印象的な失注ばかり思い出すとき|商談記録から傾向を確かめる
大型案件を失注すると、商談中のやり取りや断られた理由が強く記憶に残ることがあります。営業会議でも「あの案件は価格で負けた。最近は価格が原因の失注が多い」と感じるかもしれません。しかし、印象に残る案件だけでは、実際に何が増えているかは分かりません。
失注の傾向を確かめるには、同じ条件で結果が確定した商談を集め、失注の件数と割合、顧客から確認できた理由、案件金額による影響を分けて見ます。そのうえで、価格を見直すのか、提案内容を改善するのか、記録の不足を埋めるのかを判断します。
この記事では、なぜ印象的な失注を「最近よくあること」と感じやすいのかを研究から確認し、商談記録に戻って傾向を調べる方法を考えます。
なぜ印象的な失注が、全体の傾向に見えてしまうのか
大きな失注ほど、繰り返し思い出すことがある
たとえば、営業担当者が1,500万円の大型案件を競合企業に奪われたとします。何度も提案を重ね、最終的に顧客から「今回の予算では難しい」と伝えられました。その後、別の小規模案件で受注できても、大型案件の失注が頭に残り、「最近は価格で負けてばかりだ」と感じるかもしれません。
これは説明用の仮の場面です。大きな失注が営業成績に与える影響は実際に大きい場合があります。しかし、「損失が大きいこと」と「同じ理由の失注が頻繁に起きていること」は別の問いです。
人は頻度を判断するとき、関連する出来事を記憶からどれくらい簡単に思い出せるかを手がかりにすることがあります。この傾向は「利用可能性ヒューリスティック」と呼ばれます。思い出しやすさは実際の頻度と一致することもありますが、出来事の目立ちやすさなどにも影響されます。
研究では、思い出しやすさと実際の頻度がずれる場合があった
TverskyとKahneman(1973)は、単語の種類や繰り返し現れる出来事などの頻度を人がどう判断するかを調べました。関連する例を思い浮かべやすいことを手がかりにすると、実際の出現頻度とは異なる判断が生じる場合がありました。著者らは、思い出しやすさが実際の頻度だけでなく、ほかの要因にも左右されることを指摘しています。Tversky & Kahneman(1973)の研究要旨
Lichtensteinら(1978)は、さまざまな死因による死亡頻度を参加者がどう見積もるかについて、5つの実験で調べました。公的な死亡統計との比較では、実際には少ない死因の頻度を多めに、多い死因の頻度を少なめに見積もる傾向があり、個々の死因によっても過大評価・過小評価が見られました。著者らは、情報に接する機会の偏りや、記憶への残りやすさなどを、そのずれに関係し得る要因として挙げています。Lichtensteinら(1978)の研究と公開資料
いずれも営業商談を直接調べた研究ではなく、担当者が必ず失注を多く見積もると示したものではありません。ただし、目立つ失注を思い出せることだけでは、失注の頻度や原因の多さを判断できないと考える手がかりになります。
商談記録では何を確かめるか
失注が「増えた」と言う前に、比べる商談をそろえる
「最近、失注が多い」と感じたら、まず何を数えるのか決めます。たとえば、見積もり提出後に受注か失注かが確定した商談を対象にし、直近3か月と、その前の3か月を比べます。
その際には、結果が確定した日、受注・失注の区分、進行中の商談を分けて確認します。まだ返答を待っている案件を失注に数えたり、一方の期間だけ見積もり前の相談まで含めたりすると、比べる条件が変わってしまいます。
失注した件数だけでなく、失注率=失注件数÷(受注件数+失注件数)も確認します。これは、今回決めた条件で結果が確定した商談のうち、どれだけが失注したかを表す割合です。商談数自体が増えれば、失注件数だけが増えることもあります。
ただし、商品、顧客層、案件の進み方や営業期間が大きく変わっていれば、同じ割合でも単純には比較できません。その場合は条件の近い商談に分けて見ます。
顧客が確認した失注理由と、担当者の推測を分ける
「価格で失注した」という記録も、何を根拠にしたのかで意味が違います。
- 顧客が伝えたこと:「予算に収まらないので今回は契約しない」と説明があった
- 担当者が推測したこと:値引きを求められたので、価格が原因だと考えた
- 理由が確認できないこと:断りの連絡はあったが、判断理由を聞けていない
顧客が予算を理由に挙げた場合も、それだけが唯一の原因だったとは限りません。一方、値引き交渉があったという事実だけで、価格が失注の決め手だったとは言えません。
集計では、顧客の説明に基づく理由と推測を区別し、不明な案件を無理に「価格」へ振り分けないようにします。複数の理由がある場合はその旨を記録し、件数を数えるときには1件の商談を重複して数えていないか確認します。
失注の頻度と、金額による影響を分ける
失注件数が少なくても、大型案件を失った影響が大きい場合はあります。そのため、件数や割合とは別に、失注した案件の提案額や想定していた利益なども確認します。
「最もよく起きる失注理由は何か」と「優先して振り返るべき失注はどれか」は同じ問いではありません。件数の多い問題への対策と、金額の大きい失注の個別検証は、両方必要になる場合があります。
記録から傾向を調べ、次の営業活動を決める方法
ここからは、頻度判断に関する研究を参考にした実務上の提案です。この集計手順そのものが、営業成績を改善する方法として実験で検証されたわけではありません。
1. 印象を、記録から答えられる質問に変える
まず「最近は価格で負けてばかりだ」という感覚を、「見積もり提出後の失注率は前の3か月より高いか」「価格が理由だと顧客から確認できた案件は増えたか」のような質問に分けます。
失注率と失注理由は、確認する情報が違います。最初に問いを決めておけば、印象に合う案件だけを取り出さずに済みます。
2. 同じ条件で結果が確定した商談を集める
次は集計方法を説明するための仮の例です。実在する営業チームの数字ではありません。
あるチームが、見積もり提出後に結果が確定した商談を、前の3か月と直近3か月で比べたとします。
| 対象期間 | 受注 | 失注 | 失注率 |
|---|---|---|---|
| 前の3か月 | 12件 | 6件 | 33.3% |
| 直近3か月 | 16件 | 8件 | 33.3% |
失注件数は6件から8件に増えています。しかし、受注を含めた結果確定済み商談も18件から24件に増えているため、失注率はどちらも約33.3%です。
この数字だけを見る限り、「失注率が上がった」とは言えません。一方、対象期間による顧客層の違いや営業期間の長さなどは、別に確認する必要があります。
3. 失注の理由を、確認できた範囲で整理する
続いて、直近3か月の失注8件について顧客の説明と商談記録を調べたところ、次のように整理できたとします。これも仮の例です。
| 失注について記録から確認できた内容 | 件数 |
|---|---|
| 顧客が価格・予算を理由に挙げた | 2件 |
| 必要な機能・条件が合わなかった | 3件 |
| 顧客が発注を見送った | 1件 |
| 理由が確認できていない | 2件 |
| 合計 | 8件 |
ここでは、一つの商談を重複して数えないよう、確認できた主な理由に分類しています。実際には複数の理由が関係することもあります。
価格・予算を理由に挙げたことが確認できたのは8件中2件です。したがって、この記録だけから「失注の大半が価格のせいだ」とは言えません。
ただし、理由不明の2件があるため、価格に関係する失注はほかにないとも断定できません。また、前の3か月で同じ方法の理由記録がなければ、「価格による失注が増えたか」はまだ判断できません。
4. 件数で見る対策と、大型案件の振り返りを分ける
記録を比べた結果、機能・条件の不一致が繰り返し確認できたなら、提案前に顧客の必須条件を聞き取れているかを見直す材料になります。価格を理由とする失注が同じ条件で増えているなら、提案の費用と範囲、競合との違いを詳しく調べます。
理由不明が多ければ、まず商談後の確認や記録の残し方を改善する必要があります。顧客へ追加で確認する場合は、相手が答えられる範囲を尊重し、推測で空欄を埋めないようにします。
一方、大型案件の失注は、頻度が高くなくても個別に振り返る価値があります。見積額だけでなく、顧客が重視していた条件、提案内容、競合との比較で実際に分かっていることを確認します。
思い出しやすい失注を調べることと、その一件から営業全体の傾向を決めることは別です。記録が少なく傾向を判断できない場合は、現在分かっていることを残し、次の商談から結果確定日、商談段階、顧客の説明、未確認の理由、提案額を同じ形式で記録していきます。
参考文献・出典
- Tversky, A., & Kahneman, D.(1973)Availability: A heuristic for judging frequency and probability. Cognitive Psychology, 5(2), 207–232. 思い出しやすさを手がかりにする頻度判断と、その偏りに関する研究。出版社公開の要旨を確認。
- Lichtenstein, S., Slovic, P., Fischhoff, B., Layman, M., & Combs, B.(1978)Judged frequency of lethal events. Journal of Experimental Psychology: Human Learning and Memory, 4(6), 551–578. 死因別の死亡頻度について、人の推定と実際の統計を比較した一連の研究。大学の公開原著と研究概要を確認。