営業同士が顧客情報を共有しない|競争と協力のルールを考える

営業・交渉
Psychology Laws 編集部

営業担当者同士で顧客情報が共有されず、別々に同じことを質問したり、担当者が休むと商談の状況が分からなくなったりすることがあります。個人成績が重視される職場では「情報を渡すと自分の成果が減るのでは」と感じる場合もあるでしょう。ただし、共有されない理由は競争心だけとは限りません。入力する時間がない、何を記録すべきか分からない、閲覧権限がないなど、仕事上の事情も考えられます。

改善の出発点は、「誰が悪いか」ではなく、「顧客への対応に必要な情報を、誰が、誰に、いつ渡すか」と「協力した仕事をどう評価するか」を分けて確認することです。何でも全員に公開するのではなく、顧客への連絡の重複や引き継ぎ漏れを防ぐために必要な情報から、社内の取り扱いルールに従って共有します。

営業同士の情報共有は、なぜ止まりやすいのか

説明用の仮の場面です。営業担当のAさんは取引先から、「来月はシステム切り替えで忙しいので、新しい商品の説明は再来月にしてほしい」と聞きました。しかし、その話はAさんの個人メモにしかありません。同じ取引先の別部署を担当するBさんが事情を知らず、翌週に新商品の商談を申し込んでしまいました。Aさんは「他の担当者に顧客を取られるのは困る」と考えていたかもしれませんし、単に他部署の担当者に関係する情報だと思わなかったのかもしれません。

個人成績とチームの成果を同時に重視する営業組織には、協力したい気持ちと競争したい気持ちが併存します。Homburgら(2024)は、企業向けの内勤営業540人の助言ネットワークを分析しました。個人への報酬を重要だと感じる人ほど、同僚に助言を求める関係は多い一方、助言を与える関係は少ない傾向がありました。チームへの報酬を重要だと感じる人では逆に、助言を与える関係は多く、求める関係は少ない傾向でした。Homburgら(2024)の原著論文

これは同じ会社の営業担当者間で、誰が誰に助言を求めるかを調べた研究です。顧客管理システムへの入力件数や、個々の担当者が情報を隠した理由を直接確かめたものではなく、報酬を変えれば必ず共有が増えるという因果関係も証明していません。しかし、「教えてほしい」と「自分から教える」が同じ行動ではないことは、共有の仕組みを考えるうえで重要です。

AnazaとNowlin(2017)は、米国の企業向け営業担当者を対象とした調査を分析し、知識を出し惜しみする行動と、報酬上の誘因の不足、職場環境、個人の傾向との関係を検討しました。これらの要因は、情報を出し惜しみする行動を通して、知識をため込む行動と間接的に関係していました。Anaza・Nowlin(2017)の論文要旨

この研究も調査で得た関係を分析したもので、共有不足の原因を一人の性格や競争制度だけに特定するものではありません。営業担当者が「自分の手柄にならない」と心配しているなら、その気持ちを決めつける前に、実際の担当分担と評価の決まりを確かめる必要があります。

共有しない理由を、本人の気持ちと業務上の事情に分ける

情報共有が止まっているときは、次のような違いを確かめます。

  1. そもそも情報が記録されているか。顧客から聞いたことが個人メモにだけあるなら、共有を拒んでいるのではなく、共通の記録方法が決まっていない可能性があります。入力先、必要項目、更新するタイミングを確認します。
  2. 誰が見てよい情報なのか。社内の取り扱い規程や顧客との約束により、情報を閲覧できる人が限られている場合があります。必要な権限がないことと、情報を渡したくないことを混同しないようにします。
  3. 引き継ぐと誰の成果になるのか。別部署に案件を紹介したときの担当者、商談の主担当、受注実績や協力の評価が曖昧なら、情報を渡すことに不安が生じる場合があります。実際の社内ルールを確認し、担当者同士の思い込みだけで扱わないことが必要です。努力と報酬を周囲と比較して受け止める仕組みについては、公平理論の解説も参考になります。
  4. 共有する時間と場があるか。連絡先が分からない、入力欄が多すぎる、相談する時間がないなど、共有の手間そのものが障害になることもあります。本人の意欲だけの問題として片付けず、仕事の流れを確認します。

こうして理由を確かめれば、必要なのが個人への注意なのか、記録の見直しなのか、役割や評価の調整なのかを分けられます。共有していない事実が同じでも、取る対応は同じではありません。

顧客情報は、全部ではなく必要な範囲で共有する

先ほどの仮の商談では、Bさんが知る必要があったのは、顧客に新商品の提案をしてよい時期と、誰に連絡を確認すべきかという情報です。顧客とのすべての会話、個人連絡先、未公開の資料を、営業部全員に配る必要があったわけではありません。

次は、業務の目的と情報の扱いを分けるための実務上の例です。具体的な閲覧者や保存方法は、会社の規程と顧客との契約・約束に合わせて判断します。

情報の種類 共有する目的・相手 扱いの確認
顧客が伝えた提案時期や対応上の注意 同じ顧客へ連絡する権限のある担当者が、連絡の重複を避ける 顧客から確認した事実と、営業側の推測を分け、更新日を付ける
商談の進行状況・次回予定・未回答事項 引き継ぎ担当者や支援する部署が、対応を継続する 主担当、次の行動、回答期限、確認先を明確にする
顧客担当者の氏名・連絡先などの個人データ 業務上必要な権限を持つ人に限定する 利用目的と社内のアクセス権限を確認し、無制限に転送しない
顧客の未公開計画・契約条件・機密資料 契約・社内規程で認められた担当者が、必要な業務に用いる 顧客との秘密保持の約束、保存場所、閲覧範囲を確認する

個人情報保護委員会のガイドラインでも、個人データを扱う従業者やデータの範囲を明確にし、担当者・情報システムへのアクセスを適切に制限することが安全管理措置として示されています。個人情報保護委員会「個人情報保護法ガイドライン(通則編)」。したがって「共有を増やす」と「全員に閲覧権限を与える」は同じではありません。共有が必要でも、権限が不明なら管理者に確認してから扱います。

個人成績の競争と、顧客対応の協力を両立させるルール

情報共有を「みんなで積極的に」と呼びかけるだけでは、誰が何をするかは明確になりません。ここからは研究を参考にした実務上の提案であり、以下のルール自体の効果が研究で直接検証されたものではありません。

  1. 共有の目的を顧客対応に結び付ける。同じ顧客への連絡の重複を防ぐ、期限までに回答する、担当不在でも対応を続けるなど、まず必要な場面を決めます。目的が明確なら、情報を集めるだけの作業になりにくくなります。
  2. 共有の担当・期限・受け手を決める。顧客と約束した日程の変更、未回答の重要事項、担当変更などは、共通の顧客管理記録に、いつまでに誰が入力するかを決めます。受け手は、次の対応をする担当者や必要な支援部署など、権限のある人に限ります。
  3. 案件の主担当と、協力した人の貢献を区別して残す。顧客紹介や技術面の支援をしたときの記録方法と、売上・評価での扱いを上司が説明します。協力したら必ず受注実績を二重計上する、という意味ではありません。成果の取り扱いに疑問が残るなら、情報共有を求める前に合意を作ります。
  4. 相談できる短い機会を設ける。記録だけでは伝わりにくい顧客の課題や、過去の対応で学んだことを、権限のある担当者間で確認する時間を持ちます。成功談だけでなく、未解決の質問や手戻りも共有対象にします。
  5. 共有した量より、必要な対応がつながったかを点検する。連絡の重複、引き継ぎ後の未回答、記録の古さ、権限外への閲覧がなかったかを確認します。共有件数だけを新たな競争目標にすると、役に立たない記録が増える可能性もあるため、内容を合わせて見ます。

Sandvikら(2020)は、営業会社での実地実験で、同僚と短い時間を設けて販売方法について話すよう促す方法と、2人の売上を合わせた成果に報酬を付ける方法などを比較しました。指定された相手に助言を求める機会を設けた条件では、知識交換と売上の改善が試行後も続きました。一方、2人の成果に連動する報酬を設けた条件では、売上の改善は試行中に見られましたが、その後は持続しませんでした。Sandvikら(2020)の研究概要

この実験で直接扱ったのは同僚間で販売方法を話すことであり、顧客の個人情報を共有する制度ではありません。また、報酬より面談のほうがすべての職場で優れていると証明したものでもありません。実務への応用としては、協力を評価する仕組みと、安心して必要なことを聞ける場の両方を、別々に検討する理由になります。

共有が止まっているときの相談と、見直し方

Aさんに対して、理由を確かめず「顧客情報を独り占めしないで」と責めても、共有が進むとは限りません。例えば上司が、次のように相談する方法が考えられます。これは説明用の仮の会話例です。

「同じ取引先へ別の担当者から連絡する前に、提案を控える時期などの注意点を確認できるようにしたいです。今はどこに記録していますか。共有しにくい理由が、入力の手間なのか、閲覧権限なのか、担当や成果の扱いなのかも教えてください。誰が見られるかを決めたうえで、次の連絡に必要な情報だけを引き継ぐ形にできないでしょうか」

返答に応じて、対応を変えます。記録先が分からなければ入力の場所とタイミングを決めます。顧客との守秘の約束があれば共有範囲を確認します。担当や評価への不安があるなら、主担当と支援担当の役割を上司が整理します。すでに権限のある共有先へ正しく記録しているなら、受け手が確認していない問題かもしれません。

試す場合は、例えば担当者の重なる顧客への連絡や引き継ぎに範囲を絞り、一定期間の記録と実際の対応を見比べます。何が共有され、次の担当者が使えたか、不要な閲覧を増やしていないかを確認してから、対象を広げるか検討します。

営業の個人成績を重視することと、顧客を組織として支えることは、どちらか一つに決めなければならないとは限りません。必要な情報を受け取れる人・時点・方法と、協力の貢献をどう扱うかを明確にすることで、担当者への評価を保ちながら顧客対応の抜けを減らす道を考えられます。

参考文献・出典

  • Homburg, C., Schyma, T. R., Hohenberg, S., Atefi, Y., & Ruhnau, R.-C.(2024)“‘Coopetition’ in the presence of team and individual incentives: Evidence from the advice network of a sales organization.” Journal of the Academy of Marketing Science, 52, 306–328. 出版社掲載の原著論文。企業向け内勤営業540人の助言ネットワークと、個人・チームへの報酬を重視する度合いとの関連を調べた根拠。
  • Anaza, N. A., & Nowlin, E. L.(2017)“What’s mine is mine: A study of salesperson knowledge withholding & hoarding behavior.” Industrial Marketing Management, 64, 14–24. 出版社の論文要旨・抜粋。企業向け営業担当者の情報の出し惜しみと、職場環境や報酬上の誘因などとの関係を分析した研究。
  • Sandvik, J. J., Saouma, R. E., Seegert, N. T., & Stanton, C. T.(2020)“Workplace Knowledge Flows.” The Quarterly Journal of Economics, 135(3), 1635–1680. CEPR掲載の研究概要。営業会社で、販売方法について同僚と話す機会と、共同成果への報酬を比べた実地実験の根拠。
  • 個人情報保護委員会「個人情報の保護に関する法律についてのガイドライン(通則編)」。個人データへのアクセス権限や、取り扱う従業者の範囲に関する安全管理措置の根拠。