一人の問題社員への対策を全員に適用してよい?ルールの対象を考える

採用・評価・人材育成
Psychology Laws 編集部

一人の社員が確認を省いて問題を起こしたため、「これからは全社員、同じ作業をする前に必ず上司の承認を受けること」と決めようとしていませんか。再発を防ぎたいのは当然ですが、その対策が本当に全員に必要なのかは、別に確かめる必要があります。

一人の問題をきっかけに、全員のルールを変更することが常に適切とは限りません。まず、何が起きたか、同じ問題がほかの人にも起こり得る仕組みなのか、どこまで影響するのかを調べます。そのうえで、本人への個別対応、同じ業務をする人に共通する対策、全社的なルールを比べ、必要な範囲で対策します。安全や法令上の重大な危険が共通しているなら、一件しか起きていなくても広い対策が必要な場合があります。

一人の問題から、全員のルールを厳しくしたくなるのはなぜか

大きなミスやトラブルが起きると、その出来事が強く記憶に残ります。「ほかの社員も同じことをするかもしれない」という不安から、同じ問題がどのくらい起きているのか、誰が同じ条件に置かれているのかを調べる前に、全員を対象にした対策を考えることがあります。

TverskyとKahneman(1973)は、出来事の頻度や起こる確率を判断するとき、関連する例を思い出しやすいかどうかを手がかりにすることを研究しました。単語の種類や組み合わせ、繰り返された出来事などを使った課題で、思い出しやすさが実際の頻度とは別の要因にも左右され、頻度判断に偏りが生じることを示しました。こうした傾向は「利用可能性ヒューリスティック」と呼ばれます。仕組みの詳しい説明は利用可能性ヒューリスティックの解説でも確認できます。

ただし、この研究は一人の社員の問題を受けて会社がルールを改める場面を直接調べたものではありません。また、強く印象に残る問題が、現実に重大な危険を知らせている場合もあります。重要なのは、「忘れられない出来事」「何度も起きている出来事」「一度でも重大な影響がある出来事」を同じものとして扱わないことです。

行動の原因をどこに求めるかも関係します。Kelley(1973)は、原因を考える際、同じ条件でほかの人もそうなるか、本人が別の状況でも同じ行動を取るか、同じ状況で繰り返し起きるかといった比較情報を重視する考え方を整理しました。これは因果帰属についての理論的な整理であり、この質問を使えば原因が自動的に確定するという実験結果ではありません。

例えば、本人だけが特定の手順を無視したのか、誰が作業しても古い書式を間違えやすいのかで、必要な対策は異なります。「本人に問題がある」「全員が危ない」のどちらかを先に決めず、比較できる事実を調べます。こうした原因の確かめ方は因果帰属バイアスの解説にも関係します。

ルールが公平に受け止められるかは、全員に同じ負担をかけるかどうかだけでは決まりません。ColquittとJackson(2006)は、仮の職場場面を示す二つの研究で、公平さを判断する基準が個人単位の場面とチーム単位の場面、またチームの構成によって変わるかを調べました。チームを扱う場面では、均等な扱い、手続きの一貫性、意思決定への関与がより重視されました。また、小さなチームでは情報の正確さ、多様な人で構成されるチームでは一貫性や偏りのない扱いが相対的に重視されました。

これは仮想場面で何を公平と感じるかを調べた研究で、全社員へ厳しい規則を導入した場合の効果を直接測ったものではありません。共通のルールが必要な業務では、同じ状況に同じ基準を使うことは重要です。しかし、仕事の条件が異なる人にまで、根拠なく同じ制限を増やすことが公平だと証明されたわけではありません。

さらに、Lind、Kanfer、Earley(1990)は、大学生179人に目標設定の課題を行ってもらい、決定前に意見を言える場合、決定後に言える場合、言えない場合を比べました。意見を述べられる条件は、述べられない条件より公平だと評価され、決定前に意見を言える場合の方が決定後より公平さの評価が高くなりました。課題に関連する情報が示された場合も、公平さの評価は高くなりました。

この研究も実際の会社の規則変更を調べたものではありません。ただ、対象者の仕事の事情を決定前に聞き、必要な情報を共有することを考える根拠にはなります。以下は、こうした心理学の知見を参考にした職場での確認方法です。

全員に適用する前に、問題の範囲をどう確かめるか

最初に「問題社員だから」「全社員が同じことをするかもしれない」といった人物への評価を脇に置き、実際に起きた行動と、問題が起き得る仕事の条件を確かめます。特に次の材料が、対策の範囲を決める分かれ目になります。

確かめること 見る事実・質問 対策の対象へのつながり
問題の具体的な行動 何を、いつ、どの手順で行い、どの確認を省いたか。意図・権限・事実を調査できているか 本人の行動への対応と、手順や制度の欠陥への対応を分ける
同じ条件に置かれる人 同じ権限・画面・資料・担当業務を使うのは誰か。別部署にも同じ危険があるか 特定の担当者、同じ作業の担当者、全社員のどこまで対象が必要かを見極める
発生状況と比較材料 対象期間内の案件・作業総数、類似事例、未報告の問題をどう把握したか 一件の印象を頻度に置き換えず、発生の広がりを調べる。報告されない事例の可能性も残す
一度起きたときの影響 安全、法令、個人情報、契約、顧客の利益にどの程度の影響があるか 重大な危険が共通していれば、一件でも広い予防策や緊急の対処を検討する
新しいルールの負担 承認待ち、追加記録、作業の停止、相談の増加などが誰にどれだけ生じるか 守るべき目的に比べて範囲が広すぎないか、別の方法で防げないかを比べる
会社での決定手続き 既存の就業規則や業務規程、労務・情報管理などの担当権限、対象社員への説明 個別指導と正式なルール変更を区別し、必要な確認・承認・周知を行う

対策の幅は、おおむね次のように分かれます。これは全員に当てはまる法的な分類ではなく、仕事上の判断を整理するための比較です。

調査で分かった状態 検討する対策の範囲 追加で確かめること
特定の人が、周知された手順を個別に守らなかった 当人への事実確認・指導と、必要に応じた既定の人事・労務手続き 手順を守れる環境だったか、同じ危険がほかの人にもないか
同じ作業をする人が、共通の画面や書式で間違えやすい 当該業務の手順・画面・承認条件の見直しと、対象者への周知 仕事のどの段階で防げるか、ほかの部署にも同じ仕組みがあるか
全社に共通する重大な安全・情報保護上の弱点が見つかった 共通の安全策や権限設定など、必要な範囲で広い対策 緊急時の対応、実施権限、作業への影響、代替策と定期的な見直し
原因や影響範囲がまだ分からないが、重大な被害の恐れがある 影響が想定される範囲での暫定的な停止・確認と速やかな調査 いつまでの措置か、何が確認できれば対象を狭めたり解除したりできるか

「今回一人しか問題を起こしていない」ことは、対策が一人だけで十分だという証拠ではありません。誰もが使う仕組みの欠陥が見つかった場合や、事故が一度でも重大な影響を及ぼす場合は、広く予防する必要があります。反対に、特定の作業に関係しない人まで恒常的な承認義務を増やすなら、その効果と負担を説明できるか確かめたいところです。

就業規則の変更に当たる場合は、一般的な業務上の注意喚起とは必要な手続きが異なります。厚生労働省は就業規則の変更についての公式Q&Aで、労働者の過半数代表者などの意見聴取、所定の届出、変更内容の周知を説明しています。対象の事業場や変更内容に応じた手続きは労務担当者に確認します。労働条件を不利益に変える場合は、合理性などについても別に検討が必要です。

一人のミスをきっかけにルールを変えるときの進め方

以下は説明用の仮の例です。営業部の一人が、古い版の見積書を顧客に送ってしまいました。上司は「これからは全社員、社外メールを送るたびに上司の承認を必須にする」と考えています。調べると、見積書の旧版と最新版が同じ共有フォルダ内で分かりにくい名前で保存されていたことが分かりました。ほかの部署も同じ保存方法を使っているかは、まだ分かっていません。

この時点では、社員本人が必要な確認を怠った可能性も、共有フォルダの仕組みに問題がある可能性も残ります。全社員のすべての社外メールに承認を必要とする前に、見積書の管理・送信という問題の起きた業務で何を改善できるかを確かめます。

次は研究を参考に考えた実務上の提案です。この順番で進めればミスの再発や社員の不満が必ず減ると、直接実証された方法ではありません。

  1. 個別の行動と共通の原因を調査する。送信した版、当時の確認手順、本人が見られた情報、旧版の保存方法を確かめます。まず顧客への訂正など必要な対応を行い、本人の責任と仕組みの問題は確認できた事実から分けます。
  2. 同じ危険にさらされる対象を特定する。見積書の版を選ぶ仕事は誰が担い、旧版と最新版が同じように保存されている部署はどこかを調べます。同じ仕組みを使わない社員まで対象にする根拠があるかを確認します。
  3. 狭い範囲で防げる方法と、広いルールの負担を比べる。旧版の移動・明確な版表示、見積書を送る前の確認、必要な金額や条件の承認などを候補にします。一方、すべての社外メールに承認を求めた場合の待ち時間や承認者の業務量も見積もります。契約・情報保護などの必須条件は緩めません。
  4. 影響を受ける人から、決定前に情報を聞く。「どの書式が紛らわしいか」「現場ではどう確認しているか」「承認待ちで何が止まるか」を対象部署と確認します。最終的な決定権限は会社の制度に従い、正式な規程変更が必要なら所定の手続きを取ります。
  5. 対策の対象・理由・見直し条件を伝える。「見積書の誤送信を防ぐため、見積書を作成・送付する担当者の版確認方法を見直します」のように目的を明示します。実施後は誤送信だけでなく、作業の遅れや承認負担も確かめ、対策を狭める・広げる・変更する条件をあらかじめ決めておきます。

上司からは、例えば次のように説明できます。

「見積書の旧版を送ってしまった問題を受け、再発防止を検討しています。現在、見積書の保存方法と送信時の確認手順を調べています。全社の社外メールを一律に承認制へ変えるかどうかは、影響の範囲と負担を確認してから判断します。まず見積書を扱う部署で、旧版を選びやすい箇所や確認しにくい点がないか教えてください」

調査の結果、全社で共通の仕組みが危険を生んでいると分かったなら、全社共通の対策へ広げる根拠になります。重大な情報漏えいなどのおそれがあれば、調査の完了を待たずに必要な暫定対策を取る場合もあります。一方、特定の人だけが明確な手順を守らなかったのであれば、個別の対応を検討し、他の社員に関係の薄い負担を増やす必要があるか慎重に考えます。

全員に同じルールを課すことと、同じ危険に同じ基準で対応することは別です。一人の問題を見過ごさず、発生した行動と仕事の条件を確かめ、必要な人と業務へ対策を届けることが、管理職にできる判断です。

参考文献・出典