前任者との比較で後任を評価していない?役割に合う基準を作る
「前任者ならもっと早く終わらせた」「以前の担当者は顧客からの評判が良かった」。人事異動や担当替えの後、こうした言葉が後任者の評価に入り込むことはないでしょうか。前任者をよく知っているほど、その仕事ぶりは分かりやすい比較材料になります。しかし、後任者が担う役割や仕事の条件まで同じとは限りません。
後任者の人事評価は、前任者より優れているかどうかではなく、今回の役割に求められる仕事を、評価期間中にどこまで果たしたかで判断します。前任者の実績は、業務の状況を知る資料として使えます。ただし、そのまま後任者の合格ラインにする前に、担当範囲、業務量、使える情報や支援、就任からの期間を確かめる必要があります。
前任者の印象が、後任者の評価基準になりやすいのはなぜか
前任者の仕事ぶりが記憶に残っていると、後任者が同じ仕事をする場面で、つい「前はどうだったか」と比べたくなります。前任者が優秀だった場合、後任者の通常の仕事ぶりが物足りなく見えることがあります。逆に、前任者が苦労していた場合には、同じ水準の仕事でも後任者を高く感じるかもしれません。
心理学では、ある人の評価が、先に見た別の人の出来によって相対的に変わることを「対比効果」と呼びます。ただし、前任者を思い出しているだけで必ず対比効果が起きるわけではありません。前任者のやり方が、本当に役立つ業務上の手本である場合もあります。問題は、前任者を参考にすることと、前任者の人物像を後任者の採点基準にすることが混ざる点です。
CassarとKo(2023)は、ビジネススクールの教員130人に対する学生6,908人の評価、計75,413件を調べました。学生は6週間の授業期間で複数の教員を評価し、その期間や以前の期間に接したほかの教員の水準と、今回評価する教員の評価との関係が分析されました。ほかの教員の水準が高いほど、今回の教員への主観的な評価が低くなる傾向があり、以前の期間の教員による影響も数か月かけて弱まりながら残っていました。
これは学生が教員を評価した研究であり、前任者から仕事を引き継いだ社員への上司の人事評価を直接調べたものではありません。それでも、以前に接した仕事ぶりが、後に別の人を評価するときの比較材料になり得ることを考える材料です。
一方、比較による影響を見つけたからといって、評価が必ず間違っているわけでもありません。BeckerとMiller(2002)は、先に見た人の仕事ぶり、評価する順番や時間間隔などを変えた実験で、比較対象を設けた条件と対照条件を比べました。対照条件と比べると対比効果が見られたものの、専門家が付けた基準点と照らした評価の正確さは保たれていました。この研究は、相対比較の影響と、評価が不正確かどうかを同じ意味にしてはいけないことを示しています。
では、判断の基準を明確にするとどうでしょうか。Huber(1989)は、米国連邦政府の管理業務に携わる64人に、5つの業績記録を具体的な基準または一般的な基準で評価してもらいました。過去の実績や評価の順番などによる判断への影響は、一般的な基準を用いた条件では見られましたが、具体的な基準を用いた条件では見られず、具体的な基準の方が評価は正確でした。
この実験も「前任者と後任者の引き継ぎ」を直接調べたものではありません。したがって、具体的な基準を作ればすべての職場で偏りがなくなるとまでは言えませんが、前任者の印象とは別に、現在の仕事の評価基準を持つことを考える根拠になります。
後任者を評価する前に、何を確かめるか
最初に確認したいのは、「前任者と同じ役職だから、同じ成果を求めてよい」と考えていないかです。仕事内容の共通部分は残しつつ、比較に必要な条件がそろっているかを確認します。
| 確認すること | 見る事実・記録 | 評価へのつなげ方 |
|---|---|---|
| いま求められる役割 | 担当業務、責任の範囲、期限、求められる品質、安全上の条件 | 前任者の得意・不得意ではなく、職務上の期待に基準を置く |
| 仕事の量と難しさ | 案件数だけでなく、顧客や案件の難しさ、引き継いだ未処理の仕事、新しく増えた業務 | 単純な処理件数が比較できるか、条件をそろえて確かめる |
| 引き継ぎと支援 | 必要な資料、操作権限、関係者との連絡先、教育や相談の体制 | 不足がある場合、本人の対応と組織が整えるべき条件を分ける |
| 経験と担当期間 | 前任者が習熟した時期、後任者が着任した時期、評価対象の期間 | 着任直後と長年担当した後の実績を、無条件に同じ基準で比べない |
| 後任者の実際の成果・行動 | 期初に決めた目標、成果物、品質記録、顧客への対応、改善や相談の記録 | 後任者自身の職務基準と照らし、達成したことと課題を評価する |
例えば前任者の処理件数が多かったとしても、難しい案件をほかの担当者が引き受けていたのか、後任者には新たな確認業務が追加されたのかによって、件数の意味が変わります。逆に、条件が十分そろっていて、求められる水準にも届いていないなら、「前任者と比べるべきでない」という理由だけで未達を見逃す必要はありません。
前任者の実績をまったく捨てる必要もありません。案件ごとの所要時間や品質、顧客への対応方法の記録は、業務の進め方を知る手がかりになります。ただし、前任者個人の経験や人脈で達成した成果を、必要な手順や支援を整理しないまま後任者に要求していないかを確認します。
英国の人事専門団体CIPDは、2026年の業績管理に関する実務資料で、社員が期待される仕事を理解し、それを果たすための技能、資源、支援を得られることの重要性を示しています。これは仕事の評価全般についての指針であり、前任者との比較をやめる施策の効果を直接測定したものではありません。
もし担当範囲や組織の方針が途中で変わったなら、評価者だけが基準を変えるのではなく、本人と役割や目標の変更を確認し、その時期と理由を記録します。評価期間が終わってから前任者の実績を理由に合格ラインを後付けすることは避けます。
前任者の名前を出す前に、役割に合う評価基準へ直す
以下は説明用の仮の例です。顧客からの問い合わせを扱うチームで、経験5年の前任者は1か月に40件を担当していました。新たに配属された後任者は着任2か月目で、同じ月に28件を担当しました。上司は「前任者より12件少ないから、仕事が遅い」と感じています。
この件数だけでは、後任者の仕事ぶりは評価できません。例えば、後任者は引き継ぎ資料の整備も任されていたかもしれませんし、問い合わせの難しさが異なるかもしれません。反対に、担当する仕事の条件が同じで、必要な処理水準が事前に示されていたなら、その達成度は確認すべきです。
上司や人事担当者は、次のように評価の基準を作り直せます。
- 前任者の人物評価をいったん脇に置く。「前任者のように機転が利く人」ではなく、「問い合わせの事実を確認し、必要な相手へ連絡し、決められた期限で回答する」といった職務上の行動に書き換えます。
- 役割と評価期間に合う期待水準を確認する。件数だけでなく、回答の正確さや期限、引き継ぎ作業などを、会社の制度と期初に共有した目標に照らして整理します。着任後に仕事が変わった場合は、その変更と合意した基準を確認します。
- 後任者自身の実績と行動を照合する。問い合わせ記録を見て、期限内に回答できた件数、内容の正確さ、相談や引き継ぎの行動を確認します。前任者の40件は状況を調べる材料にとどめ、単純な差を評価点に置き換えません。
- 差がある場合、本人が改善できることと仕事の条件を分ける。処理の手順が未習得なら支援や練習を検討します。権限不足や業務量の割り振りに問題があれば、上司側の対応も必要です。目標に未達なら、その事実と改善を要する点は記録します。
- 面談では期待・事実・次の行動を伝える。「前任者に比べて遅い」ではなく、「今期の目標に対し、どの仕事が達成でき、何が難しかったか」を示し、本人の説明も聞きます。次回の確認時期と、支援する内容を決めます。
面談では、例えば次のように伝えられます。
「前任者が月40件扱っていたことは、業務量を考える参考にします。ただし、今期あなたに求めた役割と条件で評価したいです。今月の28件について、期限や対応の質、引き継ぎ作業との両立を一緒に確認しましょう。対応に時間がかかった場面と、次に必要な支援も教えてください。」
この例は、28件という実績を高く評価すべきだと示したものではありません。目標や品質条件が不明な段階で、良い・悪いの結論を出さないことが目的です。事前に決めた基準に照らして未達なら説明し、必要な改善を求めます。
前任者との比較に頼らない評価は、後任者を甘く評価することではありません。「誰の後任か」ではなく、「今の役割で何を求められ、本人が何を実際に行ったか」を確かめることです。前任者の仕事ぶりを業務改善の参考にしながら、人事評価は後任者自身の仕事の事実と基準に戻して考えます。
参考文献・出典
- Cassar, G., & Ko, T.(2023). Peer Effects in Subjective Performance Evaluation. Contemporary Accounting Research, 40(3), 1704–1732. ― ビジネススクールの教員130人への評価75,413件を分析し、同時期・以前の期間に接した教員の水準と主観的評価との関係を調べた研究。公開原著の方法と結果を確認。
- Becker, G. A., & Miller, C. E.(2002). Examining Contrast Effects in Performance Appraisals: Using Appropriate Controls and Assessing Accuracy. The Journal of Psychology, 136(6), 667–683. ― 対照条件や専門家の基準点と比較し、対比効果が見られることと評価の正確さとの違いを検討した実験。原著要旨を確認。
- Huber, V. L.(1989). Comparison of the Effects of Specific and General Performance Standards on Performance Appraisal Decisions. Decision Sciences, 20(3), 545–557. ― 64人の管理担当者による業績記録の評価実験。具体的・一般的な評価基準で判断の正確さと過去の実績などの影響を比較。原著要旨を確認。
- Chartered Institute of Personnel and Development(CIPD)(2026). Performance Management: An Introduction. ― 職務上の期待や成果、社員に必要な支援についての公式実務資料。公開概要を確認。