目立つクレームだけでサービスを変えてよい?声の大きさと件数を分けて考える
顧客から厳しいクレームが届き、電話が何度もかかってきたり、SNSに強い批判が投稿されたりすると、「サービス全体をすぐ変えた方がよいのでは」と感じることがあります。声を上げてくれた顧客の問題には対応する必要があります。しかし、一人の強い訴えだけで、同じ問題が顧客全体に広がっていると判断することはできません。
サービスを変える前に、苦情の深刻さ、問題を訴えた顧客の人数、苦情の連絡回数、実際に問題が発生した件数を分けて確かめます。重大な安全・個人情報などの問題は、たとえ一件でも迅速に調査や保護措置を検討します。一方、全顧客向けの仕様変更や大きな投資については、同じ期間・同じ対象で発生状況と影響を確認してから判断します。「強く言う人だから重視する」「少数だから無視する」のどちらにも偏らないことが大切です。
強いクレームが、よく起きる問題のように感じられる理由
説明用の仮の場面です。ネット通販の配送サービスに、注文品の到着が遅いという苦情が届きました。ある顧客から一日に何度も連絡があり、担当者はその苦情について社内会議でも繰り返し報告しています。マーケティング責任者は「配送の仕組み全体をすぐ変えるべきだ」と考えました。一方、その期間に何件の配送が遅れたのか、苦情を伝えた人は何人いたのかは、まだ整理できていません。
人は、すぐに思い出せる出来事を、実際にも頻繁に起きていると捉えることがあります。TverskyとKahneman(1973)は、単語の出現頻度、組み合わせの起こりやすさ、繰り返し経験した出来事などについて、記憶から例を思い出しやすいかどうかが頻度や確率の判断に関わることを検討しました。思い出しやすさは実際の発生頻度とも関係しますが、それ以外の要因にも左右されるため、判断が偏る場合があると報告しています。Tversky・Kahneman(1973)の原著論文要旨
これは配送クレームの社内対応を実験で調べた研究ではありません。それでも、何度も対応した一つの苦情が頭に残ることと、同じ問題を経験した顧客が多いことを区別する理由になります。関連する判断の仕組みは、利用可能性ヒューリスティックの解説でも扱っています。
さらにBaumeister・Bratslavsky・Finkenauer・Vohs(2001)は、よい出来事と悪い出来事の影響を扱った幅広い研究を検討しました。人間関係、学習、印象形成など多様な分野で、否定的な出来事や情報が肯定的なものより強く影響し、詳しく処理されやすい傾向が報告されています。Baumeisterら(2001)の文献レビュー要旨
これはさまざまな研究をまとめた論文であり、すべての顧客のクレームや全業種で同じ影響の大きさが出ると示したものではありません。また、否定的な情報を重く見ること自体が間違いとも限りません。本当に危険な問題を早く発見する場合もあります。詳しい概念は、ネガティビティ・バイアスの解説でも確認できます。
今回確かめたいのは、担当者が特定の心理効果に陥っているかどうかではなく、印象の強さだけでサービス全体の問題の大きさを決めていないかということです。
苦情の大きさと、顧客全体での発生状況は同じではない
クレームは顧客が直面した困りごとを知る貴重な情報です。ただし、顧客の不満がいつも同じ形で伝えられるとは限りません。企業へ連絡する人もいれば、別の相手に話す人や、連絡せず利用をやめる人も考えられます。実際にどの反応が起きたかは、個別に確認する必要があります。
Singh(1988)は、購入後の苦情や不満への反応について、異なる4つの独立した苦情場面における行動意向のデータを使い、既存の苦情行動の分類方法が実際の回答と合うかを調べました。既存の3つの分類方法は観察された回答を十分に表せず、研究で新たな分類を提案しました。残りの場面でその分類を確かめ、実際の苦情行動のデータを使った検証も行っています。Singh(1988)の原著論文要旨
この研究は苦情への反応を一種類として扱えないことを示すもので、苦情を出さなかった人が今回の配送サービスに何人いるか、あるいは苦情を出した人の割合が何%かを示すものではありません。実務では、「苦情が来ていない人は全員満足している」「声を上げた人が顧客全員を代表する」という、どちらの推測もしないことが大切です。
苦情を伝えてくれた顧客への対応も、件数とは別に考えます。Tax・Brown・Chandrashekaran(1998)は、サービス上の苦情を申し出た顧客の対応経験を調べました。研究の対象者の過半数は最近の苦情対応に不満を持っており、顧客の評価は、得られた結果、対応の手続き、やり取りでの扱われ方と関係していました。苦情対応への満足と、その会社への信頼や継続意向との関連も検討されています。Taxら(1998)の原著論文要旨
これは苦情対応を経験した顧客についての研究で、「すべてのクレームに応じてサービス仕様を変更すれば信頼が高まる」という効果を検証したものではありません。実務への応用としては、サービス全体を改定するかとは別に、個々の顧客の困りごとを調査し、必要な説明や対応を行うことが考えられます。
苦情を数えるときは、連絡回数・顧客数・発生件数を分ける
ここからは研究で直接効果が検証された集計手順ではなく、今回の判断に必要な情報を整理するための実務上の提案です。最初に、同じ人からの繰り返し連絡や、同じ出来事を別の窓口で受け付けた記録を照合します。
- 連絡回数:電話・メール・チャット・SNSなどで何回連絡があったか。対応する仕事量や、顧客が回答を待っている状況を把握するための数字です。同じ顧客が8回連絡したら連絡回数は8回でも、8人が困ったとは限りません。
- 苦情を申し出た顧客数:同じ期間に、何人がその問題について連絡したか。個人を不必要に特定・共有せず、権限のある担当部署が同一顧客の重複を確認します。利用人数や注文数とは別に数えます。
- 問題が発生した注文件数:配送記録など、苦情の有無とは別の業務記録で、実際に遅延した注文を確かめます。苦情が来なかった注文でも遅延があり得るため、声を上げた人数とは別の指標です。
- 問題の深刻さ:どのような不利益が生じたか、安全、情報漏えい、重大な金銭的負担などに関わるかを確かめます。深刻さは連絡回数の多さや顧客の話し方では決めません。
- 比較する期間と対象:注文数が多くなった月と少ない月を、苦情の生の件数だけで比べないようにします。配送方法、商品、地域、繁忙期、窓口の変更など、数字に影響しそうな条件も記録します。
「声の大きさ」は声量や言葉の強さ、SNSでの注目度、連絡の繰り返しなどを指す場合があります。一方、「問題が多く起きているか」を知るには、基準をそろえた記録が必要です。どちらも仕事で重要な情報ですが、測っているものは違います。
目立つ1人のクレームを、配送の記録と照合するとどうなるか
次は、ネット通販で配送遅延について調べる説明用の架空の数字です。実在する企業の顧客データや業界の遅延率ではありません。配送完了した注文について、前の4週間と直近4週間を同じ定義で集計したと仮定します。
| 確認する指標 | 前の4週間 | 直近4週間 |
|---|---|---|
| 配送した注文件数 | 1,200件 | 1,500件 |
| 配送記録で遅延を確認した注文件数 | 12件 | 30件 |
| 遅延を申し出た顧客数(重複を除く) | 4人 | 9人 |
| 遅延に関する連絡の合計 | 6回 | 18回 |
| 遅延した注文÷配送した注文 | 1.0% | 2.0% |
直近の18回の連絡のうち、8回は同じ顧客からで、残る10回はほかの8人からだったとします。担当者が「苦情を18件聞いた」と感じたとしても、問題を申し出た人は9人です。ただし、8回連絡した顧客が不当に騒いでいると決めつけてはいけません。連絡への回答が遅れたため、再度問い合わせたのかもしれません。
一方、配送記録では遅延が12件から30件に増え、注文数に対する割合も1.0%から2.0%へ上がっています。したがって、今回の架空の数字で「一人の声だけが大きかったので、全体として何も変わっていない」と判断するのも誤りです。実際の遅延が増えている理由を調査する必要があります。
ただし、4週間ずつの比較だけで、今後も同じ比率が続くか、遅延の原因が何かまでは分かりません。商品構成や配送先、繁忙期、運送会社の変更、記録方法の違いも確かめます。また、この表の「遅延した注文の割合」は、すべての顧客が不満を感じた割合ではありません。「苦情を出した人数÷注文件数」も、一人の購入回数が違えば顧客全体の苦情率とは一致しません。
この例から言えるのは、苦情が目立ったこととは別に、実際に遅延した注文が増えているという確認すべき事実が見つかったことです。すぐにサービスを全面変更するかどうかは、原因、影響、変更案の実現可能性を調べて判断します。
件数が少なくても、先に対応すべきクレームがある
同じ内容の苦情が少数しか届いていないからといって、放置してよいわけではありません。例えば、個人情報の誤送信、商品の危険、重大な金銭的損失につながる可能性がある場合は、1件でも関係部署へ速やかに共有し、事実調査と必要な保護措置を検討します。実際の義務や対応は、対象サービスと契約、関連法令、自社の手続きに従って確認します。
反対に、要望の内容が「画面の色を変えてほしい」「配送通知の文字が好みに合わない」といったもので、ほかの顧客の使い勝手を変える可能性がある場合には、すぐ全員向けに変更するよりも、問題が起きる条件と必要とする人数を確認する方法があります。少数派にとって不可欠な機能であれば、件数の少なさだけでは却下できません。
緊急の個別対応と、全顧客向けの仕様変更は別々の意思決定です。顧客の不便さを軽視せず対応しながら、会社全体の変更には必要な根拠をそろえます。
クレームの内容によって、調査・改善・見送りを分ける
苦情を整理した後は、原因がどこにあるかによって対応が変わります。これは研究の結果をそのまま当てはめた正解の手順ではなく、具体的な仕事のための提案です。
- 危険や重大な不利益が疑われる場合:件数の多寡を待たず、事実確認と必要な暫定対応を関係部署に相談します。原因が未確認なら断定せず、追加被害の可能性を検討します。
- 同じ問題が複数の注文で増えていた場合:時期・配送地域・商品の種類・配送方法などで記録を分け、どの条件で遅延が多いかを調べます。対応できる部分から改善案を検討し、変更後も同じ基準で発生状況を確認します。
- 連絡回数は多いが、同じ顧客・同じ出来事への再連絡が中心の場合:顧客への回答や進捗連絡が不足していないかを確かめます。顧客が困っている状態を解消することと、全体の仕様を改めることを分けて考えます。
- 一部の顧客だけに起きるが、重要な利用条件に関わる場合:その顧客層の業務や利用状況を確認します。全体を変える代わりに、設定の選択肢や個別支援が可能か検討します。提供できない内容は約束しません。
- 苦情の記録だけでは発生状況が分からない場合:問い合わせ窓口以外の業務ログ、返品・解約、顧客への確認など、必要な範囲で情報を集めます。苦情が少ないことも多いことも、原因や顧客全体への影響を証明する数字としては扱いません。
サービスを変えた後は、どの問題を改善したかったのか、変更前後で同じ指標を確認できるかを見ます。例えば配送の案内を変えただけで連絡回数が減っても、実際の遅延が減ったとは限りません。逆に、配達品質が改善しても、顧客への説明が遅ければ再連絡は続く可能性があります。
社内会議では、強い苦情を数字と切り離さずに伝える
強い訴えを「例外だから無視しましょう」と退けるのでも、「すぐ全サービスを作り直しましょう」と決めるのでもなく、確認できた情報を並べて話します。次は説明用の仮の社内報告例です。
「遅延への厳しい苦情が続いており、個別のお客様には対応を継続します。直近4週間の苦情連絡は18回ですが、そのうち8回は同じ方からで、申し出た方は9人です。一方、配送記録で確認できた遅延は、前の期間の12件・1.0%から30件・2.0%に増えています。連絡の強さだけで全面改定を決めず、まず遅延が増えた条件と原因を調べたいです。対応を急ぐ重大な事象がないかは別途確認し、配送の改善案と顧客への案内方法を分けて検討します」
顧客に対しては「件数が少ないので対応できません」ではなく、実際に困っている状況を聞き、確認済みのこと、調査中のこと、次の連絡予定を伝えます。苦情の回数にかかわらず、尊重した対応が必要です。まだ原因が分からないなら、調査が終わったようには説明しません。
強いクレームは問題を見つけるきっかけになります。しかし、声の大きさは発生頻度の代わりにはならず、発生頻度は深刻さの代わりにはなりません。一件ごとの不便さに対応しながら、顧客数・実際の問題件数・影響の大きさを確かめたうえで、サービスをどこまで変えるかを判断します。
参考文献・出典
- Tversky, A., & Kahneman, D.(1973)“Availability: A Heuristic for Judging Frequency and Probability.” Cognitive Psychology, 5(2), 207–232. 出版社掲載の原著論文要旨。思い出しやすさが頻度・確率判断に影響した単語・組み合わせ・繰り返しの課題などの根拠。
- Baumeister, R. F., Bratslavsky, E., Finkenauer, C., & Vohs, K. D.(2001)“Bad Is Stronger Than Good.” Review of General Psychology, 5(4), 323–370. 出版社掲載の文献レビュー要旨。否定的な出来事や情報が、肯定的なものより強く影響する傾向をさまざまな領域の研究から検討した論文。
- Singh, J.(1988)“Consumer Complaint Intentions and Behavior: Definitional and Taxonomical Issues.” Journal of Marketing, 52(1), 93–107. 出版社掲載の原著論文要旨。4つの独立した苦情場面で行動意向と実際の苦情行動を検討し、分類方法の妥当性を調べた研究。
- Tax, S. S., Brown, S. W., & Chandrashekaran, M.(1998)“Customer Evaluations of Service Complaint Experiences: Implications for Relationship Marketing.” Journal of Marketing, 62(2), 60–76. 出版社掲載の原著論文要旨。苦情対応における結果・手続き・対人対応の評価と、信頼や関係の継続との関連を調べた研究。