2研究における相手の利害の認識、交渉中の理解の変化、合意結果との関係の根拠。
- Thompson, L. L.(1991)“Information Exchange in Negotiation.” Journal of Experimental Social Psychology, 27(2), 161–179. Kellogg School of Managementの論文情報・要旨。相手の重視事項について情報を尋ねる・伝えるよう指示した2実験と、理解の正確さ・双方の結果の根拠。
- Leonardelli, G. J., Gu, J., McRuer, G., Medvec, V. H., & Galinsky, A. D.(2019)“Multiple Equivalent Simultaneous Offers (MESOs) Reduce the Negotiator Dilemma: How a Choice of First Offers Increases Economic and Relational Outcomes.” Organizational Behavior and Human Decision Processes, 152, 64–83. Monash Universityの論文情報・要旨。提案者にとって価値が同程度の複数の初回提案と単一案を比較した6実験の根拠。