将来の成長より目先の仕事を優先する部下へ|育成目標をどう話すか
部下に「来期に向けて新しい仕事を覚えてほしい」と伝えても、「今は目の前の案件で手いっぱいです」と返ってくることがあります。上司は、将来を考えていないように感じるかもしれません。
このとき、成長の大切さを繰り返し説くだけでは、育成目標は具体化しません。先に現在の仕事量と優先順位を確かめ、本人が身につけたい技能と仕事上の必要性をすり合わせて、今の業務の中で試せる学習行動を一緒に決めることが出発点です。学ぶ時間を確保できないなら、上司も仕事の配分を調整します。
目先の業務が育成より優先されるとき、何が起きているのか
たとえば、顧客対応と月末報告を担当する部下に、上司が「提案力を伸ばしてほしい」と言ったとします。部下は必要性を理解していても、今日の問い合わせには返答期限がある一方、「提案力を伸ばす」には着手する時刻も具体的なやり方もありません。これは説明用の仮の場面です。
こうした選択には、期限に注意が向く心理と、仕事の実際の制約の両方が関係し得ます。納期を守らなければ顧客に影響が出るなら、目先の業務を優先すること自体は合理的です。上司がその業務を指示している場合、本人の意欲だけで解決する問題でもありません。
「締切が近い」というだけで選びたくなる場合がある
Zhu、Yang、Hsee(2018)は5つの実験で、課題の重要性と緊急性を区別して調べました。研究の要旨によると、客観的には報酬の大きい課題が別にあっても、報酬の小さい課題に「まもなく取り組めなくなる」という見かけ上の緊急性が付くと、そちらを選びやすい結果が見られました。研究者らはこれを、緊急性そのものに引きつけられる傾向として説明しています。
ただし、実験で比較されたのは主に報酬と課題の期限条件です。実際の職場での急な顧客対応や、長期的な育成目標を直接比較した実験ではありません。部下が納期のある仕事を優先しただけで、心理的な偏りが原因だと判断することはできません。将来の利益と現在の負担の捉え方については、現在バイアスの解説も参考になります。
技能を学ぶ場面では、「成果を出す」だけが目標ではない
Seijts、Latham、Tasa、Latham(2004)は、複雑なビジネス・シミュレーションで、具体的な学習目標、具体的な成果目標、あいまいな目標などを比較しました。論文の要旨では、具体的な学習目標がある条件のほうが、成果目標やあいまいな目標の条件よりも課題成績が高かったと報告されています。自信と情報探索が、その関係を説明する要素として分析されました。
ここでの学習目標は、まだ分からない仕事を進めるための方法や手がかりを探すことに焦点を当てた目標です。たとえば、提案書を初めて作る人に「今月中に成約を増やす」とだけ求めるのと、「顧客の課題を聞き分ける質問を三つ考え、試して振り返る」と決めるのでは、注意を向ける行動が異なります。後者は実務への応用として考えた仮の例で、研究でその質問数や商談成果を検証したわけではありません。また、シミュレーションの結果をあらゆる業務や熟練者に当てはめることもできません。
本人が納得した目標と、実行の機会を分けて考える
Slempら(2018)は、職場の72研究、合計32,870人を含む結果を統合しました。研究の要旨では、上司が意見や選択を尊重する関わり方と、部下の自分で納得して仕事に取り組む意欲との間に、正の関連が報告されています。一方、外からの圧力に従う動機づけとは関連が確認されませんでした。多くの研究を統合した関連の結果であり、面談で希望を聞けば必ず意欲や成果が上がるという因果関係を示すものではありません。
目標に納得していても、いつ取りかかるかが曖昧なら後回しになることがあります。GollwitzerとBrandstätter(1997)は、困難な目標について、いつ・どんな場面で行動するかを具体的に決めることを検討しました。研究情報によると、同じ困難な目標を与えた実験では、実行場面の計画を立てた参加者の目標達成に有利な結果があり、別の実験では予定した機会に行動を始めやすくなりました。ただし、仕事量が過大な職場で予定だけ決めれば学習が進む、という結果ではありません。
育成目標を話す前に、何を確かめるか
「成長への意欲が弱い」と評価する前に、本人の言葉と業務の記録を合わせ、次の違いを確認します。
| 確かめること | 聞き方・見るもの | 分かったときの判断 |
|---|---|---|
| 今の仕事に余地があるか | 案件の期限、割り込み対応、残業、上司からの依頼を確認する | 時間が足りないなら、新しい学習課題を足す前に仕事を減らすか期限を変える |
| どんな仕事ができるようになりたいか | 「次に一人で担当したい仕事はありますか」と聞く | 本人の希望と上司の期待が違うなら、技能目標を押し付けず調整する |
| 何が分からず、何ができているか | 最近の成果物や困った案件から、具体的な手順・判断を確かめる | 技能不足なら練習と助言を、機会不足なら試せる仕事を用意する |
| 学習が仕事の評価と矛盾していないか | 短期の処理件数だけを評価していないか、育成時間を誰が認めるか確認する | 目先の成果しか認められないなら、上司側の優先順位と評価の説明を見直す |
本人が学ぶ意味を理解していない場合と、意味は理解していても期限のある仕事を抱えている場合では、必要な対応が異なります。また、本人が希望する専門分野と部署で必要な技能が一致しないこともあります。育成目標は本人の希望をすべてそのまま採用することではありませんが、食い違いを確認せず合意済みとして扱うことも避けます。
将来の成長を、今できる行動に変える面談の進め方
以下は研究の知見を参考に組み立てた実務上の提案です。この面談の手順全体が、部下の育成成果を改善すると直接検証されたわけではありません。
- まず今の仕事の優先順位を認める。「今週は顧客対応が最優先ですね」と確認し、学習のために後回しにできる作業や、上司が引き取れる作業があるか話します。重要な納期や安全に関わる確認を無理に削りません。
- 将来の役割を具体的な仕事として話す。「もっと成長して」ではなく、「来期は顧客の課題整理から改善案の初稿まで担当できるようにしたい」と提案し、本人がその役割を望むか、別の方向を考えているか聞きます。
- 成果目標と学習目標を分ける。「改善案を採用してもらう」は結果に左右されます。一方、「過去の案件を使い、根拠の異なる改善案を二つ比較して先輩に説明する」は練習する行動です。新しい技能を学ぶ段階では、後者のような課題を選択肢にします。
- 着手する場面と上司の支援を決める。「木曜の定例報告が終わったら、確保した30分で改善案の仮説を一つ書く」のように、始める条件を決めます。その時間に緊急案件が入ることが多いなら、代理担当や振替日も上司と合意します。
- 短い期間で見直す。まず次の2週間など、業務に合わせた試行期間を決めます。できたかだけでなく、何を試し、どこで迷い、時間が取れなかった理由は何かを振り返り、課題の難しさや仕事の配分を修正します。
「今は目先の仕事で忙しい」と言われたときの会話例
次は、月末報告を担当する部下との仮の会話です。
上司:「今は顧客対応と月末の報告が重なっていますね。育成の話をする前に、今週の仕事で動かせない期限を整理したいです。」
部下:「新しいことを勉強する必要は感じていますが、今は時間が取れません。」
上司:「分かりました。来期、報告だけでなく改善案も考えられるようになることは、あなたの希望にも合っていますか。別に伸ばしたい力があれば聞かせてください。」
部下:「数字の理由を説明できるようにはなりたいです。ただ、独学だと何から始めるか分かりません。」
上司:「では次回の報告で、前月との差が大きい項目を一つ選び、理由の仮説を考えるところから始めませんか。確認する資料は私が紹介します。作業時間は一緒に確保し、案件が重なったら優先順位を調整します。」
このやり取りは、上司の希望だけを押し通すのでも、本人に全部任せるのでもありません。目指す仕事に本人が納得しているか、今の仕事から何を練習できるか、時間と支援を誰が用意するかを一つずつ合意するための例です。
振り返りでは、達成の有無だけでなく次の条件を確かめる
たとえば2週間後、改善案の仮説が一つも書けなかったとしても、それだけで「成長意欲がない」とは判断できません。緊急案件で決めた時間が消えたのか、資料の読み方が分からなかったのか、本人が目標に納得していなかったのかを分けて確認します。時間の問題なら担当を調整し、知識の問題なら見本や助言を増やし、目標自体がずれていれば方向を話し直します。
逆に、最初の練習ができた場合も、すぐに独り立ちできると評価せず、別の案件でも手がかりを使えるかを見ます。短期の業務成果と、これから身につける技能は別々に記録すると、現在の仕事の責任を守りながら育成の進み方を話し合いやすくなります。
参考文献・出典
- Zhu, M., Yang, Y., & Hsee, C. K. (2018). The Mere Urgency Effect. Journal of Consumer Research, 45(3), 673–690. 5つの実験で、見かけ上の緊急性が課題選択に関わることを示した研究。出版社の要旨を確認。
- Seijts, G. H., Latham, G. P., Tasa, K., & Latham, B. W. (2004). Goal Setting and Goal Orientation: An Integration of Two Different Yet Related Literatures. Academy of Management Journal, 47(2), 227–239. 複雑なビジネス・シミュレーションでの学習目標、成果目標、あいまいな目標の比較。出版社の要旨を確認。
- Slemp, G. R., Kern, M. L., Patrick, K. J., & Ryan, R. M. (2018). Leader autonomy support in the workplace: A meta-analytic review. Motivation and Emotion, 42, 706–724. 上司による自主性への支援と意欲などの関連を調べた72研究のメタ分析。公開要旨を確認。
- Gollwitzer, P. M., & Brandstätter, V. (1997). Implementation Intentions and Effective Goal Pursuit. Journal of Personality and Social Psychology, 73(1), 186–199. 実行する場面を具体的に決める計画と、困難な目標の遂行・行動開始との関係についての研究。著者所属機関の資料と論文要旨を確認。