値上げより特典の終了に反発が出るとき|顧客が失うものを整理する
月額料金を少し上げたときよりも、無料配送や優先予約などの特典を終了したときのほうが、顧客から強い不満が寄せられることがあります。マーケティング担当者は「値段は据え置いたのに、なぜ」と戸惑うかもしれません。
ただし、特典の終了が必ず値上げより強い反発を生むわけではありません。判断の出発点は、顧客がそれまで受け取っていた何を失うのかを、金額・使い勝手・期待していた条件に分けることです。そのうえで、誰にどれほど影響があり、何を説明・調整する必要があるかを考えます。
特典の終了は、なぜ「使えていたものを失う」と受け止められるのか
たとえば、ある定額サービスが会員向けの優先予約特典を終了するとします。これは説明のための仮の例です。普段から優先予約を使っていた顧客にとっては、会費が変わらなくても、予約の取りやすさが失われます。一方、その特典を利用したことのない顧客には、実際の不便がほとんどないかもしれません。
人は変化を判断するとき、現在の料金や提供内容など、慣れ親しんだ状態を基準にすることがあります。基準から何かが減ることを重く評価する傾向は損失回避と呼ばれます。詳しい仕組みは損失回避と判断の基準を説明した記事でも確認できます。
ただし、「顧客は同額の値上げより特典の廃止を必ず嫌う」という実験結果があるわけではありません。特典には金銭的価値のほか、手間の削減や会員としての扱いなどもあるため、何を比較しているのかを確かめる必要があります。
値引き終了後の反応は、購入習慣によって異なった
KahnとLouie(1990)は、購入を模したコンピューター上の課題から実際の商品利用を含む、3つの実験で、店頭の値引き販売が終了した後のブランド選択を調べました。論文の要旨によると、値引きするブランドが一つで、直前に買ったブランドを繰り返し選びやすい参加者では、値引き終了後にそのブランドを選ぶ確率が値引き前より下がりました。一方、普段からブランドを切り替える参加者や、複数ブランドが値引きされる条件では、その低下は弱まるか、確認されませんでした。
これは期間限定の価格プロモーションを扱った研究であり、会員特典の廃止と通常の値上げを直接比較したものではありません。それでも「いったん得られた条件がなくなれば、誰でも同じ反応をする」とは限らない点は、特典終了の検討にも参考になります。
失う特典の種類によっても受け止め方が違った
ShinとCasidy(2021)は、ホテルの会員制度を題材に3つの実験を行い、貯めたポイントの失効と会員ランクの降格などを比較しました。大学が公開する研究概要では、ポイント失効の条件で、ランク降格の条件よりも怒りと問題の深刻さの評価が高かったと報告されています。
また、Study 2の実験では、架空のホテルでポイント失効と会員ランク降格を告げられる場面を、参加者196人に提示しました。そのうち、ポイントを1年間延長する条件では、ランクを1年間延長する条件よりも不公平感が低くなりました。一方、今後の支出や利用頻度を減らすなどの利用減少意向については、両条件に統計的に有意な差は確認されませんでした。これは両条件の効果が同等だと証明されたという意味ではありません。調べたのは今後の利用意向であり、実際の利用行動ではありません。不公平感が和らいでも実際の利用が維持されるとは限らず、利用回数や継続状況は別途確認する必要があります。
さらに、Kahneman・Knetsch・Thaler(1986)の価格や賃金の公平さに関する電話調査では、利益が脅かされる状況での値上げと、需要の増加を利用した値上げでは、公平さの評価が異なりました(研究概要)。この研究も特典廃止を直接調べたものではありませんが、変更の理由や従来の取引条件が受け止め方に関わる可能性を考える材料になります。
終了を決める前に、顧客が失うものを確かめる
反発の大きさだけを見て「顧客は変化を嫌う」と片付けず、次の情報を分けて確認します。
- 実際に使っていたもの:配送無料の利用回数、保有ポイント、優先枠の予約件数などを確かめます。利用していた人には負担が生じ、使っていなかった人には主に期待や印象の変化が生じる可能性があります。
- いつまで使えると思っていたか:申込時の案内、会員規約、更新時の説明、過去の告知を確認します。終了日が明示された期間限定特典と、継続的な会員特典として紹介してきたものでは、顧客の期待が異なりえます。
- 終了後に何が変わるか:追加で支払う金額だけでなく、手続きの増加、利用可能な時間帯、相談の優先順位などを確認します。「月額料金は同じ」という説明だけでは不足する場合があります。
- 誰に変更が集中するか:利用頻度の高い人、ポイントを多く保有する人、特典を理由に契約した人などを区別します。顧客全体の平均利用回数だけでは、影響の大きい人を見落とすことがあります。
併せて、終了する理由が費用増加、提供体制の変更、利用状況の変化のどれに当たるのかを整理します。法律や契約上の取り扱い、告知期限、すでに付与した特典の権利については、心理学とは別に確認が必要です。
失う内容に合わせて、終了方法と説明を決める
次の表は研究で効果が保証された対策一覧ではなく、確認した知見を参考にした実務上の整理例です。
| 終了する特典 | 顧客側で変わること | 確認する情報 | 検討する対応 |
|---|---|---|---|
| 無料配送 | 注文ごとの送料や注文方法 | 利用回数・注文額・新たな送料負担 | 一部条件の継続や代替配送方法を比較 |
| ポイント特典 | 蓄積したポイントの利用機会 | 残高・付与時の条件・失効予定日 | 既存ポイントの扱いや利用猶予を確認 |
| 優先予約・サポート | 予約のしやすさや対応までの時間 | 利用者・利用頻度・通常枠への影響 | 移行期間や別の利用方法を検討 |
| 期間限定クーポン | 次回から受けられない割引 | 開始時に示した期限・利用条件 | 予定された終了日と適用範囲を明確に案内 |
たとえば無料配送の終了を決める場合、次の順番で整理できます。
- 変更前後を同じ条件で示す。「従来は月に何回無料だったか」「今後は一回当たりいくらかかるか」を利用例とともに示します。月額料金の増減と比べる場合は、同じ利用回数・同じ期間で総負担を計算します。
- 影響の大きい顧客を先に把握する。頻繁に利用する人とほとんど利用しない人を分け、必要であれば利用状況を尋ねます。企業側が想定する特典の価値を、そのまま顧客全員の価値と見なさないようにします。
- 終了理由と代替策を検討する。必要な変更なのか、一部の条件を残せるのか、移行期間を設けられるのかを費用と契約条件に照らして判断します。代替特典を付けても、失った便益と同じ価値と受け取られるとは限りません。
- 告知後の反応を種類別に確認する。問い合わせの理由、利用頻度、解約や継続の状況を、変更前の同じ期間などと比べます。時期や他の施策も変わっていれば、反応のすべてを特典終了の効果と決めつけません。
案内文でも「料金は変わりません」とだけ強調するより、何が使えなくなるかを先に明示するほうが、顧客が変更内容を判断できます。たとえば、次は仮の案内例です。
「これまで会員向けに提供していた月1回の無料配送は、11月30日で終了します。12月1日以降の注文には、所定の配送料がかかります。対象となる注文、送料の確認方法、利用できる配送方法は、こちらのご案内で確認できます。」
実際の告知では、対象となる会員や注文、変更後の費用、契約上の必要事項を正確に記載します。反発を抑える表現を探す前に、顧客が失う内容を隠さず、比較できる情報をそろえることが大切です。
参考文献・出典
- Kahn, B. E., & Louie, T. A. (1990). Effects of Retraction of Price Promotions on Brand Choice Behavior for Variety-Seeking and Last-Purchase-Loyal Consumers. Journal of Marketing Research, 27(3), 279–289. 3つの実験で、値引き終了後のブランド選択が購買習慣や他ブランドの値引き状況で異なることの根拠。
- Shin, H., & Casidy, R. (2021). Use it or lose it: point expiration and status demotion. Journal of Services Marketing, 35(8), 1013–1027. 架空のホテルを用いた3つの実験の根拠。利用減少の指標は実際の利用履歴ではなく、将来の利用を減らす意向への回答(原著Study 2・Table 1を確認)。
- Kahneman, D., Knetsch, J. L., & Thaler, R. H. (1986). Fairness as a Constraint on Profit Seeking: Entitlements in the Market. American Economic Review, 76(4), 728–741. 価格変更への公平さの評価が、変更理由などによって異なることの根拠。