失敗の評価を恐れて部下が挑戦しない|成功時の報酬と失敗時の負担を見直す

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「新しい方法も試してほしい」と伝えているのに、部下から改善案が出てこない。提案して失敗すれば評価が下がる一方、うまくいっても「通常の業務」として扱われるなら、社員にとっては今のやり方を続ける方が安全に見えるかもしれません。

挑戦しない理由を意欲や性格だけで決めず、成功したとき社員が何を得られ、失敗したとき何を失う可能性があるのかを確かめます。そのうえで、適切な範囲で試した行動と実際の成果を分けて評価し、失敗の影響や責任を事前に明確にします。失敗を無条件で許すことでも、危険な仕事を無理に任せることでもありません。

「挑戦して」と言われても、失敗を避けたくなるのはなぜか

例えば、部下が作業時間を減らせそうな方法を思いついたとします。しかし、成果が出ても特に評価は変わらず、失敗した場合だけ「余計なことをした」と言われ、復旧作業も一人で担当するなら、提案しない判断には現実的な理由があります。本人が臆病だからとは限りません。

得られるものと失うものの感じ方には、心理的な違いもあります。KahnemanとTversky(1979)は、金銭的な不確実性を含む選択を説明する研究で、基準となる状態から見た利益と損失を人が異なる重みで評価し得ると考えました。損失が利益より重く受け止められる傾向は損失回避の解説でも扱っています。

ただし、この研究は社員の人事評価を直接調べたものではなく、損失回避の程度も状況によって異なります。また、実際に降格や不利益な査定が起きる制度なら、慎重さは単なる心理的な偏りではありません。まず職場の取り決めと過去の対応を確かめる必要があります。

報酬の仕組みと挑戦の関係を、より直接的に調べた研究があります。EdererとManso(2013)は、参加者が模擬的な事業で、慣れた方法を改良するか、新しい方法を探すかを選ぶ実験を行いました。固定給の条件、通常の成果連動報酬の条件と比べ、初期の失敗を許容し、長期的な成功を評価する報酬条件では、新しい方法を試す行動が増え、優れた方法を発見する可能性も高まりました。仕事を失う恐れを設けると探索が弱まる結果も報告されています。

研究者らが比べたのは模擬事業での報酬条件です。現実の社員の給与を一律に変えれば同じ成果が生じると証明したものではありません。また、この実験は「失敗した方が得になる制度」を推奨するものでもありません。試行錯誤の初期段階で生じる失敗と、時間をかけて生まれる成果を評価でどう扱うかが焦点です。

関連するManso(2011)の理論研究でも、新しい方法の探索を促す仕組みには、初期の失敗に対する一定の許容と、長期的な成果への報酬が重要だと示されています。こちらは報酬の設計を数理的に考えたモデルであり、実際の企業で効果を測った実験ではありません。

給与や昇格だけでなく、周囲からどう扱われるかも確認したい点です。Edmondson(1999)は、一つの製造企業にある51チームを対象に調査し、疑問や失敗を話しても対人関係上の不利益を受けにくいと感じられる状態(心理的安全性)が、チームの学習行動と関連することを報告しました。これは職場の対人関係と学習を調べた観察研究で、賞与の設計や人事評価を変更した効果を確かめたものではありません。

これらの研究を仕事に当てはめると、社員への「挑戦しよう」という呼びかけだけでなく、結果が出る前後に社員がどんな得失を予想しているかを見直す必要があると考えられます。

成功の見返りと失敗時の負担を、どこから確かめるか

まず、正式な評価制度と実際の職場での扱いを分けて確認します。制度上は新しい取り組みを評価すると書かれていても、日々の会話では失敗した人だけが強く叱責されていないでしょうか。逆に、重大な問題を防ぐための慎重な確認が必要なのに、挑戦の数だけを評価しようとしていないでしょうか。

確認する点 確かめる事実・質問 判断と対応
成功したときの見返り 改善の成果は誰の評価や表彰に反映されるか。取り組みに使った時間も仕事として認められるか 成果を出した人の貢献が埋もれるなら、既存の評価基準や報告方法を見直す
失敗したときの負担 評価点、次の担当業務、評判、やり直し作業はどう変わるか。以前の試行では何が起きたか 承認された試行の不成功まで一律に不利益となるなら、評価の扱いを事前に整理する
試すための権限と支援 上司の承認、必要な情報、時間、協力者、途中の相談先はあるか 支援がなく責任だけ本人に集中するなら、上司や組織の担当を明確にする
失敗の影響と回復可能性 社内でやり直せる試行か。安全、法令、顧客との約束、個人情報などに影響するか 影響を限定できないものは、そのまま試さず範囲・承認・安全対策を変える
何も試さない場合の影響 現状の作業時間や品質、顧客の困りごとはどうなっているか 挑戦の危険だけでなく、改善しない場合の費用や不利益も比較する

部下には「新しい方法を試して失敗した場合、人事評価や周囲の対応で何が心配ですか」「以前の提案で負担に感じたことはありますか」と聞けます。答えが出にくければ、個人を特定せず過去の案件の扱いを点検するなど、話しやすい方法も考えます。反応が薄いことだけで挑戦意欲がないとは判断しません。

確認の結果、報酬や評価が実際に不均衡なら、励ましの言葉より制度と運用の見直しが先です。一方、本人に必要な技能がなく、試行自体が大きな損害につながり得る場合は、承認済みの小規模な検証や事前の練習を考えます。すべての失敗を同じように扱わないことが重要です。

挑戦を任せる前に、成果と失敗の扱いをどう約束するか

以下は説明用の仮の例です。あるチームでは、社内からの問い合わせを分類する表の入力が煩雑で、社員が簡略化を提案しました。上司は「改善してほしい」と言っていますが、過去に別の改善を試して元に戻した社員が「時間を無駄にした」と言われたこともあり、誰も着手していません。

ここで上司が「失敗してもいいからやって」と言うだけでは、何が許される失敗で、評価にどのように反映されるのかが分かりません。次のように、試す前の約束と事後の判断をつなぎます。これは研究を参考に考えた実務上の提案で、この手順自体の効果が実証されたものではありません。

  1. 挑戦の目的と見返りを具体化する。「社内の問い合わせ分類にかかる時間を減らし、必要な情報を取り違えない」と目的を決めます。効果が確認できた場合、提案者や実行者の貢献を既存の評価項目にどう記録するかを明確にします。「成功したら褒める」だけで終えません。
  2. 試行の範囲と中止条件を決める。例えば、一つのチームで2週間だけ分類方法を試し、必要な記録項目は削らず、重大な抜け漏れがあれば元の方法に戻すと合意します。試行期間や対象は仮の設定で、実際にはリスクと業務量から決めます。安全や法令上の必須確認は省きません。
  3. 不成功の評価と、守るべき手順の違いを先に説明する。承認された範囲で必要な確認を行っても、改善効果が見られないことはあり得ます。その結果と、決めた安全確認を省いた行動や問題を隠した行動とは分けて扱います。人事評価への反映は会社の既定の制度・権限に従い、上司が約束できない点は人事担当者と確認します。
  4. 負担を本人一人に集中させない。試行を業務時間の中で行うこと、相談先、必要な記録の確認者、元に戻す場合の担当を決めます。試行が不成功だったときだけ本人に無制限の残業や復旧責任を負わせないよう、作業の分担を考えます。
  5. 成果、判断過程、学んだことを別々に振り返る。作業時間、記録の正確さ、問い合わせ対応のしやすさを確認します。改善がなければ、なぜ想定と違ったかを調べ、続行・修正・中止を判断します。成功した場合も確認不足や偶然を見逃さず、承認された適切な試行が不成功だった場合も、試行で得た情報を次の改善に生かします。

部下への説明は、例えばこう伝えられます。

「まず、このチームの社内業務だけで新しい分類方法を試しましょう。必要な記録は残し、途中で困ったら相談してください。2週間後に作業時間と記録の正確さを確認します。改善できれば、取り組んだ人の貢献を評価の材料として残します。効果が出なかった場合も、事前に合意した手順を守ったかと、結果がどうだったかを分けて振り返ります。人事評価の取り扱いは制度に沿って確認しておきます」

もし試行後に情報の抜けが見つかったなら、最初に業務への影響を止めて必要な対応を行います。その後、予測できた危険だったのか、合意した確認が行われたのか、上司の支援は足りたのかを分けて調べます。挑戦を奨励することは、問題への対応や説明責任をなくすことではありません。

報酬の側も、結果が出ていない取り組みを成功と同じ点数にする必要はありません。成功による実際の貢献、承認された試行で妥当な判断をしたこと、そこで得られた学びを区別して、会社の職務・人事評価基準と対応させます。こうすれば、成果を評価する目的を保ちながら、不確実な挑戦の初期の失敗が何を意味するのかも説明できます。

「失敗してもよい」という言葉を信用できるかどうかは、その後の評価や仕事の分担にも表れます。挑戦する部下の気持ちだけを変えようとする前に、成功の見返りと失敗の負担を、上司と組織が実際にどう扱っているかを確かめることが出発点です。

参考文献・出典

  • Ederer, F., & Manso, G.(2013). Is Pay for Performance Detrimental to Innovation?. Management Science, 59(7), 1496–1513. ― 模擬事業の実験で、固定給・通常の成果連動・初期の失敗を許容して長期的な成功に報いる条件を比較した結果。出版社の原著要旨を確認。
  • Manso, G.(2011). Motivating Innovation. The Journal of Finance, 66(5), 1823–1860. ― 初期の失敗への許容と長期的な成果への報酬が、新しい方法の探索を促す条件となる理論モデル。出版社の原著要旨を確認。
  • Edmondson, A.(1999). Psychological Safety and Learning Behavior in Work Teams. Administrative Science Quarterly, 44(2), 350–383. ― 一つの製造企業の51チームを対象に、対人関係上の不利益を恐れず行動できる状態と学習行動の関連を調べた観察研究。原著要旨を確認。
  • Kahneman, D., & Tversky, A.(1979). Prospect Theory: An Analysis of Decision under Risk. Econometrica, 47(2), 263–292. ― 不確実な選択で利益と損失に付ける価値が異なり得ることを説明する理論と実験的知見。公開原著要旨を確認。