商談で最初の提示価格に引っ張られるときは?見積もりの基準を作り直す方法

営業・交渉
Psychology Laws 編集部

商談で取引先から「年間300万円です」と見積もりを提示されると、その後の交渉では「300万円からいくら下げられるか」を考えがちです。270万円まで値下げしてもらえれば得をしたように感じますが、必要な業務に対して270万円が妥当なのかは別の問題です。

最初の提示価格に引っ張られていると感じたら、値引き幅ではなく、必要な業務の内容や数量、過去の実績などから見積もりの基準を作り直します。

相手の提示額を無視する必要はありません。ただし、その金額を出発点に計算するのではなく、自社で確かめた情報から別の金額を試算し、条件をそろえて比較することが大切です。

この記事では、なぜ最初の価格が判断に残りやすいのかを心理学の研究から確認し、提示を受けた後でも見積もりの基準を作り直す方法を説明します。

なぜ最初の提示価格から離れて判断しにくいのか

値引き後も、最初の価格が比較の基準になる

たとえば、ある企業の担当者が、業務システムの運用委託について年間300万円の見積もりを受け取ったとします。

担当者は高いと感じて交渉し、270万円まで値下げしてもらいました。

「30万円も安くなった」と考えるのは自然です。しかし、同じ業務内容を過去の実績から見積もると240万円程度だった場合、270万円が妥当かどうかは改めて確認する必要があります。

これは説明用の仮の例です。

このとき担当者の関心は、「必要な業務はいくらで依頼できるか」よりも、「300万円からどれだけ安くなったか」に向いているかもしれません。

このように、最初に示された数字が後の判断に影響する現象を「アンカリング効果」と呼びます。

ただし、最初の価格が判断に残ることと、その価格が間違っていることは別です。300万円が妥当な場合もあります。問題は、その根拠を確かめる前に、提示された数字を比較の出発点にしてしまうことです。

交渉実験では、別の判断材料を考えると結果が変わった

GalinskyとMussweiler(2001)は、買い手と売り手に分かれて価格を交渉する3つの実験を行いました。

3つの実験を通じて、買い手と売り手のどちらでも、最初に価格を提示した側が自分に有利な合意結果を得る傾向がありました。また、最初の提示額は、最終的な合意価格を強く予測していました。

一方、最初の提示を受けた側が、その提示額とは一致しない情報に注意を向けると、結果が変わりました。具体的には、次の情報を考える条件が設けられました。

  • 実験1:相手が今回の交渉以外に取れる選択肢
  • 実験2:相手が受け入れられる限界の価格
  • 実験3:自分が目指している価格

それぞれの条件では、最初に価格を提示した側の優位性が見られなくなりました。研究では、対面交渉と電子メールでの交渉の両方が扱われています。Galinsky & Mussweiler(2001)の研究要旨

この研究で重要なのは、単に最初の数字を忘れようとしたのではなく、提示額とは異なる判断材料を考えた条件で、交渉結果が変わったことです。

ただし、研究で直接調べられたのは実験上の交渉課題です。商談の途中で見積もりを作り直す方法そのものが検証されたわけではありません。

初回提示の影響は、交渉する条件によっても異なる

Petrowskyら(2025)は、90の研究サンプル、計16,334人のデータを統合した分析と、追加の2つの実験を行いました。

複数の研究を統合した分析では、最初に価格を提示する側には全体として有利な傾向がありました。また、強気な初回提示は、中程度の初回提示と比べて、合意できた場合の経済的な結果を提示側に有利にする傾向が確認されました。

一方、強気な提示は、交渉が決裂する可能性を高め、提示を受けた側の主観的な評価を悪化させる傾向もありました。

追加の実験では、初回提示に沿った情報が考えやすくなることが、受け手の反対提示に影響する仕組みとして示されました。また、交渉する論点が増えて複雑になるほど、初回提示の影響は小さくなる傾向が報告されています。Petrowskyら(2025)の研究要旨

これらの結果は、最初の提示価格が交渉に影響し得る一方、その影響は交渉の条件によって異なることを示しています。

実際の商談でも、最初の数字に意識が集中していると感じたら、金額以外の契約条件や、自社で確かめられる費用の根拠に目を向けることが考えられます。

見積もりの基準を作り直す前に、何を確認するか

提示された金額と、自社が必要とする業務は一致しているか

金額を比較する前に、何に対する見積もりなのかを確認します。たとえば、システム運用の委託なら、次の条件によって必要な費用が変わります。

  • 業務範囲:監視、保守、問い合わせ対応など、どこまで依頼するのか
  • 作業量:対応件数、作業時間、対象システムの数はどれくらいか
  • 対応時間:平日日中だけか、夜間や休日も対応してもらうのか
  • 契約期間:初期設定と継続的な運用が、それぞれ何か月分含まれるか
  • 追加費用:緊急対応や仕様変更などで別料金が発生するか

相手の300万円には、自社が想定していなかったサービスが含まれているかもしれません。反対に、必要な作業が含まれておらず、後から追加費用が発生する場合もあります。

そのため、価格の高低を判断するには、まず業務の内容、数量、期間、対応条件をそろえる必要があります。

相手の提示とは別に、金額の根拠を用意できるか

次に、最初の見積もりとは別の情報を探します。たとえば、過去の類似案件で実際にかかった費用や、同じ条件で取得した他社の見積もりが参考になります。

必要な作業時間や人数が分かっているなら、それらを使って費用を試算する方法もあります。

ただし、過去の金額がそのまま現在の適正価格とは限りません。業務量、契約時期、サービス内容などが違う場合は、その違いを確認します。また、自社で作業量から計算した費用も、取引先が実際に提供できる価格とは限りません。

ここで作る金額は、絶対に正しい価格ではなく、最初の提示額だけに頼らず判断するための、別の根拠を持った試算です。

比較できる情報が不足している場合は、無理に金額を決めず、追加資料や別の見積もりを取得する必要があります。

自社の予算と、見積もりの妥当性を混同していないか

自社の予算が250万円だからといって、300万円の見積もりが不適切とは限りません。

必要な業務を行うには300万円かかる場合もあります。反対に、予算内の240万円でも、不要な業務が含まれていれば費用を見直す余地があります。

予算は「自社が支払えるか」を判断する基準です。一方、見積もりの妥当性は「必要な業務と費用が見合っているか」を判断するものです。

この2つを分けると、値引きを求めるのか、業務範囲を変更するのか、別の取引先を検討するのかを考えやすくなります。

最初の提示を受けた後、どう見積もりを作り直すか

ここからは、交渉研究を参考に考えた実務上の進め方です。以下の手順そのものが、心理学の実験で直接検証されたわけではありません。

1. 相手の見積書とは別に、必要な業務を整理する

まず、相手の300万円の内訳をどこまで削れるかと考えるのをいったん止めます。そのうえで、自社が必要としている業務を、相手の見積書とは別の一覧にします。

システム運用の委託なら、初期設定、毎月の監視、問い合わせ対応、障害時の対応などを整理します。ここでは、相手が提案した業務をすべて必要なものとして扱わず、自社の目的から必要性を判断します。

最初の金額の影響が気になる場合は、その金額を知らない社内担当者に、同じ業務条件で試算してもらう方法も考えられます。ただし、別の担当者が計算しただけで正確な見積もりになるわけではありません。使った資料や計算条件も確認します。

2. 過去の実績や作業量から、独自に金額を計算する

必要な業務が整理できたら、過去の実績や作業量をもとに費用を積み上げます。

以下は、考え方を示すための仮の例です。実在する企業の見積もりや市場相場ではありません。

ある企業が年間300万円の提示を受けた後、過去の類似案件を参考に、必要な業務について次のように試算したとします。

必要な業務 自社で試算した金額
初期設定 60万円
平日日中の運用支援(月15万円×12か月) 180万円
年間合計 240万円

※金額はすべて説明用の仮の数字で、税抜きです。夜間・休日の緊急対応は含んでいません。

相手の提示額300万円に対し、自社の試算は240万円です。ただし、この時点で「相手の見積もりは60万円高すぎる」とは判断できません。

たとえば、相手の300万円には夜間の緊急対応が含まれている可能性があります。自社の試算にはその対応が含まれていないため、まだ同じ条件で比較できていません。

夜間対応が必要なら、その条件を確認し、自社の試算にも費用を加える必要があります。反対に夜間対応が不要なら、その業務を除いた条件で見積もりを依頼する方法が考えられます。

こうして条件をそろえることで、最初の300万円という数字の影響と、実際のサービス内容による価格差を分けて考えられます。

3. 差額の理由を確認して、次の交渉を決める

独自の試算を作ったら、相手の提示内容と比較します。先ほどの仮の例なら、次のように質問できます。

「ご提示いただいた年間300万円について、当社で必要な業務を整理すると240万円程度の試算になりました。金額やサービス内容に違いがある理由を確認させていただけますか」

この質問の目的は、60万円の値引きを求めることだけではありません。相手の見積もりに含まれる業務、自社の試算に漏れている条件、費用の違いを確かめることです。

確認した結果によって、取る行動は変わります。

  • 不要な業務が含まれていた場合:必要な範囲に絞った再見積もりを依頼する
  • 自社の試算に必要な業務が漏れていた場合:費用を追加して、金額を比較し直す
  • 業務条件が同じでも金額が違う場合:差額の根拠を確認し、比較可能な他社の見積もりも検討する
  • 十分な根拠を確認できない場合:追加資料を求め、契約判断を保留する

相手が値引きに応じたとしても、その金額が自社の必要条件に合っているかは改めて確かめます。

逆に、最初の提示額が独自の試算より高くても、追加サービスが必要で、その費用に納得できるなら、値引きだけを求める必要はありません。

最初の価格からいくら下がったかではなく、必要な業務に対して説明できる金額かどうかを判断の中心に戻すことが、見積もりの基準を作り直す目的です。

参考文献・出典