歩合目標のために無理な受注をしていない?営業で利益と継続性を見る
歩合給や月間の営業目標を意識すると、「あと1件で達成できる」と思う商談ほど、値引きや追加対応を引き受けたくなることがあります。しかし、受注額が増えても、その案件に必要な費用が大きければ利益は残りません。顧客に合わない条件で契約すれば、納品後の負担や継続の難しさにもつながりかねません。
無理な受注を避けるには、目標まであといくらかと、この案件を受けたときに利益が残り、約束を継続して守れるかを分けて判断します。歩合制そのものを否定する必要はありません。商談の最中でも、値引き後の採算、実行できる提供範囲、顧客が必要とする内容、社内で認められた条件を確認することが大切です。
目標達成が目前になると、商談のどこに注意が向くのか
説明用の仮の場面です。ある営業担当者は月末を迎え、売上目標まであと80万円です。取引先から「予算に収まるなら契約したい」と言われ、値引き後の受注額は100万円になりそうです。ただし、契約後に必要な初期設定や個別サポートの範囲は、まだ正確に見積もれていません。
この場面では、「100万円の受注で目標を達成できる」という分かりやすい数字に目が向く一方、納品後に使う人員や、顧客との約束を続けられるかが後回しになるかもしれません。ただし、目標達成を重視することだけで、担当者が不誠実だとは判断できません。数値目標は営業の努力を後押しする面もあります。
Schweitzer・Ordóñez・Douma(2004)は、営業ではなく実験室での課題を用い、具体的な目標を課された人と「できるだけ良く取り組む」よう求められた人を比較しました。目標に届かなかった条件では、実績を正しく報告しない行動が増え、とくに目標まであと少しだった場合に強く見られました。金銭的な誘因がない目標条件でも、同じ方向の結果が報告されています。これは目標までの距離が行動に関わり得ることを示す研究ですが、営業担当者が値引きする理由や、実際の商談で不適切な受注が増えることを直接示したものではありません。Schweitzerら(2004)の研究要旨
営業現場を調べた研究では、Chung・Narayandas・Chang(2021)が、スウェーデンの小売チェーンで販売目標の設定頻度を変える実地実験を行っています。月ごとの目標から、より短い間隔で達成を求める方式に変えたところ、もともと成績が低かった営業担当者の販売成績は改善した一方、成績が高かった担当者は低価格の商品に重点を移し、販売成績が下がりました。結果として、この企業の利益も下がったと報告されています。目標の設け方によって、努力の量だけでなく、何を売ることに力を使うかが変わった事例です。企業や商品が違えば同じ結果になるとは限りません。Chungら(2021)の論文要旨
一方で、Jindal・Newberry(2022)は、営業担当者が冷蔵庫の販売価格を交渉する小売店の取引記録を分析しました。月末最終週では、売上目標までの距離が10%近い担当者ほど、交渉による値引きが約3.8%大きいという関係が見られました。ただし、著者らの推計モデルでは、目標制度をなくすと、販売努力も減り、店舗利益は約8%下がる結果になりました。値引きだけを見て「目標制度は利益を損なう」と結論付けられないことも重要です。Jindal・Newberry(2022)の論文要旨
以上の研究を、歩合給の商談にそのまま当てはめることはできません。それでも、売上目標に注意が集まっているときほど、受注額とは別の判断材料を意識して確かめる理由になります。
受注する前に、利益と継続性をどう確かめるか
ここからは研究でそのまま検証された手順ではなく、上記の知見を参考にした実務上の確認方法です。「売れそうか」に加え、次の4点をそろえて検討します。
- 値引き後の金額と、その案件にかかる費用。見積額ではなく、実際に請求する金額を基準にします。仕入れ・外注費、初期設定、導入支援、保守など、受注によって発生する費用を同じ対象期間で確認します。追加の歩合支払いなど、案件によって変わる費用があるなら、その扱いも社内の計算基準に合わせます。利益がほとんど残らないなら、値引きや提供範囲を見直す判断につながります。
- 約束する作業を実行できるか。「今回だけ無償対応」「納期を短縮」などの条件には、担当部署の工数や受入可能な範囲を確かめます。顧客の希望に沿っていても、実行する人が確保できなければ、受注後に予定外の費用やトラブルが生じる可能性があります。
- 顧客が必要としている内容と、継続の前提。契約後に実際に使う機能、導入体制、更新条件、追加費用の負担を確認します。「いずれ更新してもらえるから初回の赤字は回収できる」と考える場合は、更新が確定しているのか、見通しにすぎないのかを分けます。継続の見込みだけで今の負担を埋め合わせたことにはなりません。
- 値引き・例外対応の承認と、歩合の計算条件。受注時点で歩合が付くのか、入金・検収・解約によって扱いが変わるのかを確認します。また、大幅な値引きや特別な提供条件について、誰が承認する決まりなのかを確かめます。目標の未達が心配でも、担当者一人で承諾できる範囲を超えて約束しないことが必要です。
同じ100万円の受注でも、利益は違う
次は計算の考え方を示すための仮の数字です。相場や実際の企業の実績ではありません。
| 確認する項目 | ケースA | ケースB |
|---|---|---|
| 値引き後の受注額 | 100万円 | 100万円 |
| 仕入れ・外注などの費用 | 70万円 | 70万円 |
| 導入・追加サポートの見込費用 | 15万円 | 35万円 |
| 受注額から上記費用を引いた差額 | 15万円 | -5万円 |
両方とも営業の受注額としては100万円です。しかし、提供するサービスの範囲や必要工数が違えば、案件単位の差額は変わります。これは関係する費用だけを引いた簡単な試算であり、会社全体の固定費や税金を含む最終利益を示すものではありません。実際には社内で使う利益計算方法で確認します。
ケースBなら、追加サポートを必要な有償契約として分けられるか、提供範囲を調整できるか、値引き前の価格を再提案できるかを考えます。それでも赤字が残る場合は、将来の更新や紹介を期待して受けるのか、見送るのかを、判断権限のある人と検討します。
戦略的に初回の利益を抑えて契約する判断が、常に間違いというわけではありません。ただしその場合も、将来の売上を確定した収入のように扱わず、初回の損失額、回収に必要な条件、想定が外れたときの対応を明らかにして承認を受けます。
商談中は、値引きより先に提供条件を話し合う
目標達成への焦りを感じたときは、すぐに値下げを提案する前に、顧客の希望のうち譲れない点を聞きます。たとえば「ご予算を優先する場合、導入時に必ず必要な作業はどこまででしょうか。開始後の個別サポートは別契約でも問題ないでしょうか」と確認すれば、単純な値引き以外の案を検討できます。
社内では、受注の可能性だけでなく、判断の分かれ目を具体的に伝えます。次も説明用の仮の報告例です。
「この案件を受注すると今月の売上目標は達成できます。ただし、現状の100万円という条件では、導入・追加対応まで含めた案件の試算が5万円の赤字です。追加対応を別契約にするか、提供範囲を調整した案を先方に提示したいと考えています。例外的に受ける場合は、赤字を認める理由と承認を確認したいです」
先方が条件変更を受け入れるとは限りません。相手に必要な作業を一方的に削ったり、後で追加費用を伝えたりせず、価格・作業範囲・開始時期をセットで説明します。必要な条件がそろわなければ、受注を見送ることも選択肢です。
受注後は、売上だけでなく実際の負担を振り返る
この判断がよかったかを振り返るときも、受注件数だけでは分かりません。商談時の見積と、導入後にかかった費用・作業時間を比較します。継続型の取引なら、利用状況や更新・解約の理由も、確認できた範囲で記録します。
案件を複数まとめて、値引きの大きさ、受注時の利益見込みと実績の差、追加対応の発生、顧客が約束した利用条件を満たせたかを比べると、見積方法や承認基準を見直す材料になります。ただし、歩合目標に近かった案件で利益が低かったとしても、その事実だけで「歩合目標が原因」とは断定できません。顧客の要件や案件規模、価格の競争環境なども確認します。
大切なのは、目標達成をあきらめることではなく、目標を追うときにも別の物差しを残すことです。受注額、案件の利益、提供できる約束を分けて見れば、営業担当者も上司も、目先の数字と継続できる取引を同じ場で検討しやすくなります。
参考文献・出典
- Schweitzer, M. E., Ordóñez, L., & Douma, B.(2004)“Goal Setting as a Motivator of Unethical Behavior.” Academy of Management Journal, 47(3), 422–432. 大学の論文情報・要旨。実験室での目標設定と実績の不正確な報告、目標までの距離に関する結果の根拠。
- Chung, D. J., Narayandas, D., & Chang, D.(2021)“The Effects of Quota Frequency: Sales Performance and Product Focus.” Management Science, 67(4), 2151–2170. 出版社の論文情報・要旨。スウェーデンの小売企業で目標の設定頻度を変え、販売実績と商品への注力に違いが生じた実地実験の根拠。
- Jindal, P., & Newberry, P.(2022、オンライン先行公開2021)“The Profitability of Revenue-Based Quotas Under Price Negotiation.” Management Science, 68(2), 917–940. 出版社の論文情報・要旨。月間の売上目標への近さと値引きとの関係、目標制度を外した場合の利益のモデル推計の根拠。